憎悪の理由

三鹿ショート

憎悪の理由

 昔から、同じような夢を見ていた。

 とある男女が、口汚く罵り合っている。

 やがて女性は刃物を取り出すと、眼前の男性の腹部に突き刺した。

 男性が倒れると、女性は馬乗りになり、何度も刃物を突き刺し続ける。

 男性の体内から臓物を取り出すと、それらを丁寧に一つずつ踏み潰していく。

 それでも満足することができないのか、男性の眼窩に指を何度も突き刺し、取り出した眼球を噛み潰し、頭の中に手を突き込むと、脳を掻き混ぜていった。

 荒い呼吸を繰り返しながら、女性は男性から離れていく。

 其処で、二人の肉体に変化が起きる。

 二人の肉体は液状と化し、地面に広がっていったかと思えば、再び人間の形を作っていく。

 それが、私と彼女だった。

 夢であることは分かっているが、数え切れないほどに同じ夢を見ているうちに、段々と真実なのではないかと考え始めてしまった。

 だからこそ、殺められた私は、彼女を憎むようになった。


***


 現実の彼女は、他者と争うことがないような穏やかな人間だった。

 夢で見た前世の彼女とは正反対ともいえるほどだったが、現在の彼女に罪が無かったとしても、かつての彼女に罪があることには変わりない。

 ゆえに、彼女を傷つけることに対して抵抗感はあったが、過去の私と現在の私のためにも、彼女を傷つけることは仕方のないことなのである。

 当然ながら、肉体を傷つけられている間、彼女は何度も疑問を発していた。

 私は丁寧に夢の話をしていったが、

「夢は夢でしょう。私が罪を犯したというわけではありません」

 確かに、その通りである。

 実際に起きたのかどうかも分からない出来事であるうえに、私が過去の自分のために報復をする必要は無いのだろうが、そうしなければ私はあの夢から解放されることはないことを思えば、安眠のためにも実行しなければならない。

 見逃してくれれば自身の肉体を好きなように扱ったとしても構わないと彼女は告げてきたが、そのような誘惑に敗北するわけにはいかない。

 二度と蘇ることがないようにするために、私は彼女の肉体を切り刻み、塵も残ることがないように処理をしていった。

 彼女を処理した日、私は常とは異なる夢を見た。

 過去の彼女に殺められていた私が、笑みを浮かべながら私に感謝の言葉を吐いてきたのである。

 それ以来、くだんの夢を見ることはなくなった。

 ようやく解放されたのだと思っていたところで、私は新たな夢を見るようになってしまった。

 今度は、別の女性に殺められるようになったのである。

 何かの間違いではないかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

 よく見れば、殺められている男性は、以前の男性とは別人だった。

 その男性を殺めた女性が液状と化し、人間として蘇った姿が別人と化していることを考えると、前世よりもさらに以前のことなのではないだろうか。

 仕方が無いために、私はその女性を探すことにした。

 もしかすると、私の夢に終わりはないのではないかと考えたが、そのように考えたところで気が滅入るだけである。

 頭を振り、陰鬱とした思考を吹き飛ばすと、私は次なる女性を探しに出掛けた。


***


「そのような理由で、私は同じようなことを繰り返していたのです」

 私の話を聞くと、対面の男性は眉間に皺を寄せたまま、大きく息を吐いた。

 男性は人差し指の爪先で頬を掻きながら、

「では、悪いのは過去のあなたを殺めた人々だということですか」

「それはそうですが、私は自身の行為が然るべき罰を受けるものだということも理解しています。私は犯行の理由を述べただけであり、言い訳をするつもりは毛頭ありません」

 私の言葉に、男性は再び息を吐いた。

 そのような態度を見せる男性に向かって、私は口を開いた。

「そういえば、あと一つ、言っていなかったことがあるのですが」

「何でしょうか」

 私は口を動かしたが、男性は聞き取ることができなかったのか、顔を近づけてくる。

 その瞬間、私は男性の鼻に噛みちぎった。

 男性が声をあげると同時に、数人の男性たちが室内へと入ってくると、私のことを抑えつけた。

 夥しい出血を見せている男性に向かって、私は告げた。

「これからは、用心するべきです。現在私が見ている夢には、あなたの姿が存在しているのですから」


***


「また一人、怪我人が出てしまったらしい。あれほど気を付けるべきだと話しておいたにも関わらず、このような結果を迎えるとは」

「我々の話を理解していなかったのでしょう。彼の夢に出てくる人間は、彼が嫌悪している人間ばかりだったのです。これまではその相手を殺めることで入れ替わっていたようですが、その時々に最も嫌悪している人間は、彼だけではなく、我々でも変化するものです。捕まったときに相手を殺めることができていなかったために、その相手を夢に見続けるというわけではないのです。つまり、誰であろうとも、彼と顔を合わせる際は気を付けなければならないというわけなのです」

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憎悪の理由 三鹿ショート @mijikashort

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