第20話 過去の罪
ピーターが放った
身を起こし、そのままベッドに腰を掛け、しばし呆然としている。
「今のは、夢……」
生々しい魔王軍による、ナーザルの人たちに対する虐殺。女、子供も容赦ない、まさにジェノサイドと呼ぶにふさわしい残虐行為。それに加わる男の姿をしたインクバスのミィーリィー。
自分が好きになった人の信じられない行為を目の当たりにして、胸がキリキリするように痛んだ。
――俺が……、俺がナーザルに転移して、魔王軍からあの人たちを救わなければならない?
最後に見た、勇者として悪魔たちと戦う自分の姿。仲間たち。そして聖女、プリーストだろうか、彼女が自分に向ける信頼の笑顔。
本当に自分は異世界へ転移して勇者となり、仲間とともに魔王と戦うことになるのだろうか? 彼らは本当に自分を必要とし、ナーザルに転移することを心待ちにしているのだろうか?
わからない…、わからない。どうすれば……。
頭の中が真っ白になり、ベッドの上で膝を抱え、何を見るでもなく、ただぼうっと前の方を見つめていた。
****
「起きたのか? タクヤ!」
半開きのドアから、ちょこんと顔を出し、にこっと笑ってミィーリィーが声を掛けた。
「美里さん…」
「どうだ? これは。母様に買ってもらたのだ」
そう言って室内に入って来て、くるりと一回りして見せた。
黒を基調に白の縁取りのある、いわゆるゴスロリ風のワンピースだった。
しかし、少女の面影の残る、今のミィーリィーの風貌に、それは意外なほど馴染んで見える。
「私が黒いのがいいと言ったら、母様が、タクヤはこのような『ろーりた』とかいうのが好みだと言うから、これにしてみたのだが、どうだろう?」
「い、イヤイヤイヤ・・・、俺ロリコンじゃないから~~。あんのババア、何適当教えてんだ!!」
慌ててタクヤが立ち上がった。
「タクヤはこういうのは嫌いか?」
当惑したような、上目遣いのミィーリィーの顔が目の前にある。
「えっ? あ、いや、そんなこと…。とっても、似合ってます……」
下を向いて、ボソボソと言う。元よりイヤであろうはずがない。単に恥かしかっただけだ。
「そうか、気に入ってくれたか! 私のいつもの格好とか、なんにも身に着けていない方が、殿方は一番喜ぶと思う、と言ったのだが、母様にそれはダメだと言われた」
「ハハッ…。そうですね…」
そう言った時、一瞬目の前が白くなって、タクヤがふらっ、とよろめいた。
「タクヤ!」
ミィーリィーが抱きとめた。
軽い貧血のようで、一瞬で意識が戻った。
ところが、目を開けたタクヤが、ミィーリィーの顔を見るなり、
しばらくやや粗い呼吸をしていたが、すぐに落ち着きを取り戻し、ミィーリィーに促され、二人並んでベッドに腰掛けた。
「どうした、タクヤ。大丈夫か?」
「ああ、うん…。大丈夫」
「急に大きな声を出して、どうしたのだ?」
「夢を、見たんだ。さっき……」
「夢! 夢か? 夢なら私の専門分野だ! どんな夢だ? もちろん私の夢であろうな。言ってくれれば好きな夢を見せてやることも出来るぞ! ただし、大人の夢限定だ!!」
それを聞いてもまだ暗い表情で、タクヤがうつむいている。
「どうした?」
「確かに、美里さんの夢なんだけど…、男の…」
「!?・・・・・・」
「あれは、ナーザルの夢。ナーザルの人たちが大勢、魔王軍に殺されて…、その中に男の姿をした美里さんもいて…」
――誰だ、誰がタクヤにそのような夢を……
「あれは、あの恐ろしい悪魔の男は、美里さん、なんでしょ?」
顔を上げ、タクヤが尋ねた。
しばらくうつむき加減で唇を噛んでいたミィーリィーが、その重い口を開いた。
「……そうだ。ナーザルでの私は、魔王軍の幹部。ずいぶんとたくさんの人の命を奪って来た……」
「なんで…、なんでそんな酷いことを…。俺にはこんなにやさしい美里さんが……」
訴えるようにタクヤが問い詰める。
「それが、悪魔の本能だから…。奪え、壊せ、殺せ、本能が私にそう命じた。――そうして何も考えず、私はそれに従った。」
美里の眼に涙が光った。
「だが、ニーポンに転移した今の私に魔力はなく、角も、翼も尾も失くし、ヒトの姿になってしまった。そのうちに…、心もどんどんヒトに近くなっていくような気がした。だから今、かつてのことを思うと胸が痛む。
――タクヤ、信じて欲しい…。ニーポンにいるこの私は、ヒトとして、勇者どの、おまえのことを好きなった!!」
下を向いて苦しげに話すミィーリィーの眼からポタポタと涙が零れ落ちる。
――泣いている…。この私が?
「タクヤが夢の中で、かつての私の姿を見て、同族である人間を殺した私のことが許せないというのならそれでもいい。許してくれとは言わない。全部自分のやったことだ。嫌いになってもいい。ただ、どうか最後まで、私にお前のことを見守らせて欲しい」
顔を上げたミィーリィーが
「もういいよ、美里さん」
無言でミィーリィーの話を聞いていたタクヤだったが、そっとやさしくミィーリィーの手を取って言った。
「なんて言ったらいいかわからないけど…。でも、俺、今の美里さんのことが好きだし。
まあ、正直、自分がこれからどうしたらいいかもわかんないんだけど」
ミィーリィーが顔を上げた。顔中に涙が溢れている。そっと、ティシュで拭いてやる。大人しくじっとして、こちらを見つめるその顔がかわいらしく、表情からタクヤはミィーリィーの気持ちがわかったような気がした。
――ああ……、この人、日本に来て、次第に人の心とか感情が自分の中に沸いてきて、どうしていいかわからず、苦しんでいたんだ…。
でも…、俺だってそうだ、どうしていいのかわからない。このまま自分だけ幸せならそれでいいのか? 救いを求めるナーザルの人たちを放って置いてもいいのか…?
だけど…、何よりも俺に魔王が倒せるのか…?
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