page19 : 個性から成長へ
スペリディア魔法学園の授業には、大きくわけて2種類ある。
1つは学生に不人気の座学。
想像通り、教師の授業を聞き、文字や図形を介して学ぶ時間。担当の教師によっては、大睡眠学習になること間違いなし。自習の時間もここに含まれる。
もう1つは――実技。
前者とは打って変わって学生に大人気。
学園にいくつかある訓練場や実験室を使い、実際に魔法を使用した授業。中には模擬戦や大規模魔法の試用など、体を動かしたくて堪らない学生にとっては至高の時間である。
「今日は実技だが、……皆やる気充分の様だな」
本日、グレイが担当する特別教室――通称
西
壁面には観客席用の座席列があり、訓練を一望できる。
建物の高さは学部棟とさして変わらないものの、中央の凹みから分かるように建端は地下二階分をプラスする。
その広い空間を、Zクラスが貸し切っている。
有り余るその空間には、底知れない不安感が漂う。無論、生徒たちは些細な不安よりも楽しみな雰囲気が圧倒的に強い。
「先生、今日は何をするんですか」
「見ての通り実技だが……、今日は実技最初の授業だ。初めは全員の現在の実力を知るために、実践形式で魔法を使ってもらう」
「じ、実践?!だ、大丈夫……でしょうか」
「よっしゃ!!」
少し不安そうなレティに、ガッツポーズをするニコラ。
皆それぞれ違った反応を見せる。
「だがまぁ、いきなり子ども同士で打ち合えってのは危険すぎる。今日の相手は……そうだな。――私が引き受けよう」
「「えぇっ?!」」
初めての実践相手がグレイ先生。
生徒たちからすれば、最初からクライマックスである。喜んでいたニコラも、若干視線が泳ぐ。
「はははっ、さすがに私から本気で攻撃はしないさ。相手にすると言っても、君らの実力を測るための授業だ。力を見せつけるための時間じゃない」
グレイは持ってきた名簿や資料を待機用の長椅子に置き、ニヤリと笑う。
「だからと言って、君らは手加減するなよ?それでは授業にならないからな」
教師よりも大きな、圧倒的強者の笑みがそこにはあった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「さて、いつでも始めていいぞ」
「は、はい!よろしくお願いします!」
記念すべき初戦は精霊使いジェイル。
なんてことは無い、ただ1番前に整列していただけの事。
上着を1枚脱いで、腕をまくり、頬を叩いて意識を切りかえる。スカラーも契約者のやる気を感じとったのか、随分と活発である。
他の生徒は待機用の椅子で観戦。
単純に戦いを見守る者もいれば、グレイに少しでも勝ち筋を見出さんと彼らの動きに凝視する者もいた。
「行きます!!|――
初っ端から、かなり高威力の土魔法。
無重力に近い様相で大地が宙を舞う。
押し上げられた大地が軌道を変え、様々な形の岩がグレイ目掛けて放たれる。彼女の足元の地面も影響範囲内。少し避けようと体を動かすも、足先が地面にめり込み、動けないことに気がつく。
訓練場内とはいえ2人の距離は数十メートル離れている。この距離から足元の土だけを狙って動かす魔力操作は宮廷の上位魔法士でもなかなか難しい。
(ジェイルは魔法操作技術が優れている。……だが)
「惜しいな――
同じ魔法、同系統の魔力がジェイルの魔法を上書きしていく。今まで制御していた大地が、たった一瞬で彼に牙を剥く。
ただの、単純な魔力の物量に押し切られた。
制御権を奪われるというのは、そう言う事だ。
「くっ、――
グレイに魔力量で勝てないと悟ったジェイルは、地面に手を付き、眼前に石壁を生成した。丈夫で分厚い壁が、グレイからの攻撃を防ぐ。
さらに……
「――
加えて壁に魔力を流し込む。
巨大な壁面から岩粒が小さく分離し、鋭く回転した岩のトゲが速射される。壁の生成から攻撃に転じるまでの判断が早い。
「スカラー、まだ大丈夫?」
「!!」
言葉は無い。
しかし、そこに繋がる確かな信頼。
魔力の調整が格段に上手くなっている。
「…………」
土魔法による砲撃音が止み、グレイからの反撃の音も聞こえない。ゆっくりと立ち上がり、様子を確認するため岩壁を解除する。
「…………いない?」
「高い判断力は素晴らしい。魔力制御もなかなかのモノだ」
「――っ、ま、負けました……」
グレイの指先が後頭部に触れるのを感じ、ジェイルは目を閉じて降参を示した。
振り向くと、柔らかな笑みのグレイが相変わらずポケットに手を入れて立っていた。
「えっと、ありがとうございました」
丁寧にお辞儀までして、それからグレイのアドバイスに耳を傾ける。
「高い魔力制御能力を持ちながら、何故私に上回られたと思う?」
「僕に、魔力量が足りないから……でしょうか」
「単純な魔力ならば、精霊を介した君にも充分に分がある」
スカラーが疲労したようにジェイルの頭に乗っている。
「魔力暴走を恐れて魔力をかなり制限していたな」
「あ、――そう、ですね」
「確かに、大量の魔力で魔法を暴走させては強力な魔法の意味が無い。だが、そうも押さえ込んでは、本来の威力の半分も引き出せていない。同量の魔力量で上回られては、せっかくの精霊契約が無駄になってしまう」
精霊との契約によるメリットは、より少ない魔力量で上位の魔法を使うことが出来る点。扱う魔力が少なくなれば、その分魔力制御も精密に行える。
「まずは、得意魔法と契約精霊の魔力許容範囲を把握することが課題だな」
「はい!」
精霊契約者であるという強み。
高い魔力制御技術。
弱点を補うか、強みを伸ばすかは人それぞれ。相手にあった正しい課題を与えるのも、教師の務めである。
「次は私たちの番だ。行こう」
「頑張ろうねお姉ちゃん!」
ジェイルと入れ替わるように、ハウネス姉妹がグレイの前に移動する。
「1人ずつ……とは言ってなかったな。2人共、準備はいいか?」
「はい。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします!!」
精霊(隠している)の姉妹は、他の生徒には無い膨大な魔力量がある。それも、媒介などを気にせず、常に最大出力を出せる強み。
そして、グレイを驚かせるほど柔軟な知識の応用。
魔法に対する理解は、あの天才的なエリスをも上回るだろう。
「お姉ちゃん!」
「はい。行きます!」
「「――
彼女達の個性。
それは、
「私が動きを抑えるね。――
「分かった!――
鋭い棘が生えた茨のツル。グレイを取り囲むように空中へ伸び、先端が紅く咲き誇る。触れれば傷を負うだけでなく、魔力を奪われる効果付き。
身動きを封じる妨害に合わせて、フーロが召喚した水色の騎士がグレイに向かって走り出した。
しかし、グレイの周りには薔薇の籠。
せっかくの妨害も、結局近づけられなければ――
「へぇ、面白い」
水の騎士は、棘をすり抜けて簡単に通り抜けた。体を創る水の圧縮率を変化させれば、物理的な攻撃を無効化できるらしい。
しかしだとすれば手に形作られた剣や槍は、一見すると攻撃力は無いように思える。
「――
鉄壁の盾で正面から受けてみると、
――ガキンっ
まるで鉄と鉄がぶつかり合うような、冷たく硬い音が響いた。
「ふふん、これが私の騎士の力だよ!」
「フーロ、まだ気を緩めないで」
「はーい!」
お互いの弱点を補い合い、強みを最大限活かすこの連携力。結界を維持しながら、それぞれの最大出力を保つ技量。
二人揃えば、少しの隙もない――ように見える。
破壊の難しい檻。
触れれば魔力を吸われ、じっとしていても外側からやってくるたくさんの騎士の猛攻を耐え続けなければならない。
全体を見渡す限り、相当な数の水騎士を召喚している。
その中でも、一際大きな盾と立派な剣を携えた甲冑姿の大型騎士が、フーロとレティを護るように立ちはだかる。
檻を突破できたとしても、レティの妨害を受けながら相手にするのは厳しい。
隙はなく、完璧に見える作戦。
だが、グレイのたった一言によって、その完璧は崩されることになる。
「――
「――っ!」
「お姉ちゃんっ!!」
突然起きた目の前の
咄嗟に動いたのは姉のレティ。
慌てて手を伸ばす妹の手を引き、グレイ目掛けて最大火力を叩き込む。
「――
花の香り、鳥の鳴き声、爽やかな風、淡い月の光。
心地良さを感じるそれらが、
精神的快楽で動きを止めた相手に、物理的真実を叩き込む大魔法。――花鳥風月。
しかし、それより早く、グレイの
「――
そう声がして、レティは己の負けを悟る。
「……ま、負けました」
「え?え?えぇっ?!」
その発言に戸惑うフーロは、姉の背後から現れたグレイの姿に、三度驚いた。
「いつの間にっ?!」
グレイは小さく笑みを作り、レティの背中に当てていた手を降ろす。
「君ら姉妹の連携力は素晴らしい。だが、お互いを頼りすぎだ。高い連携力は、時に弱点となりうる」
その指摘は彼女たちに突き刺さる。
まさに今の試合が、その事実を裏付けていた。
「どこを補い、どこを魅せるか。それが今後の課題かな」
「はい。ありがとうございました」
「うぅ……、負けちゃった!ありがとうございました!」
悔しい気持ちはあれど、大きな課題点が見つかったのは喜ばしいことである。まだまだ強くなれる証拠なのだから。
「初めの連携については文句がない。それぞれの技術力を高めるのが課題だが、その連携力には自信を持っていい」
「はい!」「あ、ありがとうございます」
こうして三人の模擬試合が終了した。
残りは半分。
エリスはまだ動かない。グレイの情報を得られるだけ全て見てから臨む気のようだ。
ラクエスは不安そうに座り込んだまま。
「…………よしっ」
やる気満々のニコラが颯爽と立ち上がる。
「んじゃまあ、俺から……といいたいとこだが」
そして、隣に座るラクエスに視線を向けた。
「俺は殴るしか脳がない。けど、見てた限りじゃ俺一人では相手にすらならないだろうよ。ラクエス、一緒に行こうじゃんか」
「……え?わ、わたし……ですか」
「なんだ?俺じゃ不安か」
「い、いえっ!行きます!お願いします!!」
ニコラの提案に慌てて追いかけるラクエス。
二人のやり取りを眺めていたグレイは、どこか嬉しそうな表情である。
「あの姉妹が二人で相手したんだから、俺達も二人だって構わないよな?」
「あぁ、問題ない。だが、優しさを見せたところで、楽に勝たせてはやらんぞ」
「当たり前だ。手加減されて喜ぶヤツなんざこのクラスには居ない……だろ?」
「は、はい!」
ラクエスはまだぎこちない。
だが、ニコラの気持ち良い真っ直ぐな性格に、彼女も拳を握る。
「え、えと……作戦……とかって」
「ん?あぁ、そういうの、俺はあんま得意じゃないんだ。俺が前衛、ラクエスは後衛。それ以外はまぁ……任せるぜ」
「えぇっ?!」
「行くぞ!!」
あまりに適当なニコラ。
戸惑うラクエス。
だが、引き止めるより早くニコラはグレイに突撃していた。
「――
飛び出したニコラの身体に紅い揺らぎが発生する。
瞬間、爆発的な加速力で身体機能が向上する。
「……出力を抑えたビーストモードか。案外、勉強しているではないか」
「そりゃどうもっ!!」
地面を滑るようにしてグレイに迫った彼は、その加速を拳に乗せて、正面に拳を振るった。
当然、見え見えの攻撃を受けてやる理由はなく、グレイは軽く体を逸らして拳を流す。
「はあぁっ!!」
体の移動先を予期していたニコラは、拳の勢いを利用して左足後方を回し、グレイの腹目掛けて蹴り上げる。
「良い動きだ。しかし真っ直ぐすぎる」
迫り来る踵に左手を合わせ、
「――
合わせた左手の先から、極わずかな領域を対象とした
ニコラの蹴り足がグレイの目前で動きを止める。
彼にとっては重力の壁に当たったような手応えを感じているだろう。
「――
早くもニコラが戦闘不能……になるより前に、空中を舞い踊る幾本もの枯れ枝がグレイ目掛けて突撃する。
乾き尖った枝は、風で押されるように空気を分けて進む。
実に軽い。故に素早い動きを可能とする。
「悪くない」
グレイは押さえ込んでいた重力をより強く押し出し、ニコラごと後方に飛ばす。
「うおわっ!!」
「――
迫る枯れ枝に向けて、グレイは
魔力で操っていても所詮は枯れ枝に過ぎない。
たった二つの炎で簡単に燃え尽きる。
「まだまだっ!!」
「あ、合わせます。――
ニコラの動きに合わせ、ラクエスは的確な魔法選びを行う。
形無き魂たちが様々な武器を携えてグレイに襲いかかる。一体一体の魂は大した威力ではなく、おそらくはフーロの水騎士と同程度かそれ以下。
しかし、各個体が明確な役割を持って動く水騎士と違い、彼らは乱雑で不統率な動きをする。
だと言うのに、一貫してニコラのサポートとなるような動きを行う。
「オラぁッ!!」
ニコラの拳を受け流していれば、背後から複数の武器が振り下ろされ――
「――
それら武器を吹き飛ばすと、意識の隙をついてニコラが死角から重たい一撃を放つ。
派手さは無い。
単調であまりに分かりやすい動き。
だが、二人の相性が良い。
(……単純だが自由、臨機応変な動きを取るニコラ。その動き合わせ、しかし予測不能な動きの魂。一見すれば噛み合わない近距離戦だが、……これは)
再び駆け出したニコラだが、今度は少し離れた位置を周回し始める。
その間も絶え間なく振り下ろされる武器。
(囲まれたか)
いつの間にか、グレイは魂の兵士たちが漂う円の中心にいた。
膨大な魔力による魔法ならば殲滅も可能だろうが、
……僅か1秒足らずの隙。
それが
「借りるぜ!」
「――なるほど」
打って変わって一定距離を走っていたニコラは、宙に浮いた武器を受け取ると自慢の身体能力を活かして武器を投げた。
まさに全力投擲。
鉄の武器とは思えない速度で空気を割く。
(時折混ざる
単純であるが故に厄介。
飛んできた剣を重力で弾き、背後からの追撃に対処する。目を離した隙にニコラが懐に入り、先程弾いた剣を持った魂が頭上から振り下ろす。
前方からの拳と、頭上からの剣擊。
(ハウネス姉妹と比べて、
「
――
――
短い詠唱。
そこに詰め込まれた、
頭の中で乱反射するような、気持ちの悪い空気の振動がその事象を生み出す。
"
文字通り、本来は一度に一つの魔法詠唱を強引に複数へとまとめあげ、その
前方の拳を防御し――
周囲を囲む武器を一掃する――
どちらか一方を諦めれば確実に負けていた、そんな状況で。唯一の
「ニコラさんっ!!」
せり上がった地面に、グレイに接近していたニコラは巻き込まれる形となった。
魔法が解除され、土煙が散漫する。
「……反則だぜ、それは」
「だからギリギリまで使わなかったんだ」
二人の姿が視認できる。
そこには、尻もちを着いたニコラとニヤリと笑うグレイの姿があった。
「……負け、ました」
彼らの戦いにミスはほとんどなかった。
唯一ミスと呼べるのは、全容の分からない敵に対して突っ込みすぎたこと。要は
「ったく、どんだけ強いんだよ先生」
「私は教師だからな。専門分野で負けるつもりは無い」
「なんだよ専門分野って。戦うことか?」
地べたに寝転ぶニコラに手を差し伸べ、少年は呆れた口調でその手を掴む。と同時に、目の前の最強が口にする専門分野に興味を示した。
「私の専門分野は――
今度は見間違いようのない、確かな笑顔でそう告げた。
「お疲れ様です。二人とも、凄かったです!」
「負けたけどな。それに、俺よりラクエスの方が数倍凄い」
グレイからのアドバイスを聞き、観客席へ戻ってきたラクエスとニコラ。ジェイルからの賞賛の言葉に、ニコラは肩を竦めた後、背後のラクエスに向けてそう言った。
「わ、私ですか?!……そ、その、私なんか……全然」
褒められ慣れていない、どこか後ろ向きなラクエス。
俯く視線は、ただ恥ずかしいだけでは無い。
「謙遜はやめなさい。あなたは強いわ、ニコラの言う通りね」
そんな彼女へ、最も早く訂正の言葉を投げかけたのは、今まで戦闘を眺めていただけのエリスであった。
「さっきの魂の配置。彼が動きやすいように徹底されていた。さらに、彼が時折見せる確かな隙を、的確に補っていた。どちらも相当な技術と集中力が必要よ」
赤髪が大きく揺れる。
柔らかな表情で、エリスはラクエスの傍に近づいた。
「遠慮と謙遜は自己肯定感を下げるの。もう少し自信を持つのが課題ね」
「……あの、えっと」
エリスの手がラクエスの頭に触れる。
1度顔を上げた彼女は、エリスと視線を合わせ再び下を向く。若干赤く染まった頬。今度はただ恥ずかしいだけ。
「それじゃ、
「?お前で最後だろ」
ニコラの素直な反応に手を振り、答えを出さぬまま彼女はグレイの元へ歩いていった。
エリスはこの試合が始まるまで、とあることを考えていた。もちろん、グレイに勝ちたい。天才だと呼ばれるエリスにも、人並みな悔しさと憧れがある。
しかし、この試合でエリスは、グレイに
(あわよくば……いえ、できれば、…………結構……、すごく勝ちたいわね)
まぁ、実は闘争心の強い彼女に、負けるつもりは微塵もないのだが。
「さて、一応、この時間では最後の試合か」
「あれだけ体を動かして疲れている様子がないのは不思議だけれど……、まぁ、疲れていても手加減はしないわ」
「当然だ。いつでもいいぞ」
グレイと相対したエリスは、丁寧なお辞儀をして一言。
「お相手よろしくお願いします」
実に令嬢らしい、気品に溢れた挨拶と。
「行くわ!!」
やる気に満ち溢れた瞳で、先制したのはエリスだ。
「
――炎双龍
――
「なっ、エリスも使えたのですか?!」
先程見せたグレイの高度魔法技術を、なんと初っ端から豪快に行使する。
それも、特定の魔法を組み合わせた特殊な二重詠唱。
「詠唱複合――
炎と氷。本来交わるはずのない対称的な現象。
それらが互いに手を取って踊り舞う。
そこに生まれた温度差で強い風がグレイの肌を撫でる。
「初めから全力か。蛇の尾にならないことを願おう」
目の前で立ち昇る紅と水の壁に、そうぽつりと呟き右手を前方に掲げた。上空に向けた手の平には淡い一粒の水滴が浮かんでいる。
「――
そう唱えると、グレイの手の上で輝いていた一粒が上空へと放たれた。魔法で守られた水は蒸発することも凍ることもなく
「膨張」
エリスの魔法の影響を受けない高さまで昇った一粒は、上昇を止めると同時に小さく弾け――瞬きよりも早い一瞬のうちに、エリスとグレイの間を埋め尽くす水球へと膨張した。
圧倒的質量の影が2人を分かつ。
「なっ、なに……、この大きさ」
「攻撃する訳では無いが、防御することをおすすめする」
言った直後、その質量を以て水球を
接触と同時、水球の下部から凍る。
次には炎で溶かされる。
だが、凍る速度が上回り炎はその物量にかき消される。エリスの魔法を飲み込みながらもその落下は止まらない。
やがて炎は完全に敗北し、氷は水を凍らせることでその出力が沈んでいった。
地面にぶつかる頃にはエリスの魔法は消え、水球は隕石のごとく重々しい音と土煙を巻き上げた。
「なら……これはどう?」
魔力や才能だけでは計り知れない、圧倒的経験量からなる知識との融合。その高すぎる壁を前にして、エリスは諦めることをしない。
視界の確保より早く、土煙目掛けた次なる乱撃。
「――
とある英雄曰く、
つまり、引き起こす現象によっては、何も単一属性だけ操れば良いものでもない。例えば、嵐を呼び起こす魔法は、風や自然、雷、水など、操る属性が多い。
であれば、それは二重詠唱とどう違うのか。簡単だ。
――魔法発動に介する術式・魔法陣が
そもそも、複数の属性を操るのはそう難しくない。
何せ、適正の高い属性であれば、魔力を通すだけで自動的に各属性に変換されるのだから。
「……とはいえ、それはあくまで使用者側の話」
複数属性の魔法の厄介さは、使用側よりも受ける側、つまり現在のグレイ側により顕著に現れる。
(ふふ、これは先程のように簡単にはいかないわ)
先程、グレイがエリスの魔法を打ち消した方法を思い返してみる。
氷と炎、二属性の魔法だっため、水属性の一撃で事足りた。だが、
「土煙で視界の悪いところからの複属性攻撃よ!!これなら――」
「その先に私はいないぞ」
声が聞こえた。
エリスのすぐ後ろから。
「……えっ?!」
既にグレイの指先には魔法発動の予兆があり。
今から防御しても避けられる距離では無い。
(魔法は高度でド派手だが……随分あっさり)
無論、すんでのところで止める準備もできている。エリスからの終了の言葉を待つだけ――のはずが。
……しかし
「かかったわね!!――
その瞬間、エリスを中心とする半径数メートルの領域の
効果はたったの三秒。
だが、彼女にとっては――されど三秒である。
「その先に――」
グレイは変わらずエリスの背後を取っている。
だが、その攻撃は
「そこよね!!――
このままいけば、グレイより一歩早くエリスの魔法が発動する。
「この感覚――
一瞬にして何かを掴んだグレイは、魔法発動をやめて
軌道を逸らされたエリスの魔法は、グレイを捉えることなく空を焼いた。
「やるじゃないか。蘇生とは程遠いが……
空に消えた炎を見上げ、グレイは少し驚いた様にそう呟いた。
「私は天才……なのよ。とう、ぜん……で、しょ…………」
「だが、三秒程度で
「あはは、全部、おみとおし……なのね」
火球を放ったエリスは、そのままグレイの身体に倒れ込んだ。
「身体の魔力を使いすぎだ。まったく……ただの授業でずいぶんと無茶をする」
「先生……に、見てもらいたくて」
「しっかりと視えていた。よく頑張ったな」
グレイにもたれ掛かり、表情を隠して本音を答える。
一時は驚いたものの、グレイは彼女の頑張りと成長を嬉しく思う。
「エリスさん!!大丈夫ですか?!」
「無茶しすぎだろ。ただまぁ、惜しかったな」
エリスが倒れたことに慌てた仲間たちも、観客席から飛び降りんとばかりに駆け寄ってくる。
「凄かったです!最後の方は……その、早すぎて追いつけなかったですけど」
「ピュンっ、シュンっ!って感じだったよね」
エリスはそんな彼らの反応につい自然に顔が綻ぶ。そして、口元を軽く押えいつも通りの表情に切り替えると、軽く押すようにしてグレイの腕を振りほどいた。
「もう大丈夫よ。私もまだまだね。魔力が尽きてしまうなんて」
「初めから飛ばしすぎなんだよ」
「けど、綺麗……でした」
あくまで、まだ
踏み出された歩幅は違えど、目指すべき道が違えど、同じ教室で時間を共にする仲間がいる。
その儚くも美しい道のりを、グレイはただ横から見守るばかりだ。
「……っと、盛り上がっているところ悪いが、授業はまだ始まったばかりだぞ」
――『見守るだけじゃ成長出来ないのですよ』
そう笑顔で告げる優しい教えが、遥か遠くから聞こえた気がした。
魔法学園の特別教室〜その教師、元世界最強賢者により〜 深夜翔 @SinyaSho
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