18 邂逅を知らず①



 外観の扉からは予想できないほど、地下は広い構造になっていた。

 魔法の効力を増強させる目的か、足が蹴った小石の音も反響し響き渡る。

 周囲を見渡しても人影はなく、しかし微かな息遣いが空間を震わせていた。


 薄らとある灯りを頼りに、ケイデンスは剣を鞘から抜く。そうすれば前方で掠れた歌声が聞こえ、次に意識が追いついた瞬間には、床近くまで腰を落とした、体格の良い丸刈りの青年が、弓形の片手剣を振り上げた。

 ケイデンスは咄嗟に剣で受け止め、横にいなして反対側へすり抜ける。そうすれば別方向から、魔力を帯びた矢が彼を狙い、等身を低くし寸前で避けた。

 しかしケイデンスに狙いを定めた矢は、壁に突き刺さる前に方向を変え、背後から再び襲いかかる。

 その軌道を無視した動きに対処しようとすれば、片手剣を持つ青年が再び剣を振りかぶった。


 (っ止まれ……!)


 急激に意識が浮ついて魔法が発動し、ケイデンスの肩らへんで矢が停止する。彼は振り下ろされた剣を避け、己の剣を持ちかえると、丸刈りの青年の胴部に刀身で切り込んだ。

 しかし何か強力な防具で阻まれたのか、金属がぶつかる澄んだ音が響き、指先から腕まで痺れが走る。ケイデンスが怯んだ隙を逃さず、青年も剣を持つ手を変えるが、暗闇から突如腕を伸ばしたヒースリングが、そのまま青年を壁まで突き飛ばした。

 剣の柄でケイデンスのこめかみを叩こうとしていた青年は、呻き声を上げて床に転がり、直ぐに体勢を立て直そうとして膝をつく。


 足元にパラパラと落ちるのは、先ほど刀身を阻んだ装甲だろうか。激しく咳き込み床に伏す姿に、ケイデンスは立ち上がりながらヒースリングを一瞥する。

 しかし何かをいう前に、再び複数の矢が飛んできて、彼は咄嗟に矢が飛び出してきた方向へ身を屈め、床の上を一回転すると、そのまま小声で歌の聞こえる方へ走り出した。


 剣でわざと壁を削り取り、不協和音を反響させれば、ケイデンスを追いかけてくる矢の動きは、ほんの僅かに鈍る。

 ケイデンスは再び、内臓が浮き上がるような不快感を覚えつつ、強く念じて魔法を行使すると、停止した全ての矢を視界に入れた。


「……倒れたら、介抱を頼むよ」


 どこにいるか分からないヒースリングに小声で伝えたその時、縦横無尽にケイデンスを追尾していた矢が、一斉に逆再生し始める。

 その異様な光景に、直ぐそばで悲鳴が上がった。老齢の女性を思わせるその声で、反射的に腕を伸ばし、指が触れた衣服の感触を捉える。

 そして力任せに引っ張ると、隠れていた暗闇から、ローブで顔を隠す何者かが現れ、体勢を立て直せず床に倒れ伏した。

 魔法によって時間を巻き戻された矢が、女性が背負う矢筒の中に戻っていくのを見計らい、ケイデンスは女性の後頭部に片手を伸ばす。


「──まぁまぁ、待てよ同胞。これは歓迎の挨拶だぜ」


 刹那、奥から若い男性の声が聞こえ、視線を上げた。

 流れるように紡がれた魔法によって、室内灯が一斉に点灯し、眩さに目を細める。


 熱を持たない白い灯りの下、目深にフードを被る一行が姿を見せた。各国で秘密裏に活動しているとは知っていたが、恐らく数にして20余名。予想外の人数だった。

 ケイデンスは屈めていた上体を起こし、剣を持ち直して、中央にいる人物と対峙する。

 片手でフードを外した顔は、ケイデンスより僅かに年上に見える、精悍な顔立ちの青年であった。


 縮れてやや長めの前髪を左右に分け、赤みがかった栗毛が印象的だ。

 彼は両手を軽く叩いて拍手し、ケイデンスを正面から見据えて口元に笑みを浮かべる。


「ようこそ、ケイデンス・メロー殿。『秘境の使徒』の巣窟へ」


 澱みなく発せられた自らの名前に、ケイデンスは眉間の皺を深めた。青年は喉の奥を震わせ、倒れている二人をそれぞれ一瞥する。


「そう殺気立つなって。うちの血気盛んな連中が悪かった。禁術使いってのは嫌なイメージしかねぇからよ」

「……」

「なぁ同胞。ちょっと話そうぜ。この人数を見れば、自分が不利なのは分かってんだろ?」


 話しながらも、青年は緩やかな挙動で歩き出す。

 革靴が硬い床を踏み鳴らす音が、嫌に大きく聞こえて空間に木霊した。


「それにしてもアンタ、実践経験が浅いように見えて、デタラメな魔法を使うなぁ。さっきのは時間を巻き戻したのか? 普通の魔法使いは逆立ちしたって出来ないだろ?」


 どこか焦点が定まらない、筋が見えない一方的な会話文に、ケイデンスは柄を握る指先に力が入る。


 異様な気配の青年だった。腰袋に入れた魔石が、彼が近づくにつれて強い熱を持ってくる。

 まるでケイデンスを襲った少女のように、生きた魔物の一部を利用した装飾品で、全身を覆っているかのような感覚だった。

 ローブの内側から見える装飾品を注意深く観察し、直ぐ傍で立ち止まった青年に改めて顔を向けた。


「なぁ、ケイデンス殿。分かってる、アンタの目的は俺たちの口封じだろ? 禁書を持ち去り、禁術使いになったなんて正体が知れ渡ったら、それこそ居場所が無くなっちまう」


 心底同情すると言わんばかりの表情が、こちらの神経を逆撫でする。

 しかしケイデンスは呼吸を整えると、剣の切先を床まで下げて、青年を見つめ返した。


「……俺の事を分かっているように、言うんだな」


 ポツリと呟けば青年は笑みを深めて、上体を僅かに屈めてケイデンスの顔を覗き込む。


「有名人だろ? アンタ。魔力量だけバカみてぇにある、ただの無能だって。ひでぇよなぁ。そんな境遇に置かれちまって、藁にもすがる思いで禁術に手を出してさ。その貪欲さは賞賛に値するぜ?」









 


 

 

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