第三章
22 姑息な魔法使い①
「……!?」
衝撃の言葉に、ケイデンスは呼吸を詰まらせる。
ヒースリングが残した置き手紙には、リリアリアと出会したことなど、全く書いていなかった。
否、愉快犯な性格の友だ。あえて書き記していかなかったのだろう。
視界の端で停止する木の根を見る。まとわりつく蔓も、根も、色が変色し枯れ果てていた。
通常の魔法使いは、己の魔力を使う特性上、生物を意のままに操る力に乏しい。洗脳魔法や魅了魔法といった類は絵空事で、動植物に関しても当てはまる。
リリアリアが行った魔法は、地下で枯れ
(もしそうなら、高度な技術、だよな? 見えない場所から指示を出したってことだろ……? 殿下は確かに、俺に次いで魔力量が多いって……聞いてはいた、けれど)
ケイデンスを筆頭に、魔力量の多さは魔法使いとしての優秀さと、イコールにはならない。
少なくとも然るべき訓練を積まねば、繊細な魔法を扱う事は難しいのが現状だった。
リリアリアは唇を引き結ぶケイデンスに、手の平の汚れを払うと嘆息する。
「ケイデンス。昨日はどこへ行っていたのでしょう」
「…………昨日、は」
「コーダ司書には適当にはぐらかされましたわ。知ることも互いに近づく一歩だと」
「……、……申し訳ございません。昨晩は外出して、いました。……『秘境の使徒』の拠点を調べようと、思って」
その名を出せば、リリアリアは息をのんで目を見開いた。しかしすぐに己の表情を隠すよう、腰から下げている作業道具入れの中から、押し込んでいた扇を取り出して口元を覆う。
リリアリアに対し、余計な嘘を重ねるのは悪手だ。真実の中に、禁術に関する事柄を隠して伝えた方が、彼女も納得を得られるだろう。
ケイデンスはなるべく彼女から目を逸さぬよう、注意深く言葉を選んだ。
リリアリアは訝しげに沈黙した後、視線を伏せてから再び口を開く。
「……もしかして、接触してしまったというの?」
「はい。……交戦に、なりました。ヒースリングが居たのは、そういう事態になった時の為に、力を貸してくれと言っていたからです」
ケイデンスを助けた事になっているあの少女が、魔物の身体を加工した装飾品を持っていた事は、既に救護班の取り調べで判明している。あの装飾品は極めて悪質な物だが、裏市場では高額で取引される逸品だ。
仲間諸共、使徒が奪い返しに来たとしても、決して不思議ではない。
ケイデンスは城が襲撃される前に、情報だけでも先手を打てないかと行動していた。
「黙って行動したことは、申し訳ございません。ですが俺は、……俺も、何か、……殿下のお役に、立ちたかった」
彼女はケイデンスの言い分に納得したようで、小さく歌声を乗せて魔法を行使すると、騎士の拘束を解いた。
半分浮き上がっていた踵が地面につくと、リリアリアは更にケイデンスへ近寄って、皺になった衣類を片手で伸ばす。
「……なるほど、そういう事でしたらコーダ司書が、言葉を濁したことも理解できますわ。あの方はケイデンスの意志を、何よりも尊重しますものね」
軽い音を立てて扇をとじ、彼女は下からケイデンスの顔を覗き込む。
柔らかなサファイアの瞳に、奥へ仕舞い込んだ何もかもを見透かされているようで、ケイデンスは無意識に唾を飲んだ。
「ですが今後、くれぐれもそのような行動は、慎みなさいませ。あなたはわたくしの騎士ですのよ、ケイデンス」
「……申し訳ありません」
「言ったでしょう? あなたに何かあっては、わたくしは全てを許せなくなってしまいますわ」
「はい」
「そうなってはきっと、魔物に付け入られてしまいます。わたくし、あまり強い人間ではないのよ」
リリアリアはそう言って、ケイデンスに片手を差し出す。
迷いつつも肘を上げて受け入れると、彼女は腕を絡ませ歩き出した。
温室の奥まった場所には、一休みできるよう、小さな丸テーブルと椅子が設置してある。
そこまで来れば自然と腕を離し、ケイデンスが椅子を引いて促せば、リリアリアはスカートの裾を持ち上げ、腰を下ろした。
「あなたも」
隣り合う椅子を示され、一礼してケイデンスも腰を落ち着かせる。
僅かに気まずい沈黙が流れ、ケイデンスが何事か口を開く前に、草花を眺めていたリリアリアが口を開いた。
「驚いたでしょう。黙っていてごめんなさいね」
「え?」
「魔法のことですわ。あなたの前では、使ったことがなかったでしょう?」
隙間を開けた窓から吹く風が、リリアリアの前髪を揺らす。
彼女は眉を下げたままケイデンスを一瞥もせず、その横顔からは、何を考え思うのか読み取れなかった。
「……そう、ですね。俺なんて足元にも及ばないくらいで、驚きました」
「可愛げがないと、お義姉さまには文句を言われますわ」
リリアリアは幼少期から、少しずつ魔法使いとして鍛錬を重ねているのだという。
初めは護身目的であったが、途中から明確な強さを求め、自室で一人の時に試行錯誤しているらしい。
彼女は細い己の手を見下ろし、やはりケイデンスが聞いたことのない言語で歌い、魔法を発動した。
水滴が皮膚に付着し汚れを落とし、同時に衣類の土や木の葉も払って、あっという間に身綺麗になる。
そのままケイデンスの事も洗い流して乾かせば、リリアリアの双眸がようやく、隣り合う騎士の姿を捉えた。
「……わたくしはいずれ、臣籍降下いたしますわ。その為に、力をつけておきたいと思ったのです」
「臣籍降下……」
「ええ。王家により良い益をもたらす為に、爵位ある男性へ嫁ぐ事ですわ」
普段、そういった立場を口にしない彼女の、湾曲的でいて生々しい言葉に、ケイデンスは瞠目して息が止まった。
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