第19 夢の実



「美里ちゃん、今日一緒にお買い物に行かない? 妙子には内緒よ!」

 朝食の片づけが終わった後、ダイニングで一息つきながら、笑顔の珠子が言った。

「母様、今日は仕事に行かぬのか?」

「そう、今日はね、有給を取ってるの!」

 嬉しそうに言う、珠子の様子に怪訝な顔でミィーリィーが尋ねた。


「とった……? ユーキュウを? 誰からとったのだ? 母様の御主人は『とーらっく』に撥ねられて、すでに亡くなったのではなかったか?」

「そうねえ、誰からって言われたら、社長? かしらね」 

「その社長とやらの雄球ゆうきゅうは取れるのか? それは、ある意味便利かもしれんが…」

「さあ、社長は有給なんて取らなくても平気なんじゃない」


「しかし、私はやはり好きな男の雄球ゆうきゅうは、二人で一緒に使わねば意味がないと思うのだが…」


「そうね、二人でどこかへ行きたいなら有給を合わるのがいいわね」

「うむ、私もタクヤの雄球ゆうきゅうを使って二人でたいのだが、いつも使う前に私が精気を吸い過ぎてしまってな…」

 恥かしそうに、うつむき加減に頬を赤らめる。


「やあねえ、美里ちゃん、バイトの宅哉に有給なんてないわよぉ~」

 珠子が大きな声で笑った。

「いや、ちゃんと付いておったぞ」

 キョトンとした顔を上げて言った。

「・・・美里ちゃん…、一体何の話?」

「…?」


「いや、しかし、私はタクヤを見守っていなければ…。あやつを置いたまま出掛けることは出来ん」

「何言ってんの、平気よ。赤ん坊じゃないんだから、なにも寝ているとこまで見守ってなくても」

 深夜のバイト明けで、タクヤは自分の部屋で爆睡中だ。


――確かに、ベルゼ様の手紙によると、12の月、24の日の深夜から、25の日の朝にかけて勇者がとーらっくに襲われるとのこと。ならば、今は安全ということか・・・


「美里ちゃんのお陰で、あの子、またやる気を出してくれたみたいだし。お礼がしたいの。感謝してるのよ。ありがとう」

 珠子の目が少し潤んでいた。 



 ****



 その日の午後、タクヤの部屋。

 未だ、タクヤは爆睡中である。今日の予備校の授業は夕方からだ。


 昨日は急遽シフトの穴埋めに入ったため、夕方から早朝まで、長時間勤務になり、疲れ切っていた。

 それに加え、受験勉強のやり直しをするため、まだ籍のある予備校にも再び通い出した。家でも時間があればテキストを開くようになった。


 あれほど好きだったゲームや漫画、アニメを見る時間も激減した。事程左様ことほどさように男にとって、好きな女の存在とは偉大なのである。

 ・・・いや、それだけではない。この斉藤宅哉という男、仮にも「真の勇者」などと呼ばれるだけあって、実はやさしく、根は真面目なのだ。

 

 そんなタクヤの部屋に、カサコソと、Gが一匹。いや、ニーポンに来て力を失い、飛べなくなったピーターだった。


「よし、すぐにミッションをクリアして、こんな所からはとっととオサラバだぜ!」


 そう言うと、早速ピーターはタクヤが寝ているベッドの頭上にある、ベッドボードによじ登った。

 ズボンのポケットから夢の実を取り出す。

 出発前にごねて、これにも小型化魔法をかけてもらって正解だった。ニーッポンという国は、人が思うほど、そんなに甘い世界ではなかった。

 昨日洗ったおかげで、まだ湿っているが、効力に問題はなかろう。


「ちっ、のんきな野郎だな」 

 眠っているタクヤの顔を、ベッドボードの上から逆さまに見て、ピーターは慎重に、両手で夢の実を放り上げた。

 宙に舞った夢の実は、まるで眠っている人を認識したかのように、タクヤの頭上で光を帯び、はじけ飛んだ。

 スターダストのような光の粉がきらめいて、タクヤの頭上に降り注ぐ・・・。


 やがて、タクヤの見る夢は・・・。――ナーザルの夢。



 魔王ルシフェルとその軍勢が人間の街を襲う。人々が次々と虐殺されていく。血だらけで泣き叫びながら逃げ惑う子供たち。赤ん坊を抱えた女が炎に飲み込まれていく。


 悪魔の攻撃に吹き飛ばされる兵士たち。群れを成して攻め込んでいく魔王軍、その一群の中に、ミィーリィーもいた。男の姿をしているが、タクヤにはそれがミィーリィーだとすぐにわかった。


 やがて、闘いの合間に、女の姿に戻ったミィーリィーが、ルシフェルに寄り添う。いつもとは違う、大人びた顔のミィーリィー。その肩を抱き寄せるルシフェル。陽が沈み、暗くなる二人のシルエット。

 それを見て、どくん、どくんと、タクヤの胸の鼓動が速くなる。


 場面が変わり、急にまばゆい光で視界を取り戻した。


 手にした剣で、次々と悪魔たちを斬り倒す。無数の悪魔の群れの中に飛び込み、縦横に駆け抜け、敵を圧倒した。

 振り向くと、そこに笑顔のパーティー仲間が。すぐに自分の胸に、ピンクの聖なる教会服の若い女が飛び込んで来た。抱き合う二人・・・。


「…って、なんだよ・・・、これ。エリカの奴、演出過剰じゃねえのか? ――まっ、夢を見せるのも、このくらいでいいか」

 タクヤの見る夢のイメージがピーターにも伝わってきて、あきれたようにつぶやく。


 ピーターが『これっきりちぇっけ』を取り出し、ベッドボードの上でよろけながら構えた。シャッターを押す。ピカリと強烈な光を放った。

 その光にハッとして、タクヤの目が覚めた。


 このタクヤの寝顔を捉えた写真が3枚目になる。――2枚目は・・・


  ****


 エリカの魔杖まじょうの先端が明滅し、『これっきりちぇっけ』からの信号をキャッチした。

「来た!! 待ってて、ピーター。すぐにこちらに呼び戻してあげる!!」


 ピンクの杖をかざすエリカ。周囲に蒼白く発光する小さな魔法陣がいくつも出現し、回転しながら光を放った。


「汝、ピーター。我が元へ。――×*#$♂☆◎・・・!!」


 呪文を詠唱すると、エリカの前方の天井に、大きな魔法陣が現れて回転を始めた。中から光が照射し、ゆっくりと金色の光に包まれたピーターが姿を現した。


「お帰りなさい、ピーター!」

 エリカが笑顔で両手を差し出した。


 魔法陣から飛び出したピーターは、勢いよくエリカの頭上に舞い降りると、

「このヤロウ! よくもあんな所に俺を送り込みやがったな!!」

 と言って、その小さな拳でポカリっとエリカの頭を殴った。


――ふんぎゃ!!

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