19 邂逅を知らず②
青年は再度軽い拍手をし、ふと自身の胸に手を当てて頭を下げた。
「申し遅れたな。『秘境の使徒』リーダーのアルコイだ。握手は……やめとくよ、大丈夫、アンタに危害を加えるつもりはないって」
宙に差し出された手は直ぐに戻され、アルコイは目尻を緩ませ笑う。人好きしそうな顔が余計に不気味で、ケイデンスは半歩重心を後ろに下げた。
アルコイからは確かに、それまで対峙した相手と違い、明確な敵意は感じられない。
ケイデンスも僅かに騎士として矜持が勝り、切先の向きを変えて剣を鞘に収める。戦意がない相手に切り掛かる蛮行は、流石にやりたくないのが本音だった。
アルコイは伏している仲間を助け起こし、奥へ行くよう視線で伝える。
二人はフードの内側でケイデンスを睨み、しかし粛々と従って、他大勢の中へ紛れていった。
「さて、ケイデンス殿。俺たちの言い分を聞いてくれよ」
「……ああ」
「俺たちは確かに、世間一般から見れば
「…………」
「それが、禁術の習得だ」
青年はケイデンスと対角線上に、再び足音を響かせ歩き出しながら、視線を逸らす。
「禁術は総じて、人間が超えちゃならねぇ線を、簡単に踏み越えちまう。正直、どういう理屈で魔法を使ってるのかも、俺たちは分からない。けれど、禁術使いってやつは往々にして、みんな狂人になっていく。俺の兄貴もそうだった」
アルコイの横顔が、微かに憂いを帯びた。そしてケイデンスの真後ろにくると、一度立ち止まって顔を向けてくる。
振り返って視線を受け止めれば、彼は肩をすくめて軽く床を踏み鳴らした。
「アンタが習得した禁術は、俺の兄貴が掻き集めたもんだ」
「……お兄さんが?」
「そう。どうやってあの部屋に入ったんだろうな? 厳重に封鎖していたのに、簡単に開けて読んじまって。……なぁケイデンス殿。俺はアンタを心配してんだ。兄貴は最期、干からびた骨と皮になって死んじまったぜ」
魔力の枯渇、という事なのだろう。
周囲の魔物的存在に魔力を与え、己の魔法として行使する力だ。ケイデンスのように世界一と言われる魔力量でも、気絶し倒れてしまうほどの力なのである。
ごく一般的な魔法使いなら、早々に魔力を食い尽くされてしまうのは想像に難くない。
人間は、どんな方法であれ魔法を行使すれば、魔力は消費され、失った分を再び体内で生成する。常に一定数の魔力を維持できるよう、身体構造が備わっていた。
しかし禁術を用いた方法は、この再生能力に喪失が追いつかないのだ。
よって最終的に、アルコイの兄が骨と皮ばかりになったと同じく、命が尽きてしまう。
ケイデンスは眉間の皺を深め、唇を引き結ぶ。
「悪いことは言わねぇ。兄貴の蔵書、返してくれねぇか。返してくれたら、俺たちはアンタの国から手を引くぜ。アンタの存在も他言しない。……なぁケイデンス殿。禁術なんざ綺麗さっぱり忘れて、真っ当に生きろよ。アンタは騎士様なんだろ?」
一周してから方向を変え、再びケイデンスの前で立ち止まったアルコイが、眉を下げて首を傾ける。
彼が率いる組織の善悪はさておいて、彼本人の言い分は非常に常識的だった。
結果としてヒースリングが禁書を持ち出したと言え、元は所有する家族が管理していた事実は、鑑みるべきだろう。それを無断で持ち出しているのは、ケイデンスに他ならないのだ。
狼狽と困惑が意識に混ざり、視線が彷徨ったケイデンスの隣で、僅かに空気が震えて影が蠢く。
途端に両肩に重さを感じ、頭部に軽く顎がぶつかる感覚がして、背後からケイデンスに乗り上げたヒースリングを横目に見上げた。
人間を模した関節を首に巻きつけ、口内を埋め尽くす歯を見せながら、ヒースリングは中性的な声を上げて笑う。
「っヒース」
「ふは、あはははっ、ふふ、ふ、面白い事を言うねぇ。あの人に家族がいるわけないでしょ? いたら驚きだよぉ、だってきっと人体実験に使っちゃう!」
「な、んだ、こいつ……ッ」
突如姿を表したヒースリングの事は、意識の範疇になかったようだ。
アルコイは床を蹴って距離をとり、胡乱げにヒースリングを見ては首を傾ける。
「おいおい、随分、面白い奴を連れてんなぁケイデンス殿? それも禁術の何かか?」
「違う。友人だ」
「友人? それが?」
「失礼しちゃうなぁ。これでもティエラ王国では、ちゃんと爵位ある家柄なんだけどねぇ。ま、そんな些事はどうでもいいんだけど」
青年が返答する前に、ヒースリングが更にケイデンスの頭に乗り上げ、上下逆さまに顔を覗き込んだ。
「こらこら、イルデロン。感傷的になっちゃうのは、君の良い所で悪い癖だよぉ」
「な、なんだよいきなり」
「相手が小悪党なの忘れたの? いくらでも口八丁手八丁、君を封じ込める手段を持ってるんだよ」
ぱら、と何かが崩れる音がする。
文字通り目と鼻の先に居るヒースリングから視線を外し、足元に双眸を向けたケイデンスは、ようやく己の周囲に不自然な陥没が出来始めていることに、気がついた。
「……まるで自分に注意を引くように歩いていること、ちゃんと気が付かなきゃ、ダメでしょ? ……君は敵地のど真ん中に、立っているんだからさ」
広い空間に囁きが反響するや否や、ケイデンスは凄まじい重力に体を取られ、硬い床に叩きつけられた。
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