第十三話 自分の背中は自分じゃ見えない
「……何それ? 前世から愛してました、的なこと?」
私は谷山の言葉が未だ飲み込めず、冗談めかした台詞が口から出る。ずっと前から私のこと知ってた? そんなロマンスの匂いプンプンの言い回しをリアルでするなんて、聞いてるこっちが恥ずかしくなってくる。しかし谷山は無反応で、私の目を見る。
「本当だよ。ずっと前から知ってた。でも、そうだよね。楓ちゃんは知らないよね」
一呼吸置く谷山の目は、妙に大人びていた。
「俺さ、実は小学校楓ちゃんと一緒なんだよ」
「え? 谷山も木尻西小?」
「そうだよ。一度も同じクラスになったことはないけどね。だから俺のこと知らないのも無理ないよ。逆に知ってたらびっくり」
「でも谷山の家って横座だったじゃん。西小って私立でもないのに」
「小五の時に親の都合で引っ越しちゃったんだよ。だから、高校で楓ちゃんとまた会えた時、すっごい感動したんだよ」
くりくりとした丸い目は、キラキラと曇り一つない。その眩さは目が痛くなるほどで、谷山の言葉に疑いなんて微塵も感じなかった。
「楓ちゃんって小学校の時、漫画描いてるって噂になってたじゃん。俺は周りと馴染めてなくてずっと隠してたけど、同じ漫画家志望の子がいるって聞いたら嬉しくなってさ、教室の外から楓ちゃんのことよく見てたんだ。ちょっとキモイよね、えへへ」
ニキビの頬を赤らめ、鼻の下を擦りながら谷山は続ける。
「ずっと楓ちゃんのこと憧れだったんだ。同級生で、俺と同じで漫画描いてるのに、勉強も運動も出来て、友達も多くて。俺もこうなりたいって思ってたんだ。だから、同じ高校の、同じクラスになったって分かった時、すっごい嬉しかった!」
「……その割には初日屋上に行ってたよね」
「そ、それは……そっちもずっと気になってたから……」
私の意地の悪い指摘に、谷山はバツが悪そうに答える。
「それに、俺からじゃどう話しかけて良いか分からなかったし……。だから今こうして一緒に映画観に行けたのは、本当に奇跡だと思うんだ!」
「そう……」
私は俯き、言葉を落とす。悪意の欠片も見当たらない谷山の顔が、私にはひどく憎らしい。
谷山の目に映る私はどこまでも幻想だ。マジで誰だよそれって感じ。勉強も運動も特別努力したって訳でもないし、クラスメイトと適当に話合わせるのが得意だったから友達たくさんに見えただけだ。
私なんて、何もかも中途半端な女なんだ。幾らでも替えがきく、特に突出したところもないぼんくらなんだ。私に言わせりゃ、谷山のように一つでも才能のある奴が羨ましくて仕方ない。何でもいいから才能が、喉から手が出るほど欲しい。この際漫画でなくてもいい。谷山に会ってから、ずっと渇望している。
薄汚い考えがドロドロと頭に沈殿していく。私は必死に笑みを取り繕いその場をやり過ごした。幸い、谷山は鈍感で欠片も気が付いていないようだった。その鈍感さが今だけはありがたかった。
「今日はありがとう! あ、また楓ちゃんの漫画読みたいな。次はいつ出来そう?」
「お前ちょっと黙れよ」
口から出かけた鋭利な言葉を、私は急いで飲み込んだ。
「さあ。まだネーム推敲したいし」
カトブレパスは前を見ない 浦瀬ラミ @big-bird-joy
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