24 姑息な魔法使い③



 ◇ ◇ ◇



 ケイデンスがリリアリアと出会ったのは、約二年前。

 ケイデンスのデビュタントを迎えた時だ。

 その時の彼女は、実母が他界したショックから抜けきっておらず、無理をして笑っている印象が強かった。


 国王と正妃が親身に寄り添っていたが、どこか虚で、ケイデンス他貴族の挨拶にも曖昧であったリリアリア。

 デビュタントの儀式を終えたケイデンスは、一人でフラフラと会場を出ていく姿が気になり、後を追った事が始まりである。


 彼女が訪れたのは、他でもない。この大きな温室だ。時刻は夕暮れ時で、華やかな喧騒を嫌うように、周囲は静まり返っていた。

 当時から護衛騎士であったライデンリィが、付かず離れずの距離で見守る中、リリアリアはぼんやりした様相で、足を踏み入れていった。


 その時、心配だったケイデンスは、大胆にもライデンリィの許可をとり、女性騎士の案内で同じく温室に向かっている。

 当時を振り返ると、王族に対して不敬も良いところだ。しかしその夕暮れ時だけは、なぜかリリアリアを一人見放すのは、嫌だと思ったのである。

  

 暫く様子を伺っていると、リリアリアがジョウロを持ち出し、花に水遣りを始める。

 ケイデンスは水滴が夕日に反射し、柔らかな輝きを放つ珍しい植物に、思わず名称を口にしてしまったのだ。


『シミアーキッド?』

『……え?』


 しまった、と我に返った時にはもう遅い。

 目を丸くして振り返ったリリアリアと、しっかり視線が交差してしまった後だった。


 ケイデンスが慌てて臣下の礼をとれば、彼女の方も顔を赤くして、急いで扇で口元を隠す。

 しかし恐る恐る、前髪と扇の間からケイデンスを見ていた。


『……あなたは、この花の名前が、お分かりになりまして?』

『は、はい。このような場所へ、不躾に入り申し訳ございません。ロビンラーク辺境伯が第三子、ケイデンス・メローと申します。リリアリア第二王女殿下』

『…………そう、ですか。ロビンラーク辺境伯子息さま。あの、では、これは?』


 流石に罰せられると震え上がっていたケイデンスに、リリアリアは扇を開いたまま、細い指で近くの鉢植えを指差す。

 優しくライデンリィに背中を叩かれ、深く一礼してから、促されるまま鉢植えに近寄った。


『……あ、薔薇の……確か、この葉の形は、王家に献上された新種だったと思います』

『こちらはどうかしら』

『雪玉ですか? すごい黄色だ、珍しいですね。交配種ですか?』

『! ええ! そうなのですわ。これは、こちらにある物と掛け合わせて……』


 すっかり意気投合し、植物を見ながら数分ほど話し込んでいると、リリアリアは不意に言葉に詰まる。

 花から視線を向ければ、彼女は寂そうな横顔を、くしゃりと歪ませていた。


『……わたくしのお母さまも、こんな風に、花を育てながら、お話を聞いてくださいましたわ。……お父さまも、王妃さまも、お義姉さまも、お優しいけれど、……花は愛でるもの、とお考えで、……ちっとも、関心を示してくれませんの』

『…………殿下』

『っどうしてなのかしら。……お医者さまも、次女達も、手を尽くして、下さいましたけれど、……お母さま、どうして、遠くへ行ってしまったの』


 ケイデンスが言葉を探している間に、リリアリアの美しい青の瞳から、涙が零れ落ちる。


『お母さま、どうして? ……わたくしも、……わたくしもっ、お側に、……連れて、いって、……欲しかった……!』


 泣きじゃくる姿に、ケイデンスは衝撃を受けた。

 男兄弟しか居ない屋敷では、母が茶会を開いても、同世代の令嬢が訪問する機会はない。

 例えあったとしても、優秀な兄二人が目的であったり、縁談に繋がる話し合いであったり、ケイデンスは常に居ないものとして扱われてきた。


 だからこそ今、隣で涙する第二王女が、ただ普通の、愛を失ってしまった少女にしか、見えなかったのだ。


 (……俺と、同じなのかな)


 どれほど頑張り願っても、一番欲しい家族から愛情を得られない。自らの境遇と重ねてしまう。

 それが不躾な行為であると分かっていても、ケイデンスは彼女が涙する度に、胸が痛んだ。


 (悲しい……、どうか、泣かないでほしい。……この人には、笑っていて、欲しい)


 駄目だと理解する前に、自然と体が動いて、ケイデンスは腰の横から控えめに、片手を差し出す。

 気がついたリリアリアが、涙で濡れた双眸を上げ、瞬きが新しい雫を押し流した。


『……殿下が遠くへ行ってしまったら、植物の話が出来なくなります。……惻妃様とお話ししたかった分まで、俺が聞きます。俺が話します。……ですからどうか、そんな事を、言わないでください』


 大きく目を見開いた彼女は、不格好に扇を閉じながら、唇を噛む。

 そして何度も頷いて嗚咽を漏らし、リリアリアはケイデンスの片手を握り返した。


 少し湿って、けれども熱を持った手の平を、生涯、忘れる事はないのだろう。

 その日、別の護衛騎士が探しに来るまで、ケイデンスはリリアリアの細い手を離さなかった。



 ◇ ◇ ◇ 

  

 

 ひとしきり気持ちを吐露したリリアリアは、ケイデンスに抱きついたまま、長く深呼吸をして震えを落ち着かせる。

 そうして彼の膝に乗り上げたまま、おもむろに体を起こして視線を下げた。


 何かを思案するような、状況をまとめるような、重々しい沈黙が続く。

 ケイデンスがひたすら黙して待っていれば、リリアリアは彼に寄りかかり、完全に体重を預けてきた。


「でん、っ」

「ケイデンス。あなたには主君として、罰を与えねばなりません」


 思わず裏返った声と鼓動は、リリアリアの一言で正気に戻され、唇を引き結ぶ。

 彼女は数秒ほどそのまま身を寄せていると、ようやくケイデンスの膝から降りて、真剣な表情で姿勢を正した。


「あなたには、誰も文句を言わせないほど、明確な手柄を立ててもらいます。そして国王陛下お父さまから勲章を授かり、英雄に与える褒賞として、──このわたくし、リリアリア・ティエラ・フェニーとの婚姻を望んで頂きますわ」











 


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