中間試験編

page18 : それぞれの意思

――キーンコーンカーンコーン


「今日の授業はここまでだ」


 鳴り響くチャイムの音。先生の授業終了の声が彼らの表情を和らげる。

 目前の問題に集中していた生徒たちは、勉学から解放された喜びときちんと集中していた反動による疲労を一息で吐き出す。


「自習の割に、よく集中しているじゃないか」


 その様子を自身の研究を行いながら眺めていた担任――イルミス・グレイが、笑いながら呟く。


 確かに、自習と言われれば、少なからず眠ったりふざけたりする生徒が数人は出てくる。それも一方では子どもらしい振る舞いと言えるが、この教室には現実から目を背けるは欠片も見当たらない。


「あれだけの資料を事前に準備されてしまっては、向き合わないのは愚かと言えるわね」

「そうですね。たった数時間でしたが、とても充実した学びになったと思います」


 教室の1番前の席に座る二人の生徒――精霊と契約を交わす少年、ロザーク・ジェイル。

 学園長の孫娘であり、美しい赤髪が特徴のティース・スペリディア・エリス。


 特に席順を指定されず、早く来た順に前から座る教室で常に先頭に座っている姿からも、彼らがいかに真面目であるかが伺える。


「とは言ってもよ……、自由に自習してくれって言われると、逆に何していいか分かんねーよ」


 そんな彼らのすぐ後ろでは、大量の書物を読み漁った形跡があるもののイマイチ納得いかない表情で机に肘をつく獣耳の少年――ニコラ・クラークが文句を吐き出す。


「それを見つけ出し、自ら進んで学ぶ事を含めて自習だ。ま、君は頭を動かすより実際に体を動かす方が向いている。であれば、自分に合ったを見つけると言うのもありだがな」

「……それ、もっと早く教えてくれよなぁ」

「初めから答えを提示しては、学びにならないだろう。勉学とは、結果だけでなく過程も大事だ」


 それは常日頃から、グレイが研究を繰り返す理由。

 新たなオリジナル魔法を作り出す、大きくたたえられることのない偉業を成し遂げられた他でもないグレイの継続力強み


 時間の中を過ごす彼女にとって、その過程こそが己の足跡である。


「けど、グレイ先生は、私から聞くと直ぐに答えてくれるよね」

「……質問は、その人の過程?」


 人数の少ないZゼータクラス。長机1つを悠々に使える環境で、しかし揃って同じ机の隣同士に座る髪色以外そっくりの姉妹――ハウネス・フーロ、ハウネス・レティ。


 自分で考えろと教えておいて、質問にはすぐに答えるグレイの行動に疑問を感じ、使った資料をまとめながらその会話に入り込む。


 姉のレティは、その真意を理解しているようだ。


「レティの言った通り。質問とは君らが結果を導くために選んだ手段であり、要は過程そのものだ。そも、誰かに聞くには、己が"どこが分からないのか"を明確に理解し、質問という"言葉"に変換する作業を必要とする。この時点で、過程の中にある学びを充分に果たしている。後は……そうだな。その疑問はいずれ


 研究資料と教材をまとめ、抱える程の書類を軽々と持ち上げたグレイが彼女たちの疑問に答えた。


「無論、自力で解決することも素晴らしいことだがな」


 そう付け加える辺り、この会話に結論がないことを表す。


「私というがいる意味も、考えてみるといい」


 簡単な話、やり方は――自分で考えろ、と。


 そのための協力は惜しまない。


 グレイのそんな対応に、しかし反論を持つ者は誰1人いない。反論が無いことが、この授業会話の終端を示す。


「んじゃ、気をつけて帰れよ」


 そう言い残して、グレイは荷物を抱えて教室を後にした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「グレイ先生、お疲れ様です」

「ティア先生も、その様子だと大変そうだな」


 授業時間が終わると、学園の教師たちは職員室に集まる。教材を机に並べ、本日行った授業の反省や次回の授業内容の確認、生徒たちの学習状況など、教師はむしろ、授業時間外の方が忙しい。


「グレイ先生の生徒さんたちはみんな元気ですか?」

「そうだな。皆優秀で、教えることも少ない。少々真面目すぎる気もするが、私が楽できる」

「ふふ、そう言えるのはグレイ先生の努力のおかげですよ」


 グレイの淡然たんぜんたる態度に、小さく笑ったティアは、彼女の始業までの頑張りを思い浮かべた。


 たった一人の生徒のために学園内外を走り回るグレイを見て、自分も生徒のために頑張ろうと思えたのだ。


 それを、さも当然のように話すグレイが、ティアには大きく立派に感じる。


――相変わらず、しっぽと耳は元気である。


「それで……ですね。えっと、もしよろしければ、私の授業の――」


 ティアは、グレイをよく尊敬している。だが、学園の関係者が皆そのように感じている訳でも無い。


「グレイ先生!!先日ゴミの受付はしていないと言いましたよね?いつまであそこに放置しておくつもりですか」

「……また、ですか」


 背後から突如放たれる怒声。

 あの温厚なティアが鋭い視線を向けるほどに、その訴えは理不尽なものである。


「先日も言ったが、あれはそちらの不手際が招いた結果だろう?その結果を生徒たちに押し付けておきながら、後始末を行わないのは教師以前に大人としてどうなんだ」

「それを屁理屈だと言っているのです。あなたの教室から出たゴミの山なんです。それをわざわざ職員室前に放置するなんて、何を考えているのですか!」


 学園内では、ティアのようなグレイに肯定的な教師は少ない。むしろ、敵対的、反対的な意見を持つ者の割合が圧倒的に多い。


 今、こうしてグレイの行いに噛み付いている女性も、グレイのやり方を気に入らない一派の一人であった。


「だいたい、グレイ先生はいつもそうですよ。仕事は雑、見本となるべき教師であるにも関わらず寝坊などの怠惰な行いが目立つ、会議には参加しない――」


 1度口から出た文句は、もはや留まるところを知らない。日頃溜めた苛立ちを、一瞬の隙を付いては吐き出す。


 いつもの事だと、グレイは気にせず左から右に流していたが……


誘って、生徒に厳しくするのも教師の――」

「いい加減にしてください!!」


 優しい隣人には、がどうしても許せなかった。


「グレイ先生はいつも頑張っています!!生徒さん達から信頼されているのも、その努力あっての結果なはずです!どうして、その努力を見ずに、悪い方ばかり指摘するのですか」


 生徒たちがグレイを信じている理由を、ティアは間近で見た。子どもたちの嬉しそうな反応を、その目で見てきた。


 だからこそ、などと、努力を否定するような発言を聞かなかったことにはできない。


「ティア先生……、いいですか。彼女に同情するのは構いませんが、本質を見落とさないでください。なぜ指摘するのか、――悪い方だからです」


 しかし、否定する側にも言い分がある。

 そしてその言い分は至極正しい。


「我々は教師です。生徒の見本となるべき正しい行いを求められています。その正しい見本に、悪い行いは不適切です」

「で、ですが……」

「ですがではありません。そもそも、今回の指示は副園長先生のご指示ですよ。それに歯向かうなど――」

「――こちらはだが」


 ティア先生一人では、口達者な反対派の猛攻は止められない。それどころか、このままではティア先生本人も悪く言われかねない。


 絶妙なタイミングで、最大火力の一言を放ったのは、他でもないグレイである。


「副だか上からの指示だか知らないが、私はに、『こちらの不手際だから処理は他の者に任せるように』と指示された。この学園トップの指示を反対するだけの理由があると?」

「――っ」


 援護射撃では無い。

 この勝負を決定づけるほど、的確な一手。


 先程まで優勢だったはずの女性は、一瞬にして言葉を失い口篭る。


「……まぁ、この時間は皆忙しい。突然予定外の仕事が出来ればやりたくない気持ちも理解出来る。偶然、私は既に仕事が終わっている。職員室前にゴミが放置されたままというのも、気持ちの良いものでは無い。ついでに処分しておくとしよう」


 静まり返った職員室の空気に、グレイの呆れた言葉だけが響く。


「ぐ、グレイ先生……」

「ティア先生はまだ仕事があるだろう?忙しい時間帯にわざわざ指摘してくれた先生のメンツもある。ごみ捨てくらい、受け入れるさ。――だが」


 最後に少し、声色の下がった一言を付け加える。


だ。同情などする時間もない」


 グレイは、どれだけ自分が馬鹿にされようと怒らない。だが、生徒たちの努力を貶すような言葉を、決して許しはしない。


 軽く手を振って職員室を出て行ったグレイ。

 そこには、しばらくの間冷たい空気が流れていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 廊下の片隅に積み上げられたごみの山。

 それを前にして、グレイは小さくため息をつく。


「あの学園長ジジイには後で文句を言うとして……一度では運べそうにないな」


 その中には、Z教室の掃除で出たゴミの物も混ざっている。


 問題をグレイに押し付け、自分たちのゴミも体良く押し付けようと考えていたのだろう。


 それを分かっていて、しかし他の教師と揉め事になるのはより面倒だと受け入れた。


 ゴミ捨て場はこの校舎の裏側。


 Z教室で出たボロボロの収納棚など、それなりに大きな物もある。1度に運ぶには、が足りない。


「細かいゴミ袋から順番か」


 ゴミの入った布袋をいくつか拾い上げ、その量に嫌気がさして魔法を使用する。


「――今から操り人形だマリオネット


 そう唱えた瞬間、床に無造作に投げ捨てられたゴミ袋達がいっせいに起き上がる。


 とは、そのまま言葉通り。意思のない袋がまるで意志を持ったように動き出す。


「"着いてこい"」


 グレイがそう命じれば、袋たちは綺麗に一列に整列し、彼女の後ろを着いて歩く。


 量が量だけに、1度に運べば確かに通行の邪魔になる。

 とはいえ、ゴミ袋が列を組んで移動する様は、どう見ても異質な光景。できるだけ生徒と遭遇しないルートを通り、裏のゴミ捨て場に急ぐ。


 放課後と言えば生徒は部活動か、趣味か、自習か。

 はたまた門限まで友達と談笑か。


 廊下の窓から外を見下ろせば、楽しそうに走り回る子どもたちの姿が見える。


 中には見知った顔の生徒もいた。

 当然だが、まさかグレイがゴミを引き連れて歩いていることなど気がつくはずもなく、……というか、見つかれば面倒なことになること間違いないので、最大限遭遇しない警戒を怠らない。


 カタカタと音を立てて移動すること5分弱。

 無事、ゴミ捨て場の前にやってきたグレイは再び指示を出す。


「"ここに並べ"」


 目の前にはゴミを集める大きな鉄の箱。

 巨大な蓋を持ち上げれば、ゴミ特有の異臭が漂う。


 反射的に顔を逸らしたグレイは、蓋を支えてその中を指さす。


 その指示に忠実に従うゴミ袋たちは、鉄の箱に近づき箱の中へジャンプ。端に寄って動きを止める。


 それを、着いてきたゴミ袋達が順番に同じ動きを取る。


「………………」


 全てが入るまで蓋を押えていなければならないグレイは、箱に自ら入る様子を退屈そうにただ眺めていた。


「……グレイ、先生?」


 すると、そのゴミ袋に誘われて、1人の少女が姿を現した。


「なんだラクエスか。こんな場所にどうした?」

「えと、廊下を歩いていたら……袋が勝手に動いてて……」


 ゴミ袋がぴょんぴょんとはねながら廊下を進む様子を見れば、そりゃあ気になるというもの。


 何もせず、ただ黙って着いてくる辺りがラクエスらしい。


「ここには職員室しか無いぞ。迷ったのか」

「……そ、その…………少し、1人に……なりたくて」


 何気ないその反応も、ラクエスの境遇を思えば仕方の無いことである。


「そうか」

「……はい」

「学園生活は楽しいか?」

「はい。皆さん、お優しい方ばかりです」

「授業はどうだ?着いてこられているか」

「難しい所もありますけど……大丈夫です。エリス……さんが、丁寧に教えてくれました」

「エリスは特に飛び抜けて天才だ。私よりよっぽど教師に向いている」


 淡々とした会話。

 しかし、ラクエスの反応はどこか楽しそうである。


「ぐ、グレイ先生の授業もっ、……勉強になります」


 慌てて付け加えた彼女は、グレイの意味ありげな表情に少しだけ俯いた。


「……その、わ、私……、ここにいて、いいのでしょうか」

「何故だ?」

「皆さん、とても優しいです。それに……、頭も良くて、私とは……大違いで」


 それが、彼女が理由であった。


 毎日楽しい。

 初めての仲間も出来た。


 虐げられてきた過去の自分とは大違いで。

 その恵まれた環境が、逆に不安を駆り立てるのだ。


「ラクエス。君は、


 俯く少女に、グレイはただ問う。


「前に言っていたことを覚えているか。皆を、そして君自身を、守りたいという君の意志を」


 それは、教室へ誘う際に、グレイが尋ねたラクエスの意思答え


「今の、過去とは違う現実からことで、その答えにたどり着くか?」

「…………」

「教室で話したが、学びとはあくまで過程だ。。その選択が答えに辿り着く道筋になる。だが、その道筋は一つじゃない」


 どこからか、魔法を撃つ音がする。

 綺麗な歌声も聴こえてくる。


「"逃げること"が答えまでの道筋選択ならば、私は君を止めはしない。だが、私は君に、を歩んで欲しいと願っている」


 彼女は顔を上げた。

 その表情には、何かを必死に掴もうともがく、確かな努力の形があった。


「……とまぁ、偉そうなことを言ったが、人付き合いってのは疲れるよな。一人でいたい時もある」


 視線が交差した二人。

 グレイはやれやれと笑う。


 大人ぶって見ても、その本質は同じ生物ということだ。


「沢山悩むといい。私はどんな道のりを歩んだとしても、君らの選択を否定はしない。……無論、正しい道ならばな」

「……はい!ありがとうございます」


 悩みが解決したとは言い難いが、少なくとも、彼女の中でこれからのヒントが得られたのだろう。その反応からはそう読み取れた。


 カタカタカタ……

 ガシャン……


「えっと……ところで、グレイ先生は何を……?」


 何やら良い感じの雰囲気の中、静かな物音が絶えないゴミ袋の音が邪魔をする。


「見ての通り、人付き合いの失敗から生まれた雑用だ」


 グレイは大仰にため息をついてみせる。


 大天才のグレイであっても、苦手な分野はあるのだ。


「お手伝いします!」

「……そうだな。お願いしよう」


 今度は、二人揃って笑いあった。

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