第16話 二人の気持ち



「いいこと、ピーター。しっかり勇者さまのこと、見てきてね。今度の召喚の儀、幼いころからの私の夢。必ず成功させるためには、何と言っても情報が一番大切なんだから」

 人差し指を立て、ピンクの召喚師、エリカが言った。


「エリカはその勇者のことが好きなのか?」

「やっだ~~。ピーターったら!!!」

 言葉と共に、エリカの右腕が振り下ろされた。


 ビタン!!


 照れたエリカが、いきなりピーターを張り倒す。宙に浮かんでいたピーターが、勢いよく床に張り付いた。

「何すんだ!」

 起き上がったピーターの言葉は無視して、エリカが語り出した。


「そう、異世界から私が真の勇者を召喚し、その方と一緒にパーティーを組み、仲間たちと共に魔王討伐の旅に出る……。

――やがて二人の間に恋が芽生え、苦難の末、魔王討伐の後、私は勇者さまと結ばれる……」

 祈るように胸の辺りで手を合わせて組み、遠い目をしている。

「そう、私が幼い頃からずっと憧れたきた物語……。とうとうその夢が叶う時が来たのよ!!」


「勇者さまとは、そんなにいい男なのか?」

「やぁねえ、ピーターったら。だから、それを今から見てきて欲しいのよ。ニーポンに行って」

「うぇ~~~~~。マジか? エリカ」

 心底嫌そうな顔をするピーター。

「マジです!!」

「でも、いい男じゃなかったらどうすんだ?」


「その時は……」

 ――そんなことは絶対に有り得ない……。眉にしわを寄せて首を振り、その問には答えない。じょうを振り上げ、空間に虹色に渦巻く小さなホールを出現させた。


「ピーター、このヘブンズ・ゲートを通れば、ニーポンに行けるわ。でもね、このゲートは昔から一方通行なの。だから、帰る時は私があなたを召喚するわ! その時が来たら、合図して。これを・・・」

 

 

 ****



 ナーザルからの転移者二人は、駆け付けた石井、栗田、二人の警察官にそのまま引き渡した。事情聴取では、仕方なくコンビニ強盗だということで強引に押し通した。

 ミィーリィーと違い、一夜明けてもタクヤは、捕まった二人のことを思い、一抹の不安をぬぐい切れず、その日一日、もやもやした気持ちで過ごした。


 夕飯の後、二人で部屋に戻り、タクヤが言った。

「でも、本当によかったのかな? ナーザルから転移して来た人を、日本の警察に引き渡してしまって・・・」

「またその話か。まあ、平気だろう。あやつらとて、元より命懸けでニーポンに転移して来たのだろうからな。いざとなれば、自害してでもナーザルに戻るだろう」

 ミィーリィーはほとんど意に介さない様子で答える。

「自害って…」

 タクヤが眉を寄せた。


「そんなことより、昨日のタクヤの活躍は見事だったぞ!」

「そんな、大したことないよ。あの時、美里さんに助けてもらわなかったら、俺、あの子にしめ殺されて死んでたでしょ」

「いやいや、あの後の剣さばき、見事なものだったぞ。いよいよ勇者として目覚めたのかも知れんな」

「そうかなぁ、そんなんじゃないと思うけど……」


「あの動き、あまり見かけない剣術であったな。それに、とても色気のあるあの声、思い出したらなんだかまたムラムラしてきたぞ。さあ、今宵こそ、二人結ばれようではない、か?」

「まぁた、そんなことを…」

「仕方あるまい。私は生まれつき、そういう種族なのだ。本能だからな」


「でも、本当にいいのかなぁ…。美里さんがこの世界の人間でないとわかってて、この日本で結婚して、ずっと俺と死ぬまで一緒に居るとか」

「・・・・・・」

「あのナーザルの人たちがここに来たのって、俺をナーザルに異世界転移させて、魔王を討伐させるためなんでしょう? だったら、もし俺と美里さんがナーザルに行けば、お互い敵同士ってことじゃ……」


「させんよ……」力強くミィーリィーが言った。

「えっ?」

「だから、私が絶対にタクヤをナーザルに転移させたりはしない!! 初めからそう言ってるであろう」

 そう言って微笑んだ。


「でも、美里さんは、ナーザルに、故郷に帰りたくはないの?」

「そうだな、思わないこともないが……。私は…、今はタクヤと、このまま一緒にいつまでもここで暮らしたいと思うようになった。……どうやら私は、お前に惚れてしまったようだ…。――勇者どの……」

「まさか!? …ほんとうに?」

 タクヤが目を見張った。


「タクヤは私のことが嫌いか?」

「い、いや、そんなことは…」

「では、どう思っているのだ? カワイイ、と思ってくれるか?」

 ミィーリィーにしては、少々声が浮ついている。

「う、うん…。か、かわいいと思う」

 俯き加減で、真っ赤になってそう答える。


「そ、そうか、それはうれしい、な…。――な、ならば、証拠を見せよ! いつも、いつも、私からでは……」

 ミィーリィーが紅潮した顔でタクヤを見る。

「えっ、で、でも…」

 ミィーリィーが目を閉じ、顔を寄せてくる。

 それを見て、タクヤがそっと自分から口づけをした。


 その時、どちらかと言うと、自分でも草食系なのでは、と思っていたタクヤの身体に欲望の炎が燃え上がった。


 タクヤが口づけしたまま、ミィーリィーをそっとベッドに押し倒した。それを受け止めたミィーリィーが、燃え上がるタクヤの香ばしい精気を思う存分吸って、吸収した。

 そうして唇を離した途端に、タクヤがミィーリィーの胸に顔をうずめ、パタリと気を失ってしまった。すーすーと気持ちよさそうに寝息をたてている。


「何じゃ、もうしまいか。……それでも、これ以上ない甘美な口づけであったぞ…。タクヤ、かわゆいヤツめ」

 嬉しそうにミィーリィーが微笑んだ。


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