第11話 湯本菜月

重力に身を預けながら

私を乗せたCA920便は

街の灯りの方へ導かれるように急下降してゆく。

機内で唸りはじめた激しい風切り音の中で、

無意識に脳内で再生した君と私の大好きな歌が、

雑音を打ち消して旅の始まりへいざなってゆく。


窓から見下ろす灯は輪郭を帯びて

点から街に印象を変えながら

触れてしまえるぐらいのところまで近づいてくるので、私は冷えたガラスの窓に手をあてた。

指で街を撫でているところに

今度は大きな振動と機械音がして、

夜景は横に伸びた光線に生まれ変わってゆく。


上海浦東シャンハイプードン国際空港 への到着を知らせるアナウンスが繰り返し聞こえ始める。

滑走路を練り歩く機体のスピードに合わせて

煌びやかにそびえ立つ空港のネオンが回っていた。


君の待つシンガポールまでは、

もうひとつ海を飛び越えなければならない。


君の元へまっすぐに飛んでくれれば良いものを、

別の街へ勝手に寄り道されてしまうのは

そこに大切な意味があったのだろう。


機内は荷下ろしを始めた人々で騒々しくなってゆく。私は最後の一人になるまで景色を眺めていた。


空港の中で手続きを待つ人々の列の最後尾に立ちながら、

入国カードに書いたホテルをスマートフォンで調べてみる。君の予約してくれたホテルは空港の敷地の中にあったので安心した。

人波に流されるがまま、入国の手続きを済ませて荷物を受け取り、到着ロビーで10元だけデポジットを払ってそこへ、持て余していたスーツケースを預けた。

1日分の着替えの入ったカバンだけを背負って出口を探して歩き始める。

出発前に日本で長さを整えたばかりの前髪は長旅でじっとりとしていて、

上海の風に吹かれてもなびかなくなっている。

いつのまにか午後11時をとうに過ぎていた。


まだ人がちらほらと見える空港の中にある広場を歩きながら君に電話をかけた。


「やれ、ひとまず到着しましたよ」

私がそう言うと、

君が電話の向こうで、くっくっく…と笑っているのが聞こえる。


「機内食ってもっと美味しいものだと思っていましたよ」

私は話を続けるけれど、まだ君は喉を震わせて低い声で笑っているのがわかる。


私がふと出発の前に思い立ち、

前下がりのボブに短く整えてしまった髪型も、

そうやって笑ってくれるんだろうなと思った。


























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