26 循環する魔力①




 温室から出てきた二人に、周囲に目を光らせていたライデンリィと、使いを終えて戻ってきていたクロエリィが、揃って目を瞬かせた。

 労いの言葉をかけつつ、憤然とした様相で前を行くリリアリアを眺め、丸眼鏡の侍女がケイデンスの腰元をつつく。


「どうしちゃったんですか、姫さま。何かありました?」

「い、いや、何も」

「…………辺境伯子息さま。もしかして、一世一代の告白を、棒に振らせたりなんてしてませんよね? 流石に怒りますよ?」


 ド直球なような、絶妙に湾曲しているような、何とも答えづらい詰め寄り方をされ、ケイデンスは苦笑した。

 ライデンリィも興味があるようで、時折、主君の背中から視線を外し振り返る。

 二人の期待を首を振って否定すれば、口を開く前にリリアリアが立ち止まった。


 図書館へ向かう為には、城内の外通路を通っていく。

 視線の先には謁見室に向かう廊下の窓が見え、貴族らしい服装をした青年が、部下を連れて歩いていくのが見えた。


「……あれは、公爵家の御曹司、ですかね」


 様子を窺っていたクロエリィが、横顔で見当をつけて呟く。

 物腰柔らかな雰囲気を漂わせる彼は、ティエラ王国宰相の長子だ。ケイデンスも夜会で遠巻きに見たことがある。第一王女ベルノイアの婚約者候補として、上手く彼女を宥めていたのが印象的だった。恐らく今回も、ベルノイアの件で呼ばれたのだろう。


 リリアリアは姿が見えなくなってから、再び歩き出して小さく嘆息する。

 そして軽く後ろを手招いたので、ケイデンスが足早に進みでると、求められるまま肘を差し出し、自然と腕を組んだ。


「お義姉さまは相変わらず、あの方ばかりを呼びつけますわね……」

「あの方ばかり?」

「ええ。……もはや居ないものと扱われておりますが、お義姉さまの婚約者候補は、もうひと方いらっしゃいますの」

「えっ」


 思わぬ情報に目を瞬かせると、彼女は扇を開き口元を隠す。


「社交界では皆、口を噤んでおりますが、誰もが知っておりますのよ。お父さまも王妃さまも、お義姉さまの意見を尊重しておりますが……」

「……それってもう……候補とは言えないのでは……」


 二人の婚約者候補がいて、片方ばかりに寵愛を注いでいるのなら、もはや候補などあってないようなものだろう。国王と王妃がベルノイアの行動を黙認しつつ、それでも縁を切れない存在ということだろうか。

 どれほどの重鎮なのだろう。ケイデンスは脳内で、重要な役職を冠する家柄を思い起こし、首を傾げる。


 リリアリアは図書館の外観が見えてくると、肩をすくめて扇を閉じた。


 許可をとってリリアリアから離れ、錆びて重くなった扉を引き開ける。

 古い紙と染み付いたインクの香りがして、館内の空気が一気に外へ押し出された。


 相変わらず人気のない、けれども多くの蔵書を抱えるそこに足を踏み入れ、リリアリアは背後を振り返る。

 この場所が苦手で、やや逃げ腰になっているクロエリィに、扉の側にある椅子に座っているよう指示を出した。

 クロエリィは安堵した様子で胸を撫で下ろし、深く頭を下げて数歩、下がっていく。


「ライデン。あなたも、クロエの側にいてあげて」

「……承知いたしました」


 胸に拳を当てて騎士の辞儀をし、ケイデンスに向かって大きく頷いてから、彼女は妹の側に歩いていった。


 緊張した面持ちで、先日より少し本の量が減ったカウンターに近寄り、リリアリアが中を覗き込む。

 そこではソファーに寝そべり、頭まで毛布を被って眠るヒースリングが居て、規則的に毛布が上下していた。

 ケイデンスが声をかけると、大きな欠伸をしながら緩慢な動作で起き上がる。


「あれあれ、お揃いでどうしたのぉ? 新しい本はまだ検品中だよぉ」


 フードを直しながら、長い前髪で目元を隠しつつ、カウンターに足を向けるヒースリングに、リリアリアが睨め付けた。


「分かっていて話を逸らすのは、やめてくださいませ。ケイデンスをそそのかしたのは、あなたですわね。


 滅多に呼ばれない爵位名に、友はキョトンとした様相で首を傾ける。

 スラヴィル名誉伯ヒースリング・コーダ。王家が司書業務の功績を讃え授けた、名誉爵位だ。

 ケイデンスが図書館に足を運ぶようになってから、ヒースリング本人から聞いたが、所謂、爵位を持たない家柄が、王家直属の施設を管理する為に、名目上与える地位だという。


 リリアリアがそれを口にする意図を考えていれば、ヒースリングが片手を腰の後ろに回し、もう片方の手を胸に当てると、恭しく辞儀をした。


「わたくしの騎士に、危険な行為を吹き込んだ罪は重いですわよ」

「ふふ、苛烈だなぁ。心配しなくても、君からイルデロンを盗ったりしないよぉ」

「スラヴィル名誉伯。わたくしは今、王族としてあなたに話しているのです」

「おっとと、ごめんねぇ」


 ピシャリと切り捨てられたに関わらず、意にも返さない。

 しかしゆったりとした動作で上体を上げ、こちらを交互に眺めてから、長い袖で己の顎をさすった。


「あれ、イルデロン。もしかして、全部言っちゃった?」

「…………まぁ、その、……そうだな」


 何を、とは聞かずとも分かり、ケイデンスは視線を逸らす。

 ヒースリングは一拍置いて吹き出すと、愉快げに笑いながら二人をカウンターの内側に手招いた。


「ふはっ、やっぱり君は、アルテメリオンに弱いねぇ。なるほど、それならボクも、王女様にちゃんと怒られ……」

「叱責を受ける意思があるのなら、コーダ司書。手を貸して欲しいことがあるのですわ」


 状況を理解し、改めてリリアリアに頭を下げようとするのを、彼女本人が押しとどめた。

 


 

 

 


 

 

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