第3話 「それでは明日」

あれから三日間、綾からの連絡は無い。

綾の連絡が待ち遠しいような気がして

仕事を済ませたらまっすぐ家に帰るのが日課になっていた。

ここ数年、前日何を食べたのかろくに思い出せないような生活なのに

綾のメッセージを待ちながら過ごしたこの三日間の事は、

不思議なものでコンビニで買ってきた夕食や見たテレビ番組の事まである程度、思い出すことができた。

しかし、今日も落ち着かない時間を1人部屋過ごしている。


洗濯物を畳みながら、

今日の仕事の帰りコンビニで

タバコをうっかり買いそびれてしまったことに気がついた。

外はまた一段と気温が下がり、

今夜も枯れ葉を夜風が巻き上げている。

ここ数日で厚みの増した上着を身に纏うのがわずらわしくて外へ出るのを躊躇させたが、

このままスマートフォンを眺めていても、

波風の立たない時間に耐えられないような気がしていたので奮起して外へ出た。


コンビニまでの一本道を進む。

温泉が町の側溝にあふれて白い湯気をあげている。

街灯もなく静粛せいしゅくに落ち着いた街の中で、僕のスマートフォンの光だけがぼんやりと動いている。


情けない事にまだ綾のことを考えている。

メッセージで雑談を持ちかけるのも何か違う気がする、と。妙なプライドが邪魔をした。

3日前に交わした約束も

実際のところ綾はどこまで本気なのか今のところ知る余地もない。

もしも松本駅に綾らしき女性が当日現れなかったとしても、それはいつか友人に話す笑い話で済むのだが、どうもそうはいかない。

自己紹介御免で始まったいさぎ良さ、

綾と交わした流れるようなメッセージの全てが美しいと感じた。

僕は得体の知れない綾という女性に会いたいと思っていることが

たった三日間で実によくわかったのだ。



「あら、日置さんまた来たの?」

コンビニの奥さんは今日2度目の僕の顔を見つけてすぐに気がついた。


「どうも、タバコ買い忘れちゃって・・・二つお願いします」

「はい、どうぞ」

銘柄を伝えなくても出してくれる奥さんの仕事ぶりに感心する。

奥さんは真っ赤なセーターで制服すら着ていない。

絵に描いたように気さくに働いているが

ああ見えて英語が堪能で、外国人観光客に町の定食屋のメニューまで詳細に

案内しているのを見たことがある。


「あ、そういえば、今思い出したんだけど…町会議の時、お弁当持って帰らなかったでしょ?だめよ、変な気を遣っちゃ。結局余っちゃうんだから」


「あ、バレてましたか・・・」

──そういえばそんなこともあったな、と思い出した。


町会議に参加したのは仕事終わりだったので

一刻も早く用事を終えたかった僕は、会議が終わるや否や退室して家に帰ってしまったのだ。その後で弁当を食べながら交流会ならぬ会食があることは知っていた。

この町では異端なことをするとなんでも見つかってしまう。


「またゆっくりお話ししましょうね。日置くんは町の年寄りの人気者なんだから…」

奥さんは子供に諭すようにいった。


「ははは、すみません」

僕は、愛想よく頭を下げてコンビニを出た。


すぐにタバコに火をつけてスマートフォンに目をやる。

綾からの連絡はない。

──僕が綾のことが気になっている

と彼女に教えてやってくれと思う。

すぐに行動が筒抜けになるこの町のように。


振り返って、目の合った奥さんがガラス越しに一心不乱に手を振っている。

明るい人だ。

もう一度頭を下げて

僕は来た道を今度は逆に歩き出した。


「それではまた明日」

奥さんはそう言っている気がした。



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