第一章
1 隅にいる無能①
遠き昔より魔物の脅威に怯えながら、自身の魔力を変化させ、敵に立ち向かう人々が居る時代。
世界では「
より力強い旋律で、より美しい歌声を響かせられる魔法使いは、絶大な力を約束される。
その「うた」は自身の魔力によって力を増幅し、時にはたった数十秒の歌であっても、千の魔物を打ち滅ぼすと言われるほどだった。
しかしそれも、聞き惚れるほどの「うた」であればこそ。
例え膨大な魔力を有していても、歌えないのであれば、それは魔法使いにとって無能以外の何者でもなかった。
◆ ◆ ◆
ケイデンスはその日も、騎士団宿舎の一階にある食堂の隅で、一番安い昼食を食べていた。
騎士団服は支給品なので問題ないが、食事代は給金から差し引かれる事になっている。辺境伯である実家から、入団当初よりなんの仕送りもないので、少しでも安価な食事で済ませたい願望があった
おおよそ辺境伯の第三子息とは思えない状態に、周囲では嫌な視線が飛び交い、ケイデンスは肩身の狭い思いで、芋のスープを口に運ぶ。
五歳児の検査で、不名誉にも国中へ知れ渡ることになった、ケイデンス・メロー。彼は今年、十八歳になった。
騎士団への入団しか許さなかった父に、雑用係が主力の第8小隊に押し込められ、約一年。不遇続きの毎日である。
重症なほど音痴であるケイデンスは、多少歌が下手どころではなく、初歩中の初歩魔法しか使えない。
それこそ、全く大変な任務がない第8小隊所属であっても、荷物の転移ができなかったり、そもそも長時間浮遊させられなかったり、簡易な治癒魔法も使えないなど、足を引っ張る要因にしかなっていなかった。
当然、同部隊内での評価は最悪で、罵詈雑言を一心に受ける始末である。
(俺だって、騎士団になんて入りたくなかったよ……)
溜め息を吐き出し、具の少ないパスタを食べる。赤い小さな輪が少し辛いが、キャベツの新芽が美味しい一品であった。
ケイデンス・メローの生家、ロビンラーク辺境伯家は、代々、優秀な魔法騎士を輩出してきた名門である。
王国騎士団長を任されている父を筆頭に、兄二人もそれぞれ小隊を率いる優秀な人材だ。
海と山に囲まれた自然豊かな地、ティエラ王国は、長きに渡り海から襲来する『セイレーン』と呼ばれる魔物と敵対し、戦いの歴史を生きている。
彼らは美しい女人の姿をしており、海洋の奥から歌声で船を
王国騎士団は、そんな超大な力を使う魔物から国を護るため設立された、崇高な存在なのである。
ケイデンスも、言葉を話すようになった当初くらいまでは、父を尊敬し入団を希望していた。
しかしいざ、魔法を使う訓練の為に歌い出すと、音楽講師が匙を投げるほど音痴だったのである。
それに加えて五歳児の魔力検査が仇となり、すっかり魔力が多いだけの無能な役立たずというレッテルを貼られてしまったのだ。
その為、ケイデンスは潔く、魔法を使用しない一般職を希望した。
……希望したのだが。
「おいケイデンス。何をコソコソとこんな場所で食事をしている」
「っ……アーゴル第1小隊隊長」
ひっそり食べていた頭上から、不機嫌な声が降ってくる。
慌ててフォークを置いて顔を上げれば、やはり険しい顔の長兄がケイデンスを見下ろしていた。
彼は、質素な食事を見ては更に嫌そうな顔をし、冷めた表情で吐き捨てる。
「まったく、貴様には辺境伯子息としての矜持はないのか。こんな場所でコソコソと、そんな貧相な食事をとっているなど」
「も、申し訳ありません」
思わず立ち上がって頭を下げた。
色々言いたいことはあるが、ここで兄弟喧嘩をしていても仕方がない。それに、次期辺境伯であり、副隊長昇格も秒読みと言われている兄が、末弟に足を引っ張られたくないと考える心境は、理解できなくもなかった。
「貴様はただでさえ、我が辺境伯家の恥なのだ。恥の上塗りをするような行為は、慎んで行動しろ」
「はい……」
周囲から嘲笑が聞こえ、ケイデンスは更に恥ずかしくなり、俯く。
「兄上、そいつに何を言っても無駄ですよ。どうせ音痴は治らねぇんですから」
そこへ軽薄な調子で横槍が入り、しかし長兄は少し表情を緩めて、視線を向ける。
今から昼食なのか、皿に好物ばかりを綺麗に並べてやってきたのは、次兄のトレブルだ。彼は蔑んだ目でケイデンスを一瞥し、鼻で笑ってアーゴルの隣に立つ。
「お前、いつまで騎士団に居座るんだ? 父上のお許しが出てるからって、厚かましいだろ」
「それは……、俺も辞表を出していますが、なかなか受理されず……」
「ハッ、どうせその
散々な言われように、今度こそ周囲から笑い声が上がった。わざとらしく
ケイデンスが隅で食事をしていれば、食事内容にすら小言を言うのに、結構に自由奔放なトレブルの言動は、長兄も黙認してしまう。
次兄も同じく、父が社交界で自慢するだけの実力があるので、多少の
ケイデンスは二人の様子を、少し羨ましく思いながら、落胆して視線を逸らす。
次兄に伝えた内容は本当だ。
魔法が使えて当たり前の騎士団員として、ケイデンスが行える事など限られている。
それなのに父は、心底嫌そうな顔をしながらも、辞表を受理してくれないのだ。
(……うるさいよ、俺だってそうしたい。放っておいてくれよ、早くどこかに行ってくれ……!)
軽蔑の的になりながら、ケイデンスは冷めていくパスタを横目に、両手を強く握りしめる。
心音がこめかみあたりを脈打ち始め、呼吸が少し早くなったその時だった。
「……わたくしのケイデンスに、何かご用でしょうか?」
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