第九話 聞こえない
「とまあ、私の大活躍で逆転勝利って感じよ」
話を終え、カブに目をやる。案の定、カブは興奮気味に尻尾を振り回していた。分っかりやすいなあこいつ。
「いやあすごいねえ。久々に熱くなったよお。こういうのを『スポ根』って言うんだっけ?」
「まあ、遠からずそうかな。あんまそういうの好きじゃないけど」
私は頬杖を突き、川の流れをボーっと眺めた。
レクの話で、私は谷山と火野については意図的に省いていた。私がチャンスでかっ飛ばしてやったと、私だけの手柄として話した。
別に? わざわざ教える必要もないでしょ? 谷山のことも火野のこともカブは知らないんだし。それに話したところでまたカブが根掘り葉掘り聞いてきそうだし。
目線を川から河川敷に移し、特に目的もなく目を動かす。河川敷の上に、私と同じ御栗屋高校の制服が見えた。男女で手を繋いで、嗚呼お盛んですこと。どうせすぐ冷めるんだよーなんて負け惜しみを頭の中で唱えていたら、ふと一つ疑問が浮かんだ。
「てかさ、私ここでベラベラ喋ってたけどさ、これ周りから見たら私が一人でくっちゃべってるように見えない? てか周りに聞こえちゃわない?」
「それは大丈夫だよ。前に話してた子が調べてくれたんだけど、僕に近づくとその子も周りからは見えなくなるし、声も聞こえなくなるんだってさ」
「そうなんだ。そういう結界でも張ってあんのかな?」
なんとも都合の良い設定で、そんなことあんのかと疑問だが、それを言ったら牛と会話している時点で十分ありえない。これは一度、試してみる価値はありそうだ。
「ちょっと実験するね。デカい音出すよ、カブ」
私は試しに、大きく手を叩いた。橋の下で乾いた音にエコーがかかる。さっきのカップルを再び確認するが、二人とも何事も無かったかのように歩き続けている。
「末永くお幸せに―‼」
今度は腹の底から大声で二人に心にも無いエールを送った。さっきはただのクラップで聞こえても反応しない可能性が無きにしも非ずだったが、流石にいきなりこんな叫び声が耳に入れば嫌でも反応を見せるだろう。
しかし、カップルもその横をすれ違ったサラリーマンも、無反応で歩みを進めていた。こりゃあ本当に、私の声がカブの結界でかき消されているらしい。マジで何者なんだカブ……。
「どうだった? それで、誰の幸せを願ってたんだい?」
「別に。思いつきで言っただけだよ」
「そうなのかい? でも咄嗟にあんな優しい言葉が出るなんて、やっぱり楓ちゃんは優しいんだね」
「まあ……どうも」
こいつは皮肉とか嫌味とか知らないのか? 私はカブに聞こえない程度にため息をつき、腰を上げた。
「じゃあね。また暇があったら来るから」
「うん。ばいばい」
振られる尻尾に、私も手を振り返す。どうせカブには見えないだろうけど。
にしても、なんでまた来るなんて口にしてしまったんだろう? 別に今日は昨日見たやつの確認ってだけで、三度も会う必要はないはずだ。たった二日話しただけで、友情でも芽生えちゃったのか?
まあ、カブが話しやすいのは事実だ。理由はそれだけで良い。深く考えて、お金が貰える訳でもない。
河川敷を登り、橋を渡る。この下にいる、カブのことを思いながら。
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