第17話 Gになったピーター



「・・・これを。」

 ひもの付いた、桃色のくるみのような小さな木の実を、たすき掛けにピーターに掛ける。

「なんだ? これは」

「夢の実よ」

「夢の実?」

 ピーターがラグビーボールのような木の実(あくまでピーターのサイズ感で見た場合のことではあるが)を両手で持ちながらき返した。


「この実を勇者さまが寝ている時に頭上で割って、夢を見せて欲しいの。勇者さま自身が一刻も早く転移し、私たちナーザルの民を救いたくなるような夢を見ていただくの」

「なるほど、勇者自身が異世界への転移を望めば、それだけ召喚しやすくなるということだな。やはり、策士だな。エリカ」


「やっだ~~、何を言ってるの、これはインチキなんかじゃないんだからね。昔から伝わる伝統的な召喚の手法なんだから。どんな凄い術にも下準備は必要なのよ」

「はいはい」

 いい加減な返事で、ヘブンズ・ゲートへ歩を進めようとしたピーターを、エリカが呼び止めた。

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」


「なんだ? まだ何かあるのか」

「はい、これ。むしろこっちのミッションの方が重要よ!」

 小型のカメラのような物を手渡す。

「これは昔ニーポンから転移してきた人が持っていた『これっきりちぇっけ』という物を改良して作ったものよ。あなたが使えるように小型化魔法をかけたわ。これで、勇者さまのお姿を絵札に写して来て! これで写せば、この中でいつまでも年を取らないから、ニーポンでは『不老毎度フロウマイド』って言うんだって!」

 


 **** 



 12月20日 日本時間 AM6:28


 寒い冬の朝。

 自分の顔の近くで、不審な気配を感じ、妙子が目を覚ました。目の前には小さな男の顔があった。・・・のだが、妙子は近視で、普段はコンタクトを使用している。当然つけていない今は、視界がぼんやりしている。


「うっきゃぁ~~~」

「ああ、すまない、驚かすつもりはなかったのだが、ちょいと勇者を捜していてな、お前の兄貴だと思うのだが、どこに・・・」

 妙子の目の前で、ぶっきらぼうにピーターが言った。


ぐぅぉぐぅぉきぶりゴキブリがぁ~、しゃべったぁ~~!」

 叫んで跳び起きると、勉強机の上にあったファッション雑誌を丸めて振り回し出した。


「おおい、いきなり何をする! やれやれニーポンの女は乱暴だな」

 ヘブンズ・ゲートを通り、先程ニーポンに転移して来たピーターが、右に左に身をかわし、羽を震わせて飛びながらボヤくように言う。

「い~やあ~~、とんだ~~!!」

 こちらに向かって飛んでくるGほど怖いものはない。いよいよパニクッた妙子が大声を上げた。 


「な、なんだ! どうした!? 妙子、痴漢か!?」

 声を聞き付けたタクヤが、勢いよくドアを開けて、妙子の部屋に飛び込んで来た。素早く左右を見廻す。


 それを見たピーターは、

「なんだ。コイツが勇者か。すっとぼけた顔してるな」

 タクヤの周りを2、3回ブンブン飛び廻ると、パシャリとシャッターを押す。


 ――ビカッ!!


「うっ!」

「やっ!」

 フラッシュは想像以上のまぶしい光を発して、一瞬、タクヤも妙子も目がくらみ、目を押えながらしゃがみ込んだ。


『これっきりちぇっけ』が寝ぐせがついて、いつにも増してえないタクヤの顔写真を吐き出した。

 

「エリカはこんな物が欲しいのか?」

 それを見たピーターは、出発前に「これは三枚しか撮れないから、三回目のシャッターを押したら召喚の合図ね」と言われたことを思い出し、それをポケットに入れた。


「ほぉ~、これは珍しい。ニーポンに妖精がいるとはな」

 背後から声がした。

「なにヤツ!」

 ピーターが身をひるがえし、振り返った。


「お前、淫魔だな」

 ピーターの表情が一瞬厳しくなった。

「そう言うお前は・・・、妖精、とは言え、誰かの使い魔かな?」

 ミィーリィーがニヤリと笑った。

「ふん。お前の知ったことではない」

 ピーターがそっぽを向く。

「そうか、それより、お前、よくそんなに飛んでいられるな」

 不思議そうにミィーリィーが言う。

「何だと? あっ!!」


 その瞬間、高速で羽ばたいていたピーターの羽の動きがピタッと止まり、真っ逆さまに急降下して床に落ちた。


「やっぱりな。魔力、いや妖力切れだ」

「くう~、何てことだ・・・」

 受身を取って転がったピーターがうめいた時、

――バシッ!!

 ピーターのすぐ横を、丸めた雑誌が強烈な風圧と共にかすめた。


「うわっ!」ピーターが跳び上がった。

「妙子、待て」という、ミィーリィーの声は、G退治に燃える妙子の耳には全く届かない。


「お兄ちゃん、いた! Gのヤツ!!」妙子が叫んでピーターを追い掛ける。

「あれ、ホントにGか? Gって光るのか?」独り言のように言いながら、タクヤが後をついて行く。


 ほうほうのていで部屋を出て、うように逃げるピーター。ドアのいていた直ぐ近くの部屋に駆け込み、そのままベッドの下に潜り込んだ。

「なんだ? ここは・・・」

 身体がなにやらネバネバするモノに囚われ身動きが取れなくなった。廊下から声が聞こえてきた。


「逃げられたみたい」

「なんか、俺の部屋に入って行かなかったか? 嫌だなぁ」

「大丈夫だよ、お兄ちゃんの部屋のベッドの下にも『Gホ〇ホ〇』仕掛けてあるから、すぐ捕まるよ」

「マジか? 二階には滅多に出ないのに。普通、台所とか、よく出そうなとこにしか仕掛けないだろ。お前のG嫌いは筋金入りだな」

「それっくらい、嫌いなのよ」


「俺も、ニーポンが嫌いだ・・・」ピーターがつぶやいた。


 ****


 その日の午後。

「何をしているのだ?」

 ミィーリィーが、さっきからずっと机に向っているタクヤに聞いた。

「受験勉強ですよ。母さんの言う通り、美里さんがずっと俺と一緒に居てくれるって言うんなら、俺も大学行って、それなりの会社に入って働かなきゃって思って」

 タクヤが照れくさそうに、少し笑いながら下を向いた。


「それなら、もうコンビニで働いているではないか?」

「経営者ならともかく、バイトですからね」

「そんなに働いてばかりでは一緒に遊べぬではないか。いざとなれば必要な物はその辺の店から頂戴してくればよい。遊んで暮らさねば魔族とは言えんぞ」

「ダメですよ、そんなことしちゃ。捕まっちゃいますよ」

「ケイサツにか? なら大丈夫だ。あの石井とかいう警察の女に頼んで逃がしてもらえばよい。友達になった」


「ダメですって、そんなの」

 タクヤがやさしく笑いながら言った。

「そうなのか? ニーポンの暮らしは大変だな・・・」

「大丈夫ですよ。俺がなんとかします。・・・面白いですね、美里さんって」

「そうか?」



 タクヤがバイトに出掛けたすぐ後、陽が沈み、薄暗くなってきた部屋に一人残ったミィーリィーは、異様な気配を感じて天井を見上げた。

 そこに、虹色に揺れ動く丸い穴が現れ、中から誰かが顔を出した。

「ミィーリィー様!」

「おぬし、賢者ベルゼの使いの者か?」

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