第22話 異世界転移



「ピーター、さっきから何をそんなに怒っているの?」

「うるせえ」


 ニーポンで何時間も「Gホ〇ホ〇」に捕らわれ、その身の自由を奪われたことが、どれだけ彼のプライドを傷つけたか、エリカには知る術もない。

 

「何があったか知らないけど、いつまでもぐちぐち言ってるのは男の子らしくないわよ」

「ほっとけ!」


 準備中の二人の元へ、今回の召喚の儀にエリカを推薦したフィリップス卿が訪れた。


「どうだ、エリカ。準備の方は」

「フィリップスさま! はい。ご覧ください、準備はあと少しで整います」

「うむ。相変わらず見事なものだな、そなたの描く魔法陣は」

「ありがとうございます」


「おお、ピーター、ニーポンへ勇者の様子を見に行ったそうだな、真の勇者、サイトウ タクヤとはどのような男だったかな?」

「ああ、あんなのが勇者かってくらい、冴えない顔した野郎でしたけどね」

「なに? 彼が我らの最後の希望なのだぞ」


「そいつの顔が拝みたければ、不老毎度ふろうまいどっての撮ってきたんで、御覧くださいな、エリカが持ってるんで」


 瞬間飛び退き、首を横に振り、イヤイヤするエリカ。

「いけませんわ。フィリップスさま、これはわたくしの宝物。私だけの物」

「そ、そうか、まあ、無理には。もうすぐ会えるわけだしな」


「そう言えば、エリカ、あの男、淫魔を飼っていやがったぞ! あいつ本当に勇者なのか?」

「な、なんですってえ~~~!!」



  ****



「タクヤ、なぜ体調が悪いと言わなかった!」

 ミィーリィーの腕の中で、タクヤが薄っすら目を開けた。

「あ、あれ、美里さん、俺…」

 

「すごい熱ではないか、どうして黙っていた!」

「熱? そうですか? 風邪かな。いやぁ、でもたいしたことないですよ。さっきからちょっと、フラっとするくらいで。俺丈夫だし、体力だけは自信あるんですよ。頭悪いけど。ハハ・・・」

 言いながら立ち上がろうとしてよろけ、それをミィーリィーが受け止める。


「具合が悪いなら、こんな『バイトー』など、誰かに代わってもらえばよかったのだ」

「そんな、イブの日はみんな楽しみにしているんだから、そんなの悪いじゃないですか。俺は美里さんと一緒ならそれでよかったし」

 弱々しい声で言う。


「何を言っている! 死んだらどうするのだ!!」

 哀しげな顔で叫ぶ。

「あっ、そうか。俺、今そう簡単に死ねないんだっけ。死んだら魔王と戦わなきゃいけなくなるし。そんなの恐いし…。あ、いや、でも転生したら俺TUEEのかな、アハハ…」

 意識が朦朧もうろうとして、力なく支離滅裂なことを口走っている。



――しかし、母様はタクヤのことを、子供の頃から風邪一つひかぬ、元気な子だったと言っていた。それがいきなりこのようなことになるだろうか? 本当に風邪なのか…。

 ニーポンには優秀な医者がたくさんいると聞いたが、どうやって呼んだらよいのだ。私はニーポンのことを何も知らぬ。タクヤがいないと、私はただの役立たずだ……。



「ふうっ~、ふうっ~」と息遣いが次第に荒くなっている。眉を寄せ、苦しげに表情が歪んでくる。


 外の雨はいよいよ激しくなって、風を伴いバラバラと音をたて、ガラス張りの店の窓に何度も叩きつける。 


――やはりおかしい・・・。ただの風邪でこのような……。

その時、ミィーリィーの脳裏に一つの考えがひらめいた。


ああ、そうか…。なぜこんな簡単なことを今まで忘れていたのだ。

……そうだ、すべて私のせいだ。


 元々魔族に比べ、人間の寿命は短く、生命力も弱い。タクヤこそが真の勇者だと聞いて、何も考えていなかったが、転生勇者たちは皆、ナーザルに転移、転生して、初めてその強力な魔力を手に入れると聞いた。


 だが今ここに居るタクヤは、ただの一人のか弱い人間に過ぎない。それを、魔力を失くした私が、最上位サクバスのこの私が、魔力を回復しようと、こうも頻繁に精気を吸っていればどうなる?

 体力、免疫力、いや、生命力自体が失われて当然だ。


 ――そうだ、魔法も魔術もないこの世界で、私は魔力を取り戻すため、タクヤの命を吸って、今日まで生き永らえてきたのだ!!



  ****



「ちょっと、ピーター!! どうしてそれを今まで黙っていたのよ?」

「ああ、忘れてた」

「なんですって!」

 目の前に浮かんでいたピーターをパッと捕まえ、エリカが顔を近付けてにらんだ。


「そう言えば、勇者の暗殺に失敗して帰って来た者の報告によると、魔王軍の幹部が勇者の護衛に就いている、とかいうことであったな」


「勇者さまを暗殺ですって!?」

 エリカが今度はフィリップスを見て睨んだ。


「ああ~、いや、お迎えにあがった、親善大使だったかなぁ~」

 フィリップスがエリカから視線を逸らした。


「淫魔が護衛だなんて・・・。――どう考えても、それ色仕掛けじゃないのよぉ~~!!」

 捕まえていたピーターを放り投げ、頭を抱え、身悶みもだえして叫んだ。


「うわっ!!」

 ピーターが床に激突する寸前に態勢を立て直し、再び浮き上がった。

「あぶねえな、何すんだ!」


「そうとわかれば、一刻も早く勇者さまをこちらへお迎えしなければ!! さっ、急ぐわよ、ピーター!!」



  ****



「そうだ、魔力を、精気をタクヤに返すぞ!」


――だがしかし、ベルゼ様の予言によれば、とーらっくによる襲撃は24の日の深夜から、25の日の朝にかけて。もし、この後タクヤがとーらっくに襲われたら、弱った魔力、衰えた体力で、果たして守り切ることが出来るのか…。


 今、自分の腕の中にいるタクヤは、先程までの荒い息遣いとは違い、呼吸一つが弱々しくなってきている。発熱で熱かった体からも、次第に体温が失われていっているようだ。 


――やはり、これは風邪などではない…。迷っている暇はないかも知れぬ。このまま何もしなければ、タクヤの命が尽きる…。



「タクヤ! お前にもらった精気、いや、命をお前に返そう!!」


 目を閉じ、大きく一つ息を吸って、ミィーリィーが、抱きかかえていたタクヤの唇に、優しく自分のくちびるを重ね、ふう~っと自らの生命いのちを吹き込む。

 あたりにほとばしるミィーリィーの生命いのちが、ぱあっと輝く光の粒子となって二人を包み込んだ。


 やがて、光が消滅すると、二人抱き合ったまま、冷たい店内の床に静かに転がった。

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