第18話 運命の日



「まったく、あの変な箱のお陰で酷い目にあった」

 ピーターが斉藤家の風呂場で、ネバネバになった身体と服を洗っている。いつもなら、体が小さくても、魔法を使えば何でもないことが、ニーッポンではそれが出来ない。蛇口から水一つ出すのも一苦労だ。

「くそっ、取れん! 一体何だったのだ、あの平たい家のような箱は」


 現在時刻 日本時間 PM 9:43 

「Gホ〇ホ〇」から何とか抜け出すまで、都合15時間以上かかった計算になる。


――あの箱の屋根に描いてあった黒い虫、あんなモノと俺を見間違えたのか。あの小娘、今度会ったらただじゃおかんぞ!!



 服を脱いだ妙子が、風呂場の横の洗面台に、掛けていた眼鏡を外して置いた。

 目が疲れるので、学校から帰ってくると、コンタクトを外して眼鏡にすることが多い。


 タオルを持って風呂場のドアをスライドさせて開けた。



 すべて洗い終わり、ピーターがバスタブのふたの上に、小さな服を干そうと並べて置いていると、不意に風呂場のドアが開き、妙子が現れた。


 ピーターがドアの方を向く。

「ん?」

「えっ?」

 二人の視線があう。

 

「うっきゃぁ~~~。 なんなの!? また出た~~!!」

「うわっ! またあの小娘か!!」

 

 妙子はそばにあったプラスチック製の白い柄杓ひしゃくを手に取ると、

「Gは絶滅しなさいよねえ~~」と叫んで、ピーター目掛けて振り下ろす。


 ピーターがバスタブのふたの上で身をかわす。

「だから、俺はGなんて虫じゃねえー」

 叫んで干していた服を小脇に抱え、バスタブの蓋から飛び降りると、一目散に走って逃げて行く。 

「くっそー、飛べないとなんてミジメなんだ!」


 

 妙子が風呂場から飛び出すと、廊下でミィーリィーとぶつかりそうになった。

「妙子! いつも、裸はいかんと言っていたくせに、自分も裸でウロウロしているではないか」

「美里さん! また出たのよ、Gのヤツが!」

 バスタオルを胸に巻きながら答える。


「朝の妖精か? アヤツ、まだこの家にいたのか?」

「妖精なんかじゃないわよ、あれ。Gよ。人類の天敵なんだから!!」

 言いながら左右の床を見廻す。

「ほぉ~、人族の天敵は魔族だと思っていたが、ニーッポンでは妖精が天敵なのか?」


「そんなこと、どうでもいいから、あっ、いた! 美里さんちょっとそこどいて!!」

 柄杓ひしゃくを持ったまま、二階に逃げて行ったピーターを、執拗に追い掛けて行った。



  ****



「・・・ぃらっしゃいませぇ~」

 入店を告げるチャイムと共に、深夜のコンビニでバイト中のタクヤが言う。

 今、店内には他に誰もいない。


「あれっ!? 美里さん、どうしたの?」

「うん…、ちょっと、タクヤの顔が見たくなって、な…」

 少し恥ずかしそうに、視線を落とした。頬が紅い。ベージュのセーターにスカート、黒のダウンコートを羽織っている。


「そんな、嬉しいけど、さっき別れてから、まだそんなに時間経ってませんよ」

 そんなミィーリィーの言葉に、嬉しそうにタクヤが笑った。


「そ、そうなのだが…。――そうだ! 私もその、『ばいとー』とかいうのをやっても良いか? そうすれば、ずっと一緒にいられる」

「ああ・・・、でもそれは店長に聞いてみないと」


「最近、昼間も予備校とやらに出掛けたり、家に居ても勉強をしていたりしているであろう、そんなことでは、人間みたいなつまらないモノになってしまうぞ」

「でも、俺、少しでも美里さんにふさわしい男になりたいから。――一緒にいても、他の人に、なんであんな奴が、って顔されるの、嫌だし」

 真剣な表情で、視線を落とした。


「働いてばかりの真面目な男など、悪魔にはふさわしくないな。飲んで、食って、、遊んでおれば、それでよい…」

「そんなんじゃ、俺、ますますダメ人間になっちゃいますよ!」

「それでよい…。悪魔は男を堕落させるものだ!」


 そう言って、ミィーリィーがタクヤに抱きついて来た。

「ちょっと、美里さん、防犯カメラに映っちゃいますよ!」

「フフッ、よいではないか」

 笑いながらわざとタクヤの胸にきゅっとしがみつく。艶やかな黒髪からほのかな芳香が漂う。

「お風呂、入ってきたんですか?」

「ふむ」

 笑いながらタクヤの顔を見上げる。

「シャンプーの匂いがする…」



「タクヤ、12の月の、24、25の日は何か予定があるのか?」

「えっ? それって、もしかしてクリスマスのことですか? ナーザルにもあるんですか? クリスマス。 

――ああ~、でも俺なんて毎年クリぼっちだから、今年もイブの夜から25日の朝まで、バイト、入れちゃってます」


「それはつまり、この場所に居るということか?」

「そうですね。ああ、でも今年は美里さんが一緒にイブを過ごしてくれるんだったら、バイト、入れなきゃよかったかなぁ…」

 タクヤが急にもじもじしながら言う。


「そうか……」

――まあここならば「とーらっく」に襲われることもなかろう。「とーらっく」の方からここに突っ込んで来たりしない限り……


 

 **** 



 その日の夕方、タクヤがバイトに出掛けた後、突如出現したデーモンズ・ゲート。そこに現れた賢者ベルゼから遣わされたナーザルの使者。


 使者は、ミィーリィーに賢者ベルゼから託された手紙を渡すと、時限魔法で破裂し、すぐにナーザルへと帰還した。


 ベルゼからの手紙は、


真の勇者「サイトウ タクヤ」が、ナーザルへ異世界転移する日を突き止めた。

ニーッポン時間 12の月、24の日の深夜から、25の日の朝にかけて。

この間に「とーらっく」に撥ねられ、ナーザルに転移するであろう。

必ず、勇者を「とーらっく」から救い、異世界転移を阻止せよ、という連絡であった。


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