第21話 クリスマスの夜に



「よく来たな、1248円だ。欲しければ金を払え。レジ袋はいるか?」


 タクヤがバイトするコンビニのレジ。ミィーリィーがタクヤを真似て、レジで接客の練習をしてみた。


「どうだ、店長。私は使ってもらえるだろうか? よろしく頼む!」

 ミィーリィーが悪びれずに言う。

 

 いつでも二人で一緒にいたい、と言うミィーリィーが、バイトをするというので、面接に連れて来たのだが…。


「う~ん、まあ、斉藤君の紹介だしね、人手は欲しいから採用するけど。敬語をちゃんと教えてあげてね。それまでは一人でレジとか接客は任せられないねえ」

「ハハ…、彼女、外国暮らしが長かったもんで…」

「そうか、帰国子女なんだ。可愛い子だし、彼女目当てにお客さんが増えればありがたいけどねえ」

「はあ、そうですね…」

  


  ****



 12月24日

 今年のクリスマスイブは日曜日だった。その日は生憎あいにく、朝から雨模様で、夜半から激しく降る予報が出ていた。


「それじゃぁ、二人、あとよろしくね」

 店内のお客が居なくなったころ合いを見計らって、店長が二人に声を掛けた。

「はい。わかりました」

「任せておけ、店長!」


「ああ、そうだ斉藤君、バックヤードの冷蔵庫に小さなクリスマスケーキが入ってるから、あとで暇な時に二人で食べて。たぶん、この雨じゃそんなにお客さんも来ないだろうから」

「えっ? いいんですか、すみません、ありがとうござます」

「こっちこそ、クリスマスイブに入ってもらって、有り難いよ。美里さんにシフト代わってもらった鎌田君も喜んでたよ。ま、ささやかなクリスマスプレゼントってことで」


 笑いながらそう言うと、店長は降りしきる冷たい雨の中、傘を広げて帰って行った。


「やっと、二人きりになれたな、タクヤ!」

「仕事中ですよ、美里さん」

「相変わらず固いことを言うのだな、タクヤは。硬いのはここだけにしておけ!」

 言い終わらぬうちにタクヤの股間を掴んだ。

「うひゃ! また~、何するんですか!!」

「アハハハ。仕方なかろう、そういう種族なのだ、私は!」



  ****



 同日 

 同時刻

 ナーザル 

 帝都王宮 第一広間


 帝国の存亡を掛けた国家プロジェクトとも言える「勇者召喚の儀」

 その担当召喚術師として、大役を任された稀代きたいのサモナー、帝国最年少召喚術師のエリカが、今も明朝の儀式の準備に余念がない。

 当然、筆頭使い魔のピーターも、その準備に駆り出されていた。


「ピーター! そう言えばちゃんと聞いてなかったけど、確かに夢の実を使って、勇者さまに夢を見ていただいたんでしょうね?」

 使用する魔法陣の計算をしながらエリカが言った。


「もちろんだ! 言われた仕事はすべてきっちりこなしてきたぜ。俺を誰だと思ってんだ!!」

 エリカの頭上を舞いながら威勢よく答えた。

 

「そう、よかった。まっ、夢の実の仕掛けがなくっても、私の実力からすれば、勇者さまの召喚に失敗するなんて、絶対に有り得ないけどね」

「なに~~! だったら、わざわざあんなとこに俺を行かせんじゃねえよ!!」

「ダ・カ・ラ…、こっちの方が重要ミッションだって言ったでしょ!」 

 言いながら、にっこり笑ってタクヤの写った不老毎度ふろうまいどを見せる。

「てめえ、ふざけんな~~!!」



  ****



――あれっ…

 タクヤがレジに溜まっていた買い物かごを、所定の場所に戻して振り返った時、いつにない眩暈めまいを感じて一瞬座り込んだ。

――ふうー、暑いな、ちょっと暖房効き過ぎじゃぁ…


「タクヤ、タクヤ! この機械はどうやって使うのだ!」

 見ると、ミィーリィーがお客に言われ、バーコードリーダーを持ってまごついている。

「あ、お客様只今参りますので、少々お待ちください」



「すまなかったな、タクヤ、面倒を掛けた」

「いや、俺の方こそ、店長に美里さんにはまだレジやらせるなって、言われてたのに、ぼうっとしてて」



 窓の外では相変わらずの激しい雨が降っている。通行人もほとんど見られない。壁掛け時計の時刻は、午前2時半を回っている。


「誰も来ないな」

「そうですね、この雨だし。それに明日は月曜日。クリスマスイブ、って言っても、そうそう皆さん浮かれてもいられないでしょう。学校も明日が終業式かな。

…って、そうは言っても、普段からこの時間帯はほとんど人来ませんけどね」


 タクヤは入り口の自動ドアの向こうの、大通りを眺めながら言った。


「あっ! そうだ、今のうちに店長に貰ったケーキを食べちゃいましょうか!」

「そうだな」

「俺、取って来ますね」

 そう言ってバックヤードに入って行った。


 しばらくすると、タクヤがお盆に載せたケーキを運んできた。見るとケーキと一緒に、クリスマスカラーの包み紙に、リボンの付いた小箱が載っている。


「美里さん、これ」

 タクヤが小箱を差し出した。

「なんだ、これは?」

「クリスマスのプレゼント…」


「おおっ!!」

 ミィーリィーが驚きの声を上げた。

「ところでタクヤ……。しばらく前から皆が言っている『くりするます』とは何だ?」

「えっ? クリスマス、ナーザルにもあるんじゃ…?」



 ミィーリィーが箱を開けると、中から小さなハート型のネックレスが出てきた。

「これを私に…。タクヤ、これもお前の好きな『ろーりた』とかいうやつか? こ、これを着ければ私も『ろーりた』になれるのか!!」

「いや、だから、俺、そんなロリータ好きじゃないんで。ロリータ、関係ないです!! まあ、別に嫌いじゃないですけでどぉ…」


 早速ミィーリィーがネックレスを着けてみる。

「どうだ、似合うか?」

「ああ、うん。とっても…。俺、女の子にこういうのあげたことないんで、どんなのがいいか、よくわからなくて…」

「タクヤのくれるモノなら何でも嬉しいぞ! しかし、私はタクヤにあげるプレゼントを用意していない…」

「そんなのいいですよ。気にしなくて」


「そうだ! それならば私のカラダをお前にくれてやろう! 『くりするます』で特別だ。今だけは私も精気を吸うのを我慢する。だから…、さあ思う存分、今すぐ私のカラダを好きなようにするがいい!!」

 満面の笑顔で両手を開いて差し出す。


「わあ~あ~、そんなことできるわけないでしょう!! こんなとこで。何そんな恥かしいこと言ってんですか~。ほんとにいいですって、気にしなくても」

「そうかぁ?…。せっかくやると言っているのに…。タクヤは欲がないのだな~」


  ****


「私はナーザルでは甘いモノはあまり好きではなかったのだが、このニーポンの『スイーつうー』とかいうやつはうまいものだな」

「そうでしょう? 世界的に見ても日本の食い物は最高だって言いますもん」


「なるほどな、それに…」

 プラスチック製のフォークに刺したイチゴを見ながら、

「こんなに甘い野いちごは初めて食べたぞ!」


「よかったですね。でもそれ、野イチゴじゃありませんよ。それより、紙皿が売れて少なくなっているから、後で補充しとかないと。今も一つ買って使っちゃったし」

「野いちごではない?」

 

「よかったら、残りのケーキ、全部食べていいですよ」

「ほんとか!?」

「甘いモノが好じゃないですか。やっぱり美里さんも女の子ですね。ゆっくり食べててください」

 笑いながらタクヤが立ち上がった。



 少しして、突然商品が崩れ落ち、散らばる大きな音がした。

 残りのケーキを食べていたミィーリィーが視線をやると、前方の棚の前で、タクヤが倒れている。


「タクヤどうした!!」

 すぐに駆け寄って、倒れてぐったりしているタクヤを抱き起した。


――熱い! いつもはこんなに熱くない。まずい、人間がこれほどの熱を出すのは…

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