第4話 「私、身長が150cm!低いんです。」
二日後に約束の日が迫っていた。
やはりどこぞの見知らぬ人に冷やかされたかもしれないと膨らんできた疑いと共に、
未だ返信のない不安を抱きながら悶々と夜を過ごしていた。
いよいよ当日着ていく服の事や、
それまでに終えたい車の掃除のことまで想像が及んできている。
「私、身長が150cm!低いんです^ ^」
そんな、予想の斜め上をゆくメッセージが綾から届いたのは、またしても0時を回った頃だった。
約束が生きていたような気がして安心しながら
返信に困ってしまった。
この
「ちなみに僕は176cmです!」
とりあず僕はそう返信した。
身長を綾に伝えたときに、綾は僕をどうイメージしているのだろう?とふと思った。
僕は背を向けた写真を
マッチングアプリのアイコンにしていた。
数年前に友人に誘われ渋々と富士山に登頂した時に撮ったもので、そこには僕の背中と後頭部しか写っていない。
綾が知り得ることのできる僕の情報は、
その写真とメッセージのやり取りだけで、
たったそれだけで、僕と会っても良いとすんなり思うだろうか?
逆に考えると綾の凛とした写真一つで「会ってみたい」と感じた僕は随分とおかしいのだけれど…。
綾に品定めをされているような気分がした。
「おお!高身長ー!ちなみにお車の特徴をお教え下さい。私、車にあまり詳しくなくて…間違えちゃうと大変なので…」
しかし、綾からの返信はあっけらかんとしていて、早かった。
僕もすぐに返信をする。
「当日は黒い色のプリウスで行きます。松本駅は何度か行ったことあるので大丈夫だと思います!」
車に詳しくないと言ってきた彼女に、
──プリウス
と慌てて車種名で答えてしまった事を後悔したが
「了解です!よろしくお願いします」
と、彼女は承知したようだった。
身勝手な思惑にもう少しで疲れてしまいそうだった僕は、ぼやけていた約束にピントがようやく合ったような気がして安心した。
約束が現実味を帯びた映像で浮かぶ。
僕と綾が並び海を見ている。
綾の身長は僕の肩より低くて…。
鳥の群れがへの字の編隊を作って
遠くの淡い夕陽に飛び込んでゆく。
──私、身長が150cm!低いんです。
そう言った綾もそんな劇の中にいるのだろうか…それで身長をわざわざ教えてくれたのだろうか?
自分がまだ見ぬ不透明な銀幕の中にいると想像できてしまった時、突然虚しくなった。
知らない人と会う約束をするということが、
孤独の極みだと知ったのだ。
大切な人と共に過ごしたその時間には、
温度や、湿度があり
いつの日かそれが季節のように
それが移り変わってゆく。
その合間にいつも僕は、未来を据えてきた。
綾と過ごしたその記憶はその最果て、
僕のどこへ流れて落ち着くのか?
僕は何のために?
誰のために?
綾に会うのだろう?
僕は綾に最も美しいそれを抱いていない。
その資格も持ち合わせていない。
これから得体の知れない旅に
無理やり連れ出されるようだった。
「こちらこそどうぞよろしく」
そう綾に返信した後で、
食欲が削がれ、ピンと張りつめたように僕は硬直した。
──色のない未来が待っている
そんな気がした。
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