第11話 奇妙な契約



 家族会議の後、「あとは若い二人に任せましょう」と意味のわからない、使い方を間違えた母の珠子の言葉に従い、二人でタクヤの部屋に戻って来た。


「でさ、お姉さんって、いったいどこの誰なの?」とタクヤが尋ねた。

「そうか、まだ名乗っていなかったな。私はミィー・・・ではなかった。先場美里さきばみりという」


「先場さん。で、一体何が目的なんです? ・・・って、ああそうか、確か勇者を捜しているんでしたっけ~~、そんなら見当違いも甚だしい」

 タクヤがじろりとミィーリィーを睨んだ。

「俺は勇者なんかじゃないんで、これ以上ふざけていないで、早く出て行ってくれますか」


「何を言っている。お前が勇者であるということは、私にはもうとっくにわかっているぞ」

「あああっ、だから、もう、そういう中二病患者みたいの、いいですから!」

 タクヤが頭を掻きむしって叫ぶ。


「そうか、お前にはまだ自分が勇者たる自覚がないのだな。まあ、それならそれでこちらは好都合だ。そのまま目覚めずに普通のニーポン人として天寿を全うしてくれ。私が死ぬまでお前を見守っていてやろう!」

「はあ? なんですか、それ。――昨日からずっと俺のこと勇者だとか言って…。どうせ、俺みたいなオタクが喜びそうだと思って、からかって遊んでるんでしょう?」

「信じないのか? 私の言うことを」

「そんなの信じるわけないでしょ」

「魔法や、妖術の一つでも見せれば信じるか? ――この世界にはないのであろう?」


 真面目な顔でそう言ったミィーリィーに、今までにない迫力を感じて、一瞬タクヤも息を呑んだ。

「な、何か、魔法を見せてくれるんですか?」


「うむ。よく見ていろ。と言いたいところなのだが、ニーポンに転移してこの方、すっかり魔力が失われてしまってな。昨日、勇者どのから精気を分けてもらって少しは回復したのだが、今のところこれくらいだな」

 そう言うと、右手の人差し指を立て、ぽっ、とその爪に小さな蝋燭のような炎を灯した。


「あとは・・・、そうだな」

 手のひらを合わせ、その隙間からびゅっと、勢いよく水を発射した。

「ぶっつ!!」

 その水がタクヤの顔に直撃し、顔面、水浸しになった。


「どうだ、驚いたか!? ニーポン人はこのような魔法は使えんのだろう?」

 シャツの袖で顔を拭ったタクヤが怒り出した。

「ああ、ああ~~、よくわかりました! 見事な手品でしたよ。もういい、とっとと出て行ってくれ!!」

「やはり、この程度のチープな魔法では信じてもらえんか…」


――元々魔法も魔術もないこのニーポンの世界。そこに普通に魔法を発動させるためには、やはり強大な魔力が必要だな・・・


「勇者どのがこれ以上のものを見せよ、と言うのであれば…」

「えっ? ま、まさか……」

「そうだ。また勇者どのに精気を分けてもらわねば…」


 すり寄るミィーリィー。素早く左手をタクヤの首に廻し、右手で股間をまさぐる。

「や、止め……」

 その瞬間、タクヤの表情がとろけたようになる。

「おっ!? この硬質化反応。勇者どのも、立派な、男だな…」

「うげぇっ…」

 こと、こういうことに関して、サクバスのミィーリィーの右に出る者はない。タクヤが白目を剥いた。



 不意に、タクヤの部屋のドアが開く。

「お姉さん、着替えの服、持って来たよ」

 絡み合う二人の姿が妙子の眼に飛び込んで来た。


「真っ昼間から何やってんの!! この変態兄貴!!」

「た、妙子、た、助けて…」

 妙子はタクヤの言葉は無視して、ミィーリィーに話し掛ける。

「その服、よかったらあげるから。そうだ、お兄ちゃんに新しい服、買ってもらえばいいよ。バイト代が入ったばかりみたいだし」



 ****



「だから、お前にナーザルに転生して、魔王ルシフェル様を討伐しようとされると困るのだ。もっとも、お前ごときに討ち取られるような、ルシフェル様ではなかろうがな。――これっ、聞いているのか、勇者どの!」


 タクヤは先程、ミィーリィーに精気を吸われ、すっかりほうけている。

「俺が勇者になって転生する・・・?」

「うむ・・・。賢者ベルゼの予言によると、勇者どのが19の年、その12の月のいずれかの日に、『とーらっく』に襲われて死に、私の居た世界、ナーザルに転生することになっているそうだ」


「俺って、やっぱりトラックにねられて死ぬの? 親父みたいに・・・」

「いや、だから、それはない。私が必ず『とーらっく』の魔の手から救い出してみせる」

「う、ウソだ!! そんな、俺がもうじき死ぬなんて。しかも、親父と同じでトラックにかれるとか。そんなまぬけなことが…」

「心配はいらん。私が必ず助ける。だから、勇者どのはこのまま私と一緒にいつまでも楽しくを過ごし、無事で死んでくれ!!」


「ほ、本当に? でも、よ、…。って…。う~~む。なんかよくわからんし、言い方がすごく気になるけど……。

――美里さん、君、ほんとうに、俺とずっと一緒に居てくれるの? それって、俺と結婚してくれるってこと?」


――こんなかわいい子が俺の嫁さんに…。マジか~。異世界から来たとか、ちょっと頭おかしいかもだけど、そんなのまあいいか、美人だし。さっきもなんか、すんげ~気持よかったし…


「もちろんだ。お望みとあらば、花嫁となって最後まで添い遂げよう! 勇者どのが年老いて、ちゃんと老衰で大往生を遂げるまで、ずっと一緒にいるぞ!!」


――真の勇者、サイトウ タクヤ!! こやつの最高の精気。一緒にいるだけでこれからはずっと吸い放題!! サクバスの私にとって、こんなオイシイ話はまたとなかろう・・・


「アハハハハハハ!!」

「ほぉほほほほほ~~」


 顔を見合わせて笑う、能天気な二人だった。

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