page01 : 特別クラスの誕生

「それで、グレイ先生。呼び出された理由は……分かっているね?」


 とある一室にて。

 この部屋唯一の椅子に座る白髪の男性と、堂々とした立ち姿で対抗するイルミス・グレイが睨み合う。


「呼び出し?私は私の用事でここに来ただけだが」


 ここは学園長室。

 職員室とは別に、学園長が執務をこなす専用の部屋。


 当たり前だが、学園長ということはこの学園で最も偉い人であり……


「……君は、何年経っても変わりませんね」

「お前のようなじいさん相手に変わってたまるか」


――このように雑な口を開いて良い相手では無い。


「では、私の呼び出しの前に、そちらのとやらを尋ねておきましょう」

「ふん。私の研究室の壁。少々ないか。たかだか小規模の爆発程度で破壊される壁など注文した覚えは無い」

「あれでも、学園の技術を最大限に使って造らせた一級品なのですがね。……並の魔法では破壊どころか傷一つ付きませんよ」


 現在彼女が呼び出されているは、今朝、彼女の専用研究室の壁が破壊されたこと。


 そして、彼女が学園長に物申したいとは、今朝、彼女が破壊した研究室の壁のこと。


「そうか。ならばもっと丈夫な壁を……頼むとしよう」

「えぇ、是非そうしてください」


 にこりと笑みを絶やさない学園長に対し、こちらも一切余裕を崩さない平常運転のグレイ。


 そんな彼女の失礼な態度にも、学園長は慣れているようで、気にせず話を進める。


「それで?じいさんの話はなんだ」

「おや?既に分かっているものだと思っておりましたが……。今朝のの件についてです」

「弁償はしないぞ」

「それは結構です。新しい壁を手配しますので。しかし、他の先生方から苦情が来ておりまして。あなたの行動は生徒に悪影響だから今すぐ辞めさせて欲しい……と」

「その要求を私が飲むとでも?」

「はははっ。まさか。あのにそのような事は申しませんとも」


 声を上げて笑う学園長に対し、グレイは鋭い睨みで返す。


「ですが、このまま他教師たちの不満を放置もできません。ですから私から一つ、提案をさせて頂こうかと」


 机の引き出しから、彼は一枚の紙を取り出した。


「グレイ先生には、本日より特別教室の担任となっていただきます。クラス名は"Zゼータ"」

「……この学園は、どの学年にもZは無かったはずだが」

「えぇ。このクラスは。学園全ての生徒より、担任を困らせる生徒を引き取り、授業を受けさせてください。彼らが進級または卒業試験で合格することを、貴方の学園での実績とします」

「それで他教師の納得が得られると?」

「いいえ。あなたをこの学園にための理由付けにしたいだけですよ。反発されて困るのは、決してあなた一人ではないと言うことです」

「……いい性格してるな」

「褒め言葉として受け取っておきます。それで、いかがでしょう?この提案を受けていただけますか」


 爽やかな口調とは引き換えに、これ以上は譲れないという固い意思を感じる表情の学園長。

 グレイは少しの思案の後、深いため息をついて答えた。


「頼むのならば、元から断れる選択肢を用意して置くのが礼儀と言うものだろう。これでは脅迫と何も変わらない。……クラス名簿はどれだ」

「ありがとうございます。こちらが担当するクラスの名簿です。……ちなみに、全部で7名。内4名は1年生、他3人は現在学園に来ていない不登校児です」

「……は?」

「不登校児に関しては、授業が始まる来週までに何とか学園へ連れてきてください。新入生に関しても、一度接触しておいた方が良いでしょうね」

「……謀ったなじいさん」


 何度も恨みを込めた視線を向けるが、事は既に決定してしまった。何より、こういった口論で彼に勝てないのは


「良いご報告をお待ちしております」

「いいだろう。私の研究継続のためだ。今回はじいさんの口車に乗ってやる」


 全ては自分のために。

 彼女の意志を上手く利用した学園長は、こうしてこの学園に新しいクラスを誕生させる種を撒いたのである。


 これが、後に学園のあり方を大きく変えることになるとは、まだ誰も――1人を除いていないのである。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


「さて、そろそろ帰るかな」


 片手で持てる量の教材を手に、グレイは帰路へ着いた。

 毎日研究所で寝泊まりしているため、本日も変わらず正門横の裏道を通らなければいけない。


 スタスタと早足で校舎を抜け外へ出る。

 この時間のこの場所は、グレイの経験上高確率で避けるべきルートだった。遅くなったのは生徒たちの課題をまとめていた、大量の仕事のせいだと胸中でボヤく。


「なんだ貴様。この俺が誰だか知っての言葉か?!」

「はぁ?何言ってんだ新入生。ここじゃ身分も種族も関係ないんだぞ!」

「そんなもの無くても、俺はお前より強い。我がウィンダルス家の力、見せてやる!!」


 そして、案の定大人数を野次馬に囲まれた新入生と在校生の喧嘩に出会ってしまう。

 ため息を吐き、黙って通り過ぎようと試みるが、その中心人物の一人に気が付き足を止めた。


「お前、魔法で上級生に勝てると思うなよ!!」

「ろくな知識もない新入生如きに負けねぇよ」

「どうだか。その自信、ぶち壊してやろうか!」


 まさに一触即発。というか、もう両者魔法の詠唱に入り止められない状態。


「はいはい。お前らそこまでにしろ」


 そこへ止めに入ったのは、他でもないグレイ先生。


「ぐ、グレイ先生?!」

「やぁ、君は元F組のケイトだね。新入生相手にその風魔法はあまりにじゃないか?」

「あ、えっと……すみません!!」

「謝れるのならそれでいい。そして……君はウィンダルス・ゼクトで間違いないな?」


 突如現れた彼女に名前を呼ばれた少年ゼクトは、知らない女性を前に少したじろぐ。しかし、彼女が教師であると知った彼はその顔に笑みを作る。


「なんだ教師か。ならば俺のことは知っているな?そいつは俺様に盾を突いた。今すぐ退学させろ!!」

「へぇ。随分活発な少年じゃないか。退学させたい理由を聞こうか」

「……は?今言っただろ!!俺様にたて――」

「ははは。何を言うかと思えば少年。それはの話だろう?私は今、での話をしているのだ」

「意味わかんねーよ!!学園だろうと関係無いだろ!!」


 少年は叫ぶ。

 彼は貴族の生まれとして、さぞ良い生活を送って来たのだろう。自分中心の世界でしか、生きてこなかったのだ。


「分からないならいい。それより、君は来週より私の教室に来ることになっている。是非それまでに学園というものについて勉強しておくことをおすすめする」

「お、お前……俺をバカにしたな!!」

「なに、安心したまえ。私よりバカな者はこの世界中にいくらでもいる。恥じる必要はない」

「き、き、貴様っ!!俺を怒らせたらどうなるか……」


 顔を赤くしたゼクトに魔力が集まる。薄ら聞こえるのは端的な詠唱。魔法の兆候とも呼べる。


「燃やせ!!!」


 魔法は世界の現象。魔力と引替えに現実へ生み出される英知の結晶。それ即ち、具現化された現象は詠唱者のイメージを反映させる。


 宙に現れた無数の火球は詠唱者の願いイメージに沿ってその殺意を煮えたぎらせる。


(彼の得意魔法は火。そしてあの詠唱……ご大層にエンシェントバーニングか)


「力の差をおもいし――


無に帰せディスペル

――パチンッ


 魔法が世界の現象だとすれば、彼女は神だとでも言うのか。――否、彼女にはがある。

 魔法によって歪んだ世界を修正する。彼女の研究の成果であり、オリジナル。


「な、にが……何をした!!」

「何を?違う。何も

「なっ」

「まぁいい。知りたくば来週授業に来ることだ。私は帰る」

「おい!まだ終わっては」

「聞こえなかったか?今の君では私には敵わない」


 グレイはそう一瞥し、野次馬が呆然とする中堂々と研究室への帰路に着く。彼女の背中を見て、しかし引き止める者は誰一人いなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーー


(さて、偶然ではあったが一番厄介な生徒との接触が出来た。だがまだが何人も残っている)


 グレイは椅子に腰かけ、開いた名簿に視線を落とす。


 そこには先程絡まれたゼクトの名も刻まれている。


「ウィンダルス家か……。偶然ではあるまい」


 あのジジイめ――と愚痴をこぼして息を吐く。彼女と学園長は長い付き合いだが、彼には毎度いいように使われているのが現実。


 少しは見返してやろうと虚空を睨みつけ、閉じた名簿をソファに投げつけた。そのままの服装で彼女はベットへ倒れ込む。


(次は彼女だ。果たして出てきてくれるかは未知数だが……)


 仰向けになり天井を見つめ瞼を閉じる。

 既に何手先まで読んでいるのか。彼女以外に知る由もない。

 しかし速攻で眠りについた彼女の様子から、その未来に不思議と確信を持ててしまう。


――ガタリ


 寝室の外から聞こえてきた音に、グレイの寝顔だけが反応した。

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