25 姑息な魔法使い④




 言われた言葉に理解が追いつかず、ケイデンスは呆けた顔でリリアリアを見返してしまった。

 徐々に思考が追い縋ってくるものの、やはり意図が掴めず戸惑いを露わにする。

 リリアリアから見てもその反応は承知の上だったのか、彼女は頷いて両手を腹の前で組んだ。


「ケイデンス。本来ならわたくしは王族に対し、緊急時以外に許可なく魔法を行使した事実を、追求せねばなりません」


 厳しい言葉に返答も出来ず、ケイデンスは椅子から降りると地面に片膝をつき、頭を垂れる。

 

 無意識下であったとはいえ、ケイデンスの強い望みが引き金となり、魔法が発動したのは事実だ。

 親しき仲でも流石に悪戯の度が過ぎており、極刑の対象となってもおかしくない。


 沈黙する彼にリリアリアは首を左右に振り、再び扇を開くと軽くケイデンスの頬に触れた。


「そして禁書を読み解き、所持しているというなら、あなたは更に罪を重ねた事になります」

「……はい」

「二つの罪のどちらかに温情をかけても、どちらかは罰しなければなりませんわ」


 顔を上げれば、彼女は扇で隠した向こう側で、静かな双眸に不安を滲ませている。


「良いですか、ケイデンス。親愛なるわたくしの騎士として、魔法をかけようとしたことは、許します。しかし禁書を読み解くことは、許すわけにはまいりません。もしあなたが、禁術を己に課せられた誇りだと言うのなら、罰として汚名を返上なさいませ。我が父を納得させるほど、功績を立てなさい」


 禁書から禁術を習得すること自体、罰の対象となる。

 それは魔法使いの生命を脅かし、且つ、使い方を誤ればあまりに危険な魔法だからだ。

 もしケイデンスの学びが周囲に知れ渡れば、嫌悪を露わにする者ならいざ知らず、自己利益に利用しようと、画策する輩も出始めるだろう。そうなっては第二王女であるリリアリアでは、彼を擁護しきれなくなる。

  

 よってリリアリアは罰と称し、誰にも禁術を悟られる事なく、目に見える形で功績をたてろと言うのだ。

 仮に露見した場合、ケイデンスの行いに大義名分を与えるために。彼の立場を確固たるものにするために。


 足元をすくう未来に怯えないよう、盤石さを約束するために。


 ケイデンスは視線を地面まで下げて、返答を考える。

 

 罰と称するには寛大で、温情というには難しい課題だ。

 国王から見たケイデンスの評価は、式典で魔物の侵入に気がついた事で、多少右肩上がりに改善している。しかし以前として魔法に関しては、役立たずの無能である事に変わりない。

 対魔物において、己の身体能力で押し通せるほど、ケイデンスは強い騎士ではなかった。


 そして仮に納得のいく功績を打ち立てたとして、リリアリアとの婚姻を褒賞にする、その意図はなんだろうか。


 考え込むケイデンスに、リリアリアは僅かに双眸を逸らす。


「……あなたは、……そうね、禁術を手にする大胆さを持ちながら、些か、良い人でありすぎますわ。……良いですか? わたくしを御する事が出来る立ち位置を、少し考えなさいませ」

「!? そ、そのような、俺は」

「わたくしは、あなたの秘密を知る人間ですのよ。そして先ほど話した通り、いずれお父さまの意向に沿って、臣下に降る身です。よく考えなさい、わたくしの騎士。秘密を共有する人間が、目が届かない場所はおろか、連絡すら取れない状態になるという事を」


 語調を強めながら耳朶を震わせる発言に、やはり返答をし損ね、唇を引き結んだ。

 脳裏では彼女の言い分を肯定し、正当性ばかりを主張する台詞が羅列され、自分の浅ましさに嫌悪する。


 しかし葛藤したところで、否を唱えることは出来なかった。

 否定すればすなわち、リリアリアの傍に居る権利を放棄することになる。単純に嫌だった。今の場所を誰かに譲るのも、この先にある彼女の未来を、誰かに委ねるのも。

 肯定は、禁書を所持する決心から目を背けることと、同義であった。

 

 ケイデンスは、相応しい生き方をすると決めたのだ。 

 大きく息を吸い込んで肺を膨らませ、酸素を取り込んだ血液を全身に押し流して、奥歯を噛み締める。

 ケイデンスは更に頭を下げ、喉が締まる感覚に苦しみながら、目蓋を閉じた。

 

「……リリアリア王女殿下の寛大な御処置に、感謝申し上げます。そのお言葉、謹んで、お受けいたします」


 ぱち、と音を立てて閉じた扇の先が、肩の上で静止する。

 リリアリアは溜め息に似た息を溢し、数秒ほど沈黙してから、扇を開いて自らを仰いだ。 


「……よろしい。であれば、わたくしも協力致しますわ」

「え?」

「あなたが倒れる原因は、魔物に魔力を与え過ぎているから、でしょう? 魔力を与え過ぎないアプローチを考えなければ」

「与え過ぎない……」


 理屈は分かるが、まるで思い描けない。威力の小さな魔法は、今のところ差し迫った問題はないが、急激に強い魔法を行使した際の気持ち悪さは、どうやっても改善の道筋が見えなかった。

 視線が揺れるケイデンスを立ち上がらせ、リリアリアは視線を交える。


「そうと決まれば、安全な図書館に参りましょう。あそこは誰の目もありませんから」


 そう言いながら踵を返す彼女は、返事を待たずに歩き出す。

 流石に時間が経ちすぎて心配になり、様子を伺いに来たライデンリィと合流するまで、リリアリアはケイデンスを見ようとはしなかった。

 


 

 


 


 

 

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