第七話 お遊び気分で
「ここをこうして……よっしゃ完成!!」
「うわー、ありがとう火野ちゃん!」
「へっへーん。美容師の娘、舐めんじゃねえよ」
火野は自慢げに鼻の下を擦った。
春にして早くも夏の面影が窺える太陽の下、眩しさに目を細めつつグラウンドを見渡す。先生と一部の生徒が協力して白線を引く間、各々のクラスの女子たちが集まり、ガヤガヤとおしゃべりに興じている。
新しいクラスの親睦を深めるべく開かれたレクリエーション。男子はサッカーで、女子はソフトボールだ。
「てか、本気でそのままで行くつもりだったの?」
「まあね。今までも何とかなったからさぁ。えへへ」
私と火野は顔を見合わせ、仲良く肩をすくめた。
谷山がセミロングのままソフトボールに挑もうとするので、私達が慌てて止めたのだ。一度も体育で髪を縛ったことがないとか、女子力低いなぁ。私が言えた義理じゃないけど。
火野が綺麗にまとめたお団子を、谷山は嬉しそうにぽんぽん触る。その様子に私は一抹の不安を覚えた。
「ねえ火野、これすぐにほどけたりしないよね?」
「大丈夫だよ! ヘアゴム使わなくたって案外丈夫なんだよ」
「そうだけどさ、なんか谷山だと心配になるというか」
「いやいや、楓に心配されるのはちょっと心外だよ。もっと親友の腕を信じてよ」
「あ、ほどけちゃった」
谷山の台詞に、私達はズッコケた。大阪の人達も舌を巻くくらい綺麗にだ。
「ちょっと! なんですぐほどけちゃうの!?」
「ごめん、どうやって結んでるのか気になって弄ってたら、なんかほどけちゃった」
「結び方なんて後で説明すっから! ほらもう一度やるよ!」
まるで姉妹のようなやり取りに、思わず頬が緩んだ。
火野は今度はかなりきつめに結んでるようで、時たま谷山が「痛っ」と漏らすのもまた微笑ましい。
「よーし、今からポジションと打順決めるから集まってー」
ちょうど火野が結び終わったところで、クラス女子のリーダー的存在である柳川が招集をかけた。
クラスの女子は15人。どうせ真面目な大会でもないので、全員が守備に入るし打席にも立つというルールだ。ピッチャーはソフトボール経験者である
一応言っておくと、私はインドア派でスタミナも無い方だけど、何故か瞬発力はあるし、投げるのも打つのも得意だ。何なら火野より上手い自負がある。
私はサードで、火野は隣のショート(もう一人いる)、谷山は私達の後ろのレフト(もう二人いる)だ。打順は谷山が12番、火野が13番、私が14番と続く。流れに任せて決めたら仲良い奴らで固まることになってしまったので、別に並んだのは偶然ではない。
一学年で12組もある中で、私達三組と戦うのは八組だ。回数は五回まで。じゃんけんの結果、勝った私達が裏を選んだ。
気の緩んだ空気のまま、早速試合が始まった。
ピッチャーの塩田は流石経験者というか、配球がすごい安定している。ただ相手もこっちもほとんど未経験者なので、ふんわり投球が義務になった。まあそれでもかっ飛ばせる人は両チームとも片手で数えられるくらいだ。
お互い何人か良い当たりを出したものの打線は続かず、0対0のまま三回表となった。そろそろ動きが欲しいところ。いや、点取られたくはないけど。
「あー、次の打席谷山からだったよね。てことはいよいよ私らに打線が回ってくるのか」
馴染まないグローブを叩きながら、火野に話しかけた。
ツーアウトまでは行ったものの前のバッターがライト線にヒットを打ち、ツーアウト一塁の状態。現在次のバッターが打席に立つのを待っている。その寸暇にも会話をしたくなるのが親友ってもんだ。
「そうだね。よーやくバット振れるよ。ホームラン打ちてーなー」
「私も。やっぱレクとはいえ勝ちたいしね。あ、塩田もう投げるよ」
やんわり振りかぶった塩田を見て、私達は腰を低くし構える。
相手のバッターのフォームはまあまあ様になってる。これは気を抜けないと呼吸を整えた。今ランナーは一塁にいる。下手したら先制点を挙げてしまうかもしれない。
「やっべ打たれた!」
火野の漏れた声と共に、私は頭上を見上げた。芯に当たったボールは快音と共にレフト方向へぐんぐんと飛んでいく。
「谷山ー! 行ったよー!」
私が声をかけるよりも早く、谷山は既に後ろへ走って追いかけていた。レフトの頭も越える長打だ。こりゃ下手すれば先制点入れられちゃうぞ。
「あ! たーちゃん!!」
次の瞬間、火野が叫んだ。谷山が足をもつれさせ、派手に転んだのだ。
反射的に私達は谷山の元へ駆け寄った。他の外野の子がボールを追ってくれていて、その子が返す時の中継点という意味もあったが、やっぱりかなりの勢いでこけた谷山が心配なのが一番だった。
「たーちゃん大丈夫? どっか擦りむいてない?」
火野が介抱してる間に、私がボールに追いついた子からのバックホームを中継する。私が内野の子に返した時にはもう一塁ランナーはホームに帰っていて、打った子は三塁まで進んでいた。
ホームに帰った子はクラスメイトからハグされたりハイタッチされたりともみくちゃにされている。そんな『THE 青春』みたいなやり取りを尻目に、私は谷山に駆け寄る。
「谷山、ケガは?」
「平気だよ。ちょっと手痛いけど」
谷山は普段通りのにやけ面で、体操服の土を払う。呑気なもんだと嘆息しつつ、私は周りを見渡した。
チームには若干、気まずい空気が流れていた。険悪な空気と言ってもいい。そりゃそうだ、つまんないミスで先制点を入れられた上に、当の本人はヘラヘラしてんだから。
幸いにも次のバッターをフライに打ち取ったおかげで、これ以上ひどくなることはなかった。薄っすらチームに暗雲漂う中、ぞろぞろとベンチに戻っていく。
「次俺だったよね。どのバット使おうかな~?」
「あのさ!」
一人だけ場違いにウキウキとバットを選ぶ谷山に、鋭く呼び止める声がした。柳川だ。柳川の冷たい目に、谷山は肩をすぼめる。いや、冷たい視線は柳川のだけじゃなかった。
私と火野以外のほぼ全員から、谷山は氷よりも冷たい視線を向けられている。四面楚歌の状態で、谷山は狼に囲まれた小鹿のように震えだす。
「別にこれレクだからさ、本気で勝ちにいかなくても良いよ。でもさ、限度ってもんがあるでしょ。どういう神経してんの?」
「えっと……それは……」
冷酷に詰め寄る柳川に、谷山は完全に委縮していた。正直、柳川の気持ちも分からなくはない。まあここまで追い詰めるのもやりすぎだとは思うけど、私だって谷山と友達じゃなかったら、結構谷山にムカついてたと思う。
だって谷山、一度も謝ってないんだから。
「ほら谷山。まずはごめんなさい」
谷山に近づき、優しく背中を叩いて謝罪を促す。すると谷山は思い出したように頭を下げた。
「ご、ごめん! 俺のせいで、一点取られちゃって……」
柳川やほかのクラスメイトは、まだ納得しきっていない様子だ。そりゃそうだ。こんだけ謝るの遅れたんだから。しかも無神経にバット選び始めるというね。
「まあ良いじゃん。私らで何とかチャンス作るからさ。逆転劇見せてやろうよ」
即席の拙い愛想笑いでごまかしつつ、適当にバットを選ぶ。
「そーそー。ドカンと一発打ってやるからさ!」
火野もポニーテールを揺らしながら駆け寄り、谷山のお団子をポンポンと触った。
「ふーん、まあ良いや。頑張ってね」
火野の協力もあり、柳川達の谷山へのイライラは何とか収まった。やっぱ谷山は放っておくとどこか危なっかしい。個人的にLIME交換しといて正解だったな。
「まあ、あんな大見得切ったけどさ、別に本気で逆転しなくても大丈夫だからね」
苦笑いしつつ谷山に目をやったが、私は谷山の様子に固まった。
ヘアピンを外し、長い前髪を下ろしたせいで目が隠れて幽霊みたいになっている。が、それ以上に強張った表情に私はビビった。前髪の隙間から見える目は鋭く、光が無い。唇もキュッと結ばれ、普段のヘラヘラ顔からは想像もつかないくらい真剣な表情だった。
「ありがとう……楓ちゃん」
「え、ああ……まあね」
声も抑揚がなく、何と言うか、全てが違和感だ。谷山って、こんな顔出来るんだな……。
私の思考が追い付かない間に、谷山はヘアピンを付け直し、バットを選んだ。
「絶対、逆転するから」
そう小さく私に零すと、谷山は小さい歩幅でバッターボックスへと歩いて行った。ネクストバッターズサークルでブンブン素振りをする火野の横を、黙々と横切っていく。その背中に、私はまだ谷山のことを何も知らないんだと思い知らされた。
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