第18話
朝食後、世那はスバルと共に街に出た。2人はローブの上に金と赤、緑の糸で刺繡をしたチュニックをはおり朱色のスカートをはいた。誰の目にも仲良しの姉妹に見えた。
王都の水晶宮を囲む街は、城下町とはいえ人口数万人の小さな街だった。
「きょうはどこに行きます?」
移動用モップに横座りのスバルが訊いた。空を飛ぶのは単独でもできるが、魔力を帯びた道具に乗った方が疲労は少ない。
「本屋さんに。魔法書を見たいの」
「どんな魔法? 私が知っているものなら、魔法書を見なくてもいいのよ」
「どんなものがあるのか分からないから、まとまっているものを見たいのよ」
スバルにはそう話したが、本当は人間の世界に行き来できる魔法を知りたかった。以前、カーズに尋ねたのだが、彼は教えてくれなかった。あの世界に戻るのは早すぎるというのだ。
「ねえ、スバル、あなたは魔界を出たことはあるの?」
「まだありません」
「出たいと思う?」
「ハイ、様々な世界、国々を見てみたいです」
「霊界も?」
「それはちょっと、……怖いかな」
彼女が苦笑した。
水晶宮の城下町には4つの商店街があった。普段、世那たちが行くのは魔人が多い白水晶商店街と赤水晶商店街だった。魔法書を置く書店は白水晶商店街と黒水晶商店街にある。2人は白水晶商店街に向かった。
そこでは、きたる悪魔との戦いに参加すべく数名の者たちが集まって気勢を上げていた。彼らがそうするのは悪魔よりも天使を恐れているからだった。街を天使に襲われるくらいなら、人間の街を襲うべきだと話し合っていた。
世那は彼らの声を聞きながら次元を超える魔法を探した。
「ここには面白い魔法はなさそうね……」
1時間も立読みをしたあげく、〝ネコをネズミに変える魔法〟という本を閉じた。面白いけれど、それに意味があるとは思えない。
「ちゃんと読めました?」
ファッション誌を見ていたスバルが、からかうような口調で言った。
「読めるわよ。魔界文字はコンピューター言語に比べたら簡単だもの。通訳魔法の力も借りたけどね」
世那はウインクを返した。
「コンピューターというのは、そんなに難しいのですか?」
「ベースにあるのはたった16文字なのだけど、それを組み合わせて研究者が文字を創造してしまったからね。今では、AIが必要な文字を新たに定義して作っているわ。とても覚えきれないくらい」
「まるでバベルの塔ですね」
彼女は人間の旧約聖書を引用して言語の複雑さを笑った。呑気にしているようで、多方面にわたる知識を持っている妹だった。
「言われてみれば、そうしてあの世界は崩壊するのかもしれないわね。それも悪魔の仕業なのかな」
「旧約聖書では言語を通じなくしたのは神様のはずよ」
「そういえばどうして、私は魔界の言葉を話しているのかしら。偶然、同じ言語を使っていたということ?」
カーズと出会った時から普通に話していたので気づかなかった。
「私には分からないわ。パパに訊いてみたら?」
「今は、悪魔討伐で頭がいっぱいのようだから、止めておきます」
「それじゃ、向こうに行ってみましょうか」
スバルは書店を出ると移動用モップを片手に持って、歩いて黒水晶商店街にむかう。世那は彼女を追った。
黒水晶商店街は焼き肉や魚の生臭いにおいが漂い、人々が大声で話し歩く雑然とした場所だった。獣人が多いといわれているが、フクロウ男のような半獣半人の者以外、世那には獣人を見分けることができなかった。
「スバル、獣人を見分けられるの?」
「シッ……」彼女は人差し指を唇に当てた。「……デリケートな話題なのよ。知られたくない人もいるから」
「そうなんだ……」
不思議だった。街の所々には顔が犬や羊、鷲の顔をした半獣半人の者がいる。彼らはどんな気持ちで暮らしているのだろう?
「おねえちゃんたち、俺たちと遊んでいかないか?」
通りの片隅で
見れば中に1人、世那好みの凛々しい男性がいた。どこか犬に似ているのがレンと重なる。思わず足が止った。そして気づいた。彼の髪の中から何かがニョキっと伸びている。
耳? 耳だけが獣?……眼を瞬かせていると、彼が両手を頭にやってその耳を外した。猫耳型のカチューシャだった。
なあんだ。……拍子抜けした。無視しようとしたものの、彼の鋭い視線から逃れることはできなかった。
「気に入ったかい?」
彼が近づいてくる。自信家のようだ。レンと違ってとても堂々としている。
ちょっとからかってやろうかな。そんな風に考えているとスバルに腕を
「お姉さま、行きますよ」
腕を引かれてバランスを崩す。……トトト、と崩れるように歩き出した。
猫耳カチューシャを手にした彼が、残念そうに世那を見ていた。
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