page03 : 逃避からの脱出

――この件について、おかしなところは2つ。


 1つは引きこもってから年単位の時間が過ぎていること。

 もう1つは、結界に使用されているはずの魔力がから感じられること。


 屋敷の廊下を逆戻りし、グレイは一度外へ出る。

 後ろからは不思議そうなグロウが着いてきている。


「――解析アナライズ。……やはり、試練はまだ終わっていない」


 外へ出て見上げたグレイは、不自然に揺らぐ魔力を感じ取って納得した。初めからこの件は双子の仕業では無かったのだ。


「全く……、森を護るのは結構だが、ぞ――


――パチンッ……とグレイが指を鳴らす。

――フッ……と、屋敷を包むように揺らいでいた魔力が消え去り、同時に強い風が一風過ぎ去る。


「あの……一体何を?」


 屋敷に目立った変化はない。

 魔力を感じ取れるグレイだけが、その変化に気が付いている。ただし、それはに限った話でもあった。


「もう一度、彼女たちの部屋に行こうか」


 グレイは困惑するグロウを無視し、再び屋敷の扉を通り抜け、引きこもる双子の部屋へ足を運ぶ。


 足音の鳴らない絨毯な廊下を足早に通り、例の結界の付与された扉前。未だ放たれる淡い輝きは、しかし時折、ノイズのような点滅が現れる。


(魔力が不安定になった)


 あくまで、この結界はを得て成り立っていたに過ぎない。


「これならば、あちらも動かざるを得ない」


 点滅する扉に近づいたグレイは、不安定になった結果の隙間へと自身の魔力を流し込む。傍から見ても理解できないだろうが、彼女にとっては造作もない技術である。


「――解錠アンロック


 グレイのオリジナルの一つ――"対結界魔法"アンロック。

 結界構造と構成される魔力、そしてを利用して結界破壊を行う。


 魔力を失っても構造が生きている限り復活する結界魔法において、構造そのものを破壊する彼女の魔法は対結界魔法の名に恥じぬ効力があった。


「さて、ここからは教師しごとの時間だ」


 何も無くなったを押す。

 開いた先の暗闇には、輝く3の光が在った。


「だ、誰っ?!」

「わ、私たちの結界が…………」


 せっかくの輝きも、暗い部屋の隅で縮こまっていてはその真価を発揮することは無い。

 グロウの静止を気に止めることなく、グレイはその姉妹輝きに歩み寄って、告げた。


「その才能を、――大切なモノのために、使う気はあるか」


 彼女たちに、ただの勧誘は通用しない。


 彼女たちが求めているのは、共感でも同情でもない。

 求めているのは、


 そして、その可能性を見極めるのが――である。


「現実逃避はここまでだ。その才能をここで腐らせるのは惜しい」


 グレイの特徴である白衣をなびかせて、彼女は暗い部屋の窓を開けた。今まで閉ざされていた空気想いが、風と共に吹き抜ける。


「で、でも……。この森から」

「出れるとも。不可能などこの世には…………数えられる程度しかないのだから」


 不可能は無いと、そう言い切らないのがグレイという教師だ。


「無論。君も一緒に、だ」


 その場にしゃがみ込み、小さく威嚇する獣に手を差し伸べる。――フェンリル。


 文献のいくつかには、として描かれている伝説もあるほどに、魔力との親和性が高い生物だ。


 その昔、――魔王が存命だった頃、魔王による傀儡に抗うことのできた数少ない魔物がいた。彼らはを最も大切にし、彼らから仲間だと認められた者は、一生の安全と膨大な加護を得られる――そんな


「仲間を重んじる習性故に、。そして新たにできた家族を護ろうとし、試練に敵対されてしまった」


――フェンリルが仲間に理由。

――と呼ばれるフェンリルが、森に襲われた理由。


「フェンリルは精霊との特性を併せ持つ。よって、本来この森が試練を与える対象にはならない。この子が、敵対の意志を見せない限りは」


 魔力に敏感だという精霊の特徴。

 その特徴を受け継いだフェンリルは、森の魔法きりに反応しただけ。


「私の最初の授業だ。君らを無事にこの森から出してやる」


 一度の失敗は当たり前。

 失敗はの元である。その経験を失敗のままにしておくか、とするかは本人が決めること。


「今、ここで決めるがいい」

「わ、私……は」


 ポッケに入れた右手を彼女達の前へ差し出す。


「お姉ちゃん、私、……強くなりたい」

「そう……だよね。この子を、暗い部屋に閉じ込めておくのは、可哀想……だし」

「クゥン……!」


 彼女の手を初めに触ったのは――


「ほう、こいつは随分やる気のようだな」

「フェリ……。ふふ、分かった」

「お姉ちゃん!」

「うん。学園に、行こう、フーロ!」


 そして重なる、4つの手のひら。


 彼女たちの決意が一つになった。


「では、行くとしようか」

「えぇっ?!今からですか?」

「こちらの事情だが、少々予定が立て込んでいる。今日中には学園に戻りたい。安心したまえ、既に学園寮の手配は済んでいる」


 こうもあっけらかんに事を進めるグレイに、それが当然の予定のように聞こえてくる。

 森に来て、結界を破壊して、彼女たちを説得した。これらの功績は全て一日(半日未満)の出来事である。


「その、身支度……とか」

「それは問題ないよ。いつでも二人の気持ちが変わってもいいように、あの日の荷物はそのままにしてあるから」

「「お父さん!!」」


 部屋を跨がず娘たちのやり取りを眺めていた父、グロウ。絶妙なタイミングで声をかける。


「だから、行っておいで」

「うん!行ってきます!」「行ってきます」


 親子の微笑ましい光景に、グレイは優しげな眼差しを注ぐ。


(いってきます、か)


 彼女が過去に閉じた記憶が、その瞳の裏に映る。あの日、護りたかった家族と交わした、――約束ただいまが。


「それじゃグロウ、この子達が学園を卒業するその日まで、私が責任をもって預かると……する」

「えぇ、お願いします。グレイ


 それは教師と親が、信頼と信用を交わし合う約束規則。――グレイが決して違えず守ると誓う、家族との繋がり約束


「では行こう。今から出発すれば、夕方の下校時間には間に合うはずだ」


 姉妹と一匹の先頭を、かくも大きな強さ目標を見せて、グレイ達は森を出発する。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「あ、あの……グレイ先生」

「どうした?」

「その、また森に……」


 それなりの決意を胸に家を飛び出した姉妹。しかし、1度は退いてしまった森へ近づくと、その表情からは焦りと不安が滲み出ている。

 仕方のない事だ。彼女たちが経験した森の試練トラウマは、簡単に消えることは無い。それはどれだけの決意や強さがあろうとも、生物である以上ある種の運命。


 すなわち、逃げずに立ち向かうには相当な覚悟が――

「森は通らないし、試練も行わない」

「「…………へ?」」


 二人の不安はもっとも。しかしその程度のことをグレイが考えていないわけが無い。


 2人には想定外の返答に、思わず間抜けな返答が漏れ出す。


「言っただろう。初めの授業はこの森からだ。そして、君らの目標は試練をクリアすること。その目標を私が奪ってどうする」

「で、でも……」

「それじゃこの森から出られない……」


 グレイの真意を理解できない生徒には、その言葉の矛盾が解けない。矛盾していると考えてしまう、その意識こそが大きな課題――


「試練は、いわば魔法によって成り立つ現象だ。森の現象は現実改変魔法の結果に過ぎない」


 霧も、試練も、等しく


「魔法は手段であり結果だ。だが、現象として現実に発生しなければ、手段にも結果にもなり得ない」


 森の目前まで歩いてきた彼女たちは、その歩みを阻む木々に足を止めた。


「森を出ることを現象と結び付けるな。別の言い方をするならば、森と試練をで結ぶな。当たり前を切り離して考えることも大切だ」


 グレイがここを訪れた時、彼女が行ったことはただ森を通過しただけ。霧による妨害――現実の改変は彼女の手によりになっている。


 そして、霧と試練、どちらも同様のによるものならば――グレイには試練を受けず森を出る手段がある。


――無論、彼女たちがそれを知るはずがないのだが、

「ま、魔法の影響を阻害出来れば……森は?」


 その天才たちに、凡人こちらの常識は当てはまらない。


 糸口を掴めば、解決までの時間は常識を遥かに上回る。


「そこまで理解出来れば上々。本当は自力で試すことをして欲しいが今回は時間が惜しい」


 グレイはそう口にするとポッケに入れた右手を外に出し、手のひらに浮かぶ四角形キューブの魔法を創る。


――空間断絶結界アンチ・ウーラス


 創造されたキューブを空間に押し付けるように腕を一振り。手のひらサイズだったキューブが、弾けるように大きさを取り戻す。


「せ、先生っ!これって……」

「空間の断絶ですか?!ただの伝説上の魔法だとばかり」


 グレイという人物の非凡常識外れぶりに、開いた口が塞がらない二人の生徒。この状況でも唯一済ました顔ができたのは、フーロに抱かれたフェリただ一匹だった。


 その図太さは、根本的に人間の使う魔法を知らないという未知故のメンタル。


 グレイはリアクションの大きい彼女たちに微笑ましさを感じつつ、森への歩みを再開した。


「君らが考えるほど完璧な魔法じゃないさ。結界とは物理方面の対処に弱い。それに、空間を遮ることで外部からの魔力を遮るが同時に結界内では外部魔力が極端に少なくなる。対魔法結界は――相応のリスクがかかる最終手段。非常時以外はできるだけ頼らない」


 森をただ歩きながら、グレイは結界について話をする。何も起こらない迷いの森は、ただの森と同じ。


「えっと……、非常時?」

「そうだ。非常時だけ」

「でも、今って非常時……?」

「そうだ。何せ時間が無い。学園の門限は厳しいんだ。一分でも門をくぐるのが遅れれば、あの面倒な指導教員に叱られることになる」

「先生も叱られるんですか?」

「実に不可解なことに、生徒の失態よりも厳しい。学園長のじじいが出てきた日には、面倒な予定が一つ増えることになる」


 それだけは避けなくては――と、既に経験済みな反応を見せるグレイ。


 指導教員に言わせれば――グレイ先生はもっと生徒の見本としての自覚を持ってください。

 学園長に言わせれば――面倒事を増やしているのはどなたでしょうか。


 あぁ、私の味方など存在しないのか……と、生きるには狭すぎる規則に反論するも、増していくのは指導教員の鬼顔のみ。


「まぁ、私の教え子を安全に学園まで届ける、なんて仰々しい理由を付けて正当化しているだけだ。良い子は真似するんじゃないぞ」


 再び目を丸くした姉妹は、……グレイ先生も冗談を言うんだな――と、大方真実である話を信じていない驚き。

 彼女たちがグレイの授業を受けるその日には、この話が本当のことであったと理解するだろう。


「……おっと、見ろ。出口だ」


 しかし今日のところは、森を出れた――という事実の恩恵を得て、子どもの好奇心から逃げきることに成功するのだった。

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