第14話

 シャワーを使った後に魔界のローブを身にまとう。スバルによれば、それによって体内の気の流れが整い、魔力が増すというのだけれど、世那に実感はなかった。とはいえ、スバルと気兼ねなく話せるようになり、様々な魔界の情報を聞いた。


 彼女によれば、魔界の淡いオレンジ色の空は夕焼けではなかった。浮いていたのも月ではなく、太陽だという。太陽は二つあって、だいたいどちらかが空にある。二つの太陽が沈んでいるのは1時間しかない。つまり、常に空はあの色で、夜はないに等しいということだった。魔界の人、つまり魔人は、たった1時間ほどの夜、それも暗くない夜を起点にして、働きたいときに働き、寝たいときに寝ているらしい。


「お父さまって、悪魔なの?」


 世那の中では〝魔王=悪魔〟なので訊いた。


 スバルは腹をよじって笑い、「パパは悪魔じゃないですよ」とはっきり答えた。魔界には88の国があり、父ジャックはその中のブライアン国の王ということだった。国々は魔界連合を作っていて国々の間には争いがない。魔法にはそれを生み出した聖霊によって水晶魔法、瑪瑙めのう魔法、翠玉すいぎょく魔法、紅玉こうぎょく魔法、蒼玉そうぎょく魔法、藍玉らんぎょく魔法といった種類があり、家系によって得意なものが異なる。ちなみにブライアンの家系は医療や癒しに力を発揮する水晶魔法を得意としているとのことだった。


「……△▽▲▼……」


 呪文を唱えると座った姿勢のまま身体が浮く。雲になったような気分。水晶宮での暮らしが楽しみになった。


「お姉さま、子供みたい」


 スバルがウフフと笑った。


 床上1メートルほどの高さを前後左右へふわふわ浮いて遊ぶ。


「……魔界では、私は生まれたての子供と同じなのよ」


 ――君はだれ?――


 突然、病室でのレンの声が脳裏を過り、世那はドスンと床に落ちた。


「あらら……」


 スバルが笑った。


「イテテ……」


 白水晶の精に命じる。腰を治して。……胸中告げて、打った腰をなでると痛みはすぐに消えた。治癒魔法は身についたようだ。


「お姉さま、カーズさまとは、いつ結婚するの?」


 突然、スバルに訊かれた。


「カーズさんはちょっと……」


 声が濁った。


「あら、どうして? フィアンセなのに」


「年齢が、……中年じゃない」


「あら、聞いてないの? カーズさん、まだ34歳よ」


「え、だって……」あの顔の深いシワ、少し薄くなった髪、どう見ても中年だけど?


「お姉さまを捜していたから、あんなふうになったのよ」


「どういうこと?」


「カーズさんは時空移動魔法が得意なの。それを使ってお姉さまを捜しまわっていたのよ」


「私を捜していたのは聞いたけど……」


「時空魔法で移動するだけなら本人の時間に影響はないの。移動先で1時間過ごせば、戻って来た時も1時間過ぎている。……でも彼は時間も越えることができるのよ。移動先で数カ月もお姉さまを捜して、ここを出て行った時刻に戻って来る。そうしてまた捜しに行く。少しでも早くお姉さまを見つけるために、何度もあちらこちらを捜していたのよ。私も、お父さまに報告するのを聞いていたからよく知っているわ。……彼は、移動先で過ごした時間の分だけ、肉体が老化しているのよ」


「……私を捜すために……」


 34歳の彼が45歳にも見えるのは、その分だけ彼が捜索に時間を使ったのだ。その自己犠牲に、世那は感動した。胸が熱くなって瞳が潤んだ。


 謝らなくちゃ。……世那の中で、カーズはただの嫌な男性ではなくなっていた。


「良い人でしょ。だから私も好きなの。アリスお姉さまなんて……」


 彼女が口ごもる。


 アリスは〝好き〟以上の感受を持っているのかもしれない。……世那は想像した。そして重苦しいものを覚えた。結婚したら、彼女の強い嫉妬にさらされることになる。

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