23 姑息な魔法使い②




「わたくしは、国の第二王女。政略の駒となるべく、ここにおりますの。……ですから、嫁ぐ方がどのような方であっても、強くあれるよう、魔法を磨いているのですわ」


 ケイデンスは返答をし損ね、口を開いては閉じるを繰り返す。


 ケイデンスは今まで、リリアリアの立場について思案する事を避けていた。

 彼女が望んでくれる限り、騎士として職務を全うし、誰よりも傍で守りたい本心に偽りはない。

 しかしそれはこの先、どこぞの青年に嫁いで行く彼女に付き従い、の安寧を守る事と同義であった。


 (リリアリア殿下が、結婚……)


 嫌な感情が湧き上がり、慌てて蓋をして胸の奥に押し込める。

 それでも吸い込んだ息は上手く吐き出せず、一瞬、表情が歪んで、ケイデンスはリリアリアから視線を逸らした。


 次期女王を期待されている、第一王女ベルノイアと違い、リリアリアには現在、婚約者がいない。彼女は騎士団内でも人気があるので、漏れ出る噂話を聞くと、候補の男性すらいないという。

 だが彼女の言い分を聞く限り、然るべきタイミングで婚姻を結ぶ為に、国王が時期を見定めているとも言えた。


 ケイデンスは確かに、リリアリアに恋心を抱いている。同時に、彼女と自分がどうこうなる未来など、考えた事もない、はずだった。

 それがここ暫く、彼女の近衛騎士として活動しているせいなのか、禁術という方法でも魔法に齧り付く事が出来たせいなのか、改めて現実を突きつけられると、先行するのは不快な感情ばかりで。

 自分自身の変化に戸惑い、目線は徐々に手元まで下がっていく。


 (……嫌、だな。……殿下が、誰かと結婚なんて)

 

 膝から浮かせた片手が宙を彷徨い、所在なく握りしめては、再び元の位置へ戻った。そして無意識に衣服へ爪をたて、思考を結ぶ回路が途切れていく。

 

 ケイデンスの様子を見つめていたリリアリアは、風に遊ばれ頬にかかった己の長髪を、指先で後ろにすき流した。

 空気が動く気配に思わず顔を上げて、視界の端に映った白い首筋に、瞬きが不自然に遅くなる。


「ケイデンス、もし、……もしわたくしが、臣籍降下して王族を降りても、わたくしに着いてきて、くれますか?」


 囁くような声が耳朶を震わせた。

 微かに潤んだかに見えた双眸と交わった瞬間、ケイデンスは無意識が影の揺らめきを捉え、浮遊する感覚に身を委ね、


 (っリリアリア様……!!)


 声にならない呼び声に、唇が戦慄いて吐息が掠れ、リリアリアの瞳が大きく見開かれた。

 その表情が恍惚を帯びるのと間髪いれず、彼女の髪留めが音を立てて破裂する。甲高い音にケイデンスは意識を引き戻され、同じくハッと我に返った彼女が、険しい表情で椅子から立ち上がった。


「っ!? 殿下、今のは」

「わたくしの命令が聞けなかったの、ケイデンス」


 ケイデンスの言葉を遮った彼女は、壊れた髪留めを外し、苦々しく呟く。


「この髪留めはクロエとライデンの三人で、魔法を跳ね返す魔法を施していたのですわ」

「な、──」

「あなたの行動に、疑問があったからです。以前と違い、どこか顔付きも自信に満ちていた。わたくしはそれを、環境が変わって落ち着いたからだと、肯定的に捉えていたのですわ」


 髪留めをテーブルの上に置き、リリアリアは抑えきれない衝動を隠そうと、再び扇を開いて口元を覆う。

 何度か深呼吸をして落ち着きを払い、しかし彼女は肩を怒らせ、感情の起伏で赤くなった目元を歪ませた。


「禁書を読み解きましたね、ケイデンス」


 頭の中が真っ白に染まる。

 

 先ほどまでリリアリアが口にしていた内容は、全てケイデンスを動揺させる手段であったのか。

 「うた」を用いて魔法を行使するのと違い、ケイデンスはまだ詠唱歌が必要ない禁術に慣れきっていない。リリアリアはそれを見越して、──そうでない事を願いながら、無意識に願う事で発動してしまった魔法に、最悪の形で気がついてしまったのだ。


 ケイデンスは拙いことに、リリアリアに魔法をかけようとしてしまったのだ。

  

「……っ……そ、の、……俺は……」

「ケイデンス、正直に言ってくださいませ。禁書を持ち出したのですか? それとも図書館で読んでいたのですか? っ昨晩は本当はどこにいたの? あなたは今、何をしているの? あなたはわたくしの騎士でしょう、教えなさい!!」


 詰め寄る最後は普段の温厚さなど捨て、声を荒げるリリアリアの言葉尻が、涙に揺れて震え始める。

 彼女は扇を投げ捨てると、両腕をケイデンスの腕に回し飛びついた。驚愕に思わず声が口から漏れ、ケイデンスは膝の上に乗り上げたリリアリアを、慌てて両手で支える。


「もうどれくらい、魔力を分け与えたの? 命に関わると伝えたじゃない、わかっているのでしょう? どうしてなの、どうして、……っエイデ、お願いよ、わたくしを置いていかないで。……お願い、お母さまのように、わたくしを置いて……遠くへ行かないで……」


 強く抱きつく彼女の表情は、ケイデンスからは見えない。

 肩口が濡れる感覚に、彼は蒼白な顔を更に土気色にして、細い少女を抱きしめる。 


 リリアリアの言動は、惻妃母親が鬼籍に入った二年前を思い起こし、心臓が止まるような錯覚がした。

 

 

  



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る