page04 : 小さき大地の予兆

「接触できたのは三人。そろそろ新入生も探さないと間に合わない。しかし明日は……明日は困る」


 静まり返った夜の研究室。グレイの自宅でもあるその部屋で、彼女――イルミス・グレイは名簿を睨みつけて唸る。


「――何が困るのですか?」

「明日は学園が取り仕切る健康診断がある」

「健康診断……、もうそんな時期なのですね!」

「あぁ。去年のような厄介事はもう御免だ」

「大変でしたよね、

「全くだ。特に今年は、が多い。――触らぬ神に祟りなし。今年は目立たずに……」


 ここは夜の研究室兼グレイの自宅。

 門限の厳しい学園寮から生徒が抜け出すはずがなく、部外者の立ち入りは禁止。また、そもそも学園の教師たちはこの研究室へ近寄らない。


 グレイはさも平然としながら、それがであるが故に、また一日の疲労を言い訳りゆうに疑問を抱くのが遅れた。


 彼女は会話を途中で途切らせ、会話のへ視線を向ける。


「……フラン、またのか」

「えー、だって――お姉ちゃん、全然呼び出してくれないではないですか!!フランは暇なのです!構ってください」

「今何時だと思っている。私はこれから寝るんだ」

「むー、だったら明日、私も外へ連れて行ってください!それで手を打ちます」

「フラン、私は基本的に使んだ。持っていたら面倒な奴らに絡まれるだろう」


 グレイの言う面倒な奴らとは――学園の生徒のこと。質問攻めに合うことを絡まれると表現する彼女には、既に1度経験がある。

 が、今問題視するべきはそこでは無い。


 グレイのことを"お姉ちゃん"と呼ぶ、白き光を身体に纏う幽霊少女。グレイの周りを忙しなく飛び回る彼女は、やはり幽霊のよう。


 彼女の名はイルミス・フラン。グレイの持つ神聖杖に宿る武具精霊にして、――グレイの妹、本人である。


「まったく、身体を調べられたくないならばなどしなければ良いものを」

「疑問なのですけど、何故逃げるのですか?」

「やましいことがあるからだ。悪魔や精霊とのは、国の法によって禁止されている」


――違法契約。

 本来、悪魔や精霊との契約は、特別な儀式と手順を踏んで行うもの。命に関わる可能性のある契約を、おいそれと国は承認しない。契約者本人だけならいざ知らず、万が一にも悪用した場合は大勢の人を巻き込む。過去、例も存在する。

 そんな契約を、国が黙認するわけも無い。


「お姉ちゃんも逃げた方が良いのでは?」

「笑える冗談だ。――私とは、少々特殊だがやましいことは1つもない」

「でも、……健康診断は受けていませんよね?」

「私がか?必要ないだろう。――

「…………そう、ですよね」


 再び名簿に視線を落とし淡々と答えるグレイ。

 問いかけたはずのフランは、何故かその表情に陰りを見せる。


 フランの声が徐々に小さくなる。


「フラン」

「はい」


 そんな妹の反応に、しかしグレイは当然のように問う。


「自分の選択に後悔はあるか」

「い、いいえ!私は、あの選択は間違っていなかったと、――お姉ちゃんが証明してくれました」

「そうだ。私も同じ。あの選択に後悔はない。今だって、私は私のしたいように生きている。そこに恥も悔いもありはしない」


 ……パタン、と。名簿を閉じる音がして。


「ならば、そのような表情をする必要はあるまい。どちらも後悔がないのなら、これはなんかじゃなく、我々のなのだから」


 立ち上がったグレイの瞳には、一切の陰りも戸惑いもなかった。彼女の言葉が、真に心から生まれた証明。


「はい!!……あれ?でしたらやはり健康診断は受けておくべきではないですか」


 その証明を得て、再度現れる至極全うな疑問に。


「何を今更。何度も言っているだろう」


 グレイもまた、至極彼女らしい答えを提示した。


「――面倒だ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 スペリディア魔法学園の健康診断には、大きくわけて二種類が存在する。


 1つは体内の物理的検査。

 各種族が元から持っている素の視力や聴力、歯や内臓などを視るための検査。


 もう1つは、魔力の質や量、精霊や悪魔の有無といった――実にらしい検査内容。


 先日グレイが文句を言っていた検査は後者である。

 また、新入生は知らない場合が多く、違法契約者の場合は当日になって逃げ出す者が現れる。


 去年、グレイはそんな彼らの捜索と捕縛に付き合わされていたのだ。


「…………はぁ。どうしてこうなった」


 そして今年、グレイは去年と学園長室で指示(?)を受けていた。


「仕方ありません。行方不明者の所属するクラスの担任がだったもので」

「じいさん、――ここまで計算済みか?」

「はて、私は先程報告を受けたばかりですよ」


 にこりと笑う学園長に悪態を着くグレイ。

 腕を組んで壁によりかかり、学園長を睨みつける。返ってくるのは読取ることの出来ない爽やかな表情だけ。


「どうだか。……まぁいい。既に貴様の手のひらの上だ。今回は思い通りに踊ってやる」


 これ以上の反発は無意味だとため息を吐き捨て、学園長の指示に従うことにする。

 元々探していた生徒だから――


「ありがとうございます。昨夜から行方が分からない生徒のリストはそちらです」


 学園長室と直接繋がる小部屋から、一人の女性が現れ、グレイに紙束を渡した。

 リストには上から順に名前と個人情報が記されている。


「既にほかの先生方も動いています。見つけ次第学園に戻り診断を受けるよう、お伝えください」

「私は担当する生徒以外に興味は無い。時間も惜しい。悪いがここで失礼する」

「はい。良いご報告をお待ちしております」


 リストを片手に学園長室を出たグレイ。

 その思考は既に探している生徒の情報のことばかり。


――生徒の名前はロザーク・ジェイル。

 生まれも育ちも田舎の小さな村で、その魔法適正の高さから両親に学園の入学を勧められた。

 道中で土の小精霊を助け、契約を結んだ。得意魔法は土、温厚な性格で人見知り。


「……入学から数日で揃う情報では無いな。やはり、まだ何かある」


 入学理由や性格など、入学試験では測られない情報が混ざっているリスト。担当生徒の名簿内の情報と照らし合わせても、やけに情報が詳細。


 さらに読み進めると、気になる一文を発見した。


――魔力量が多く、制御しきれず暴走の危険あり。

 精霊と契約後、魔力が安定している。


(私の教室に入る理由はこれか。魔力暴走……、しかし精霊との契約自体は違法では無さそうだが)


 情報が増えるほどに疑問も増していく。

――違法で無いのなら何故逃げるのか。


(……そもそも、彼は本当に?他に理由は無いと言い切れるのか)


 陰りを見せる廊下を、ただ黙々と先に歩を進めるグレイ。不穏な憶測が脳裏を飛び交う。


 毎年違法契約者が逃げるのは恒例のこと。


――しかし、今年はやけに数が多い。


 このようなになる人数。偶然ではあるまい。


(……偶然と片付けられなくもない。が、度重なる偶然はを含む)


 彼らの失踪が、――外的要因によるモノだとしたら。

 それは失踪ではなく、


(精霊契約者を狙った事件。嫌な可能性だが有り得る話)


 悪い推測とは得てして当たりやすいモノ。

 グレイはそれを、実体験として理解している。


「ちっ、既にこちらは後手。しかも手がかりが少なすぎる――」

「きゃっ!」

 リストに視線を落としていたグレイは、廊下の角から飛び出てきた女子生徒とぶつかった。


「すまない。考え事をしていた。大丈夫か?」

「いてて……、曲がり角は危ないよー……ってグレイ先生!!こんな場所で会うなんてびっくり!!」

「ネイロ……、君はこんな場所で何を?」

「えへへー、健康診断の部屋の場所を探してたんだ!」

「…………君の方向音痴には毎度驚かされる。検査は反対の棟だ」


 ネイロ、――ネイロ・エリネーア。

 スペリディア魔法学園2年生(留年)の問題児筆頭。グレイは去年から彼女のおバカっぷりに頭を悩ませている。


「センセー!連れて行って欲しいですっ!」

「…………いいだろう。私もそちらに用がある」

「やったー!あれ?センセー何か落ちてるよ?」


 ぶつかった拍子に見ていたリストの一枚が落ちたらしい。

 拾い上げたネイロが紙を渡す。


「その子、なにかしたの?」

「何故だ」

「えっ?だって、センセーが怖い顔で睨んでたし……、センセーが怒る時って、何かやらかした時でしょ?さっきし」

「――ちょっと待て。今なんと言った?」

「ふぇ?!」


 聞き捨てならない一言に、ネイロが驚くほど強く迫る。ネイロの顔が紅いことには全く気が付かない。


?それは事実か。いつの話だ?」

「え、えと……、今日の早朝に、たまたま早く目が覚めちゃって、学園までお散歩しに来た時に……」

「早朝に……森?その時こいつは一人だったか」

「わ、分かんない。見たのは遠くだったし、……けど、誰かと話してた……ような?見えたのは一人だったよ」


 思わぬところに目撃者を発見。

 普段ポンコツなネイロが、この時ばかりは頼れる助手のように見えた。


「いい情報だ。とても助かった」

「ホント?!だったら嬉しい!」

「さて、そろそろ時間だ。急ごう」

「あ、待ってー!」


 情報をまとめ、確率の高い推測ができるに至る。


 ネイロが慌てて追いかけるのを待たずして、グレイは検査の行われている棟へと向かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「さて、私は予定があるのでここで失礼する」

「ありがとー!グレーセンセー!」


 健康診断の会場までネイロを送り届けたグレイは、早速彼女の情報にあった森へ向かった。


――昨日訪れたばかりの、濃い霧が覆うアールベスタ大森林に。


「……まさか、二日連続で訪れることになるとは。つくづくこの森には縁がある」


 今回、グレイの目的は失踪した生徒の捜索。

 森を抜ける必要は無い。


 彼女は森の入口で足を止め、辺りを見渡す。


(迷いの森に近づく者は少ない。なるほど、彼ら同様ににはもってこいの場所だ)


 人の気配はなく、森に変わった場所も見当たらない。しばらく外周をウロウロするが、やはり誰にも遭遇しない。

 ネイロの情報が間違っている可能性もあったが、グレイはその疑いを持つことなく探し続ける。


 そうして30分が経過した。


 学園側に面した外周は調べ尽くしたが、結局手がかりは見つからず。一度学園に戻るかと思案した、その時……


「離して下さい!!その子をどこへ連れて行くつもりですか!!」

「チッ、何だこのガキ!!何故ここが」

「見られたからには生かしてはおけねぇ。さっさと殺せ!」


 森の中から不穏な叫び声と会話が、グレイの耳へ届く。


「いやっ!!助けてお兄ちゃんっ」

「待っててください!スカラー、お願いします」


 大地と彼を結ぶ強い魔力の繋がり。

 彼のが媒介となり、その力が一点に集中する。


(……へぇ、噂以上だ)


 高まる魔力を感じられるのは、魔法発動者と彼女グレイだけ。大地が揺れていることにも気が付かない誘拐犯は、動きの止まった少年目掛けてナイフを振り下ろす。


「死ねぇぇぇ!!」


「行きます!――大地の怒りアース・コレール

「な――っ!!」


 ドゴォォォォォォォォォォォ…………


 森が、地面が、――大地が浮かぶ。

 真上にいた大男が空高く吹き飛んだ。


 押し上げられた地面が軌道を変え、宙に投げ出された男へ追撃を行う。石つぶてレベルではない、並の人間ならば即死級の岩の一撃。


 無慈悲で容赦のないその攻撃は、まるで彼の怒りを大地が代行しているようだった。


「……がはっ、も、もう……やめて」

「う、うぅ…………うああぁあぁぁぁぁぁ!!!」


――魔力が弾けた。


 一点に集中していたはずの魔力が、突如その激しさを増し、彼の掌から溢れ出る。彼の慌てた叫びが、その状況を瞬時に理解させた。


(――魔力暴走!まずい、ここら一帯が吹き飛ぶ)

「――無に帰せディスペル


 まさに間一髪。

 襲い襲われる立場が逆転し宙へ投げ出された男は、大岩にすり潰される前に地に落ちる。


 ドスンッと、土埃を巻き上げて倒れ伏す。

 悪いことをしていたのだから、この程度は相応の罰であろう。グレイはそんな男のことは気にも止めず、小さな妖精と共に意識を失った少年に駆け寄った。


「……魔力枯渇か。命に関わる程ではないな。しかし、あれだけ大量の魔力を放っておきながらこの程度で済むとは、魔力量と魔法適正の高さは本物か」


 グレイの魔法は、放たれた魔力を無かったことにするが、失われた魔力は戻らない。回復までは少し時間がかかる。


 傍の木陰に移動させ安静にし、ようやくグレイはもう一つの厄介事へ目を向けた。


「さて、貴様らはか?それともか?」


 振り向いた彼女の瞳は至極平然で、けれどその奥に灯る確かな怒りの感情が彼らを威圧する。眼だけでは無い。手のひらから生み出される彼女の魔力が、彼らを魔力的に威圧している。


「な、何を…………」

「どちらでも構わない。しかし、だ。何をしていたのか、――真実を吐けスピットアリシャ

「う……っ、あぁ…………」


 放たれた魔法は、男の脳を支配した。

 それは彼女の魔法オリジナルの一つ。相手の脳を術者の魔力で満たし、他者を洗脳するための魔法。


「お、俺、たち……は、この森に、精霊を集めている」

「なぜだ?」

「……精霊の、泉で、無限の……魔力、を」

「そんな噂話を信じたのか。しかし、ここは迷いの森だ」


 精霊の存在を知っていても、入ることは叶わない。それこそ、グレイのような賢者でもなければ。


「この霧……を、消し去るために、禁呪を……」

「禁呪……、まさか」

時を巻き戻すリウィンドタイム。霧のない、300年前に」

「ふざけるな!あれは……、もういい。そこで寝ていろ」


 怒りを吐き捨てた言葉を残し、洗脳の魔力を断ち切る。


 体の力を失い、もう一人の男も意識を失った。

 グレイはそいつらを放置し、森の奥を睨みつける。


(禁呪、ということはあの場所だろう。隠蔽の魔法を突破したということは、それなりの手馴れ。学園長ジジイに相談……する時間は無いな)


 森の奥から、微かに、そして確かに感じる負の魔力。禁呪が完成しつつある予兆。


 大きくため息を吐き、彼女はその方角へ足を進める。


「ま、待って……ください」

「まだ寝ていた方がいい。君は巻き込まれた側だろう」

「で、でもっ、この子の、仲間が……。それに、僕だって……役に」


 眠っていた少年が、ボロボロの身体で立ち上がる。まさに今、原因を根絶しようと歩き出したグレイを呼び止める。


「……まったく。私の生徒は皆わがままで迷惑だ。だがまぁ――その気合いは気に入った。それに、ここに置いておく訳にも行かない」

「ありがとうございます!!」


 グレイにとっては後者の理由が大きいが、彼にとっては前者の言葉が嬉しかった。小さな精霊を抱えて、彼はグレイの近くへ走り寄る。


「えっと……お姉さんは」

「私はグレイ。学園の教師で……、来週から君の担任だ」

「グレイ先生、よろしくお願いします!」


 驚きと好奇心が覗く瞳はとても純粋で、なるほど。精霊が寄り付くのも納得できる。


「君は……一人でも帰れるかな」

「あ、あの……助けてくれてありがとう!!一人でも帰れるよ!」


 木の影で隠れていた少女が顔を出す。

 誘拐されかけていた少女は無事のようだ。


「この子も、ありがとうって言ってる!」

「そうか、無事で何よりだ」


 更にその後ろには、水色の羽が生えた精霊の姿も。少女が笑顔になると、その精霊の動きが軽くなる。少女も契約者であり、その精霊は契約主の感情に影響されているようだ。


「気をつけて帰るといい。そうだ、――自動防衛魔法アンチマジックバリア。効果は30分程度だが、安全は保証できる」

「ありがとうお姉ちゃん!」


 連れ去られたばかりの少女は、予想以上に元気であった。グレイとジェイルはその笑顔につられて緊張が和らぐ。


「行きましょうグレイ先生!あ、さっきの魔法、凄かったです!」


 キラキラとした視線に気まずさを感じながら、グレイは彼と共に負の魔力へと近づいていく。

 これより――グレイの授業が始まる。

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