21 邂逅を知らず④
ケイデンスが目を覚ました時、視界に広がったのは見慣れた天井であった。
慌てて起き上がり周囲を確認すると、ティエラ王国の自室のようだ。
ベッド脇のテーブルには置き手紙があり、ヒースリングが書き残していった丸い字体が、状況を記している。
禁術によって再び意識を失ったケイデンスを、部屋まで運んでくれたらしい。
謝礼は城下で流行っている菓子類で良いと書いてあり、ケイデンスは苦笑しつつ胸を撫で下ろした。
また数日経過していたらと考え恐ろしくなったが、気絶していたのは数時間のようである。難が去った安堵に、力が抜けて再びベッドに倒れ込んだ。
ケイデンスは両手で顔を覆い、指の隙間から天井を睨みながら考える。
魔力を与える行為に体を慣らす。それが当面の目標だ。大規模な魔法を使うたびに気絶しては、見方によっては魔法が使えないよりタチが悪い。
ケイデンスはベッドから起き上がり、書棚に近寄って手前の本を数冊抜き取り、その奥で鍵付きの箱へ厳重に保管している、禁書を手に取った。
(何か、解決策はないのか……? きっとこの本を書いた人だって、同じように苦しんだはず。だけど、その解決策があるなら、前の持ち主が死ぬことはなかった、か?)
後ろから数ページめくっても、記述してあるのは、魔法を扱う様々な考え方だけだ。
数行だけそれらしい文章があったが、結果として魔物的存在に与える魔力の量が、根本的に変化するわけではないようである。
出来ることと言えば、突発的に強い魔法を使わない選択肢しかなく、現状、あまり現実的な解決策ではなかった。
ケイデンスは禁書を読み込みながら、壁に背中をつけて思案する。
(倒れてばかりでは、いずれ禁書のことが露見する。その前に手を打たないと)
再び箱に入れて鍵をかけ、書棚の奥へしまいこむと、リリアリアの元へ向かうべく着替えに手を伸ばした。
◆ ◆ ◆
公務のない今日、ケイデンスはリリアリアと共に中庭へ下り、彼女が管理している温室に足を踏み入れる。
柔らかな土の香りと、ガラス越しに注ぐ太陽光が暖かく、リリアリアは頭巾を被ると花のように微笑んだ。
「ケイデンスが傍にいると、こうやって園芸も一緒にできて、嬉しいですわ」
「俺もゆっくり土いじりが出来るのは、有難いです」
ケイデンスとリリアリアは、汚れても良い服装でエプロンをし、長靴も装備して準備万端だ。
さっそく植木鉢を数個引き寄せると、リリアリアが遠方の貿易国から取り寄せた、植物の苗を二人で植え替えていく。
先日、視察に訪問した医療施設から、肥料を分けてもらえたので土に混ぜ込んだ。
「こちらには野菜を植えましょう。トマトなんてどうかしら」
「いいですね。……あれ、これって、夕凪イチゴの苗? 珍しいですね、市場に出回っているんですか?」
「ええ! そうなのです! これは懇意にしている農場から、特別に譲ってもらったのですわ」
朗らかに会話を楽しみながら、植え替え作業に勤しむ様子は、とても王女と騎士には見えないだろう。
互いに家柄や立場というしがらみがなければ、正装を脱ぎ捨てて園芸や家庭菜園に没頭したいくらいなのだ。
特に今日はいつもと勝手が違い、温室内で二人だけの作業をしているから、尚更だった。
いつもはクロエリィも手伝うが、今日は城下に使いへ行っているのだという。ライデンリィはケイデンスに気を利かせ、温室の外で待機していた。
ケイデンスは楽しい時間に少し浮かれ、同時に気恥ずかしさもあり、リリアリアを盗み見ては目尻を緩ませる。
園芸種と向き合うリリアリアは、汗を腕に巻いた布で拭い、顔に土が付着しても変わらずに愛らしく、美しかった。
いつまでも彼女を守っていけたらと、そう思わせる横顔に、ケイデンスは小さく感嘆の息を溢す。
植え替えを終えて、箒で広がった土を掻き集める横で、リリアリアはジョウロを持ち出してくると、軽やかに歌いながら水やりを始めた。
まだ発芽したばかりの苗や、温室ないに咲く様々な草花、実をつける樹木の根本など、丁寧に水を注いでいく。
その間も、歌声は優しく温室を包み込み、ケイデンスは箒を握りしめつつ耳を傾けた。
聞いたことのない言語で、独特の節回し。けれど聞き覚えのある響きも併せ持ち、ケイデンスはリリアリアに視線を向ける。
「……綺麗な歌ですね。どこかの民謡ですか?」
「そうでしょう? でも、違うのですわ。これは民謡ではないのです」
歌の合間に答えながら、リリアリアは水のなくなったジョウロを戸棚に戻し、己の騎士へ振り返った。
「これはケイデンス、──あなたをこの場へ閉じ込める、「うた」なのですわ」
それは一瞬の慈悲も、与えられなかった。
ケイデンスの足元が不自然に盛り上がり、木の根が両足を拘束する。
何も身構えていなかった彼は、大きくバランスを崩して前のめりになり、それを別の木の根が支えた。しかし木の根を這って伸びた蔓に腕が囚われ、軽く捻り上げられて呻き声が食いしばった歯の間から漏れる。
「っ!? 殿下!? な、何を、どうして、っ」
狼狽え悲鳴混じりの声を無言で切り捨て、リリアリアが一歩、また一歩と歩み寄ってくる。
そして蒼白のケイデンスの前で立ち止まり、悲痛に表情を歪めて口を開いた。
「……昨晩、気絶したあなたを抱えた、コーダ司書とお会いしたのですわ。どういうことかしら。あなたは自室で、休まれていたのではないの? それとも……、……わたくしに何か弁明する事柄が、あるのでしょうか? ……答えなさい、ケイデンス・メロー」
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