第12話 いけぶくろう
ミィーリィーが斉藤家に居座るようになってから一週間ほどが過ぎた。
「あれ? 今日って・・・。そうか、『シン・ゴジ
ふと、スマホの画面に浮かんできたカレンダーアプリの通知を見たタクヤが叫んだ。
「出掛けるのか? タクヤ。『おおたく』の病に罹った者は、滅多に館から外に出ないと聞いたのだが・・・。そんなことより、今日こそ二人で思う存分
あの日以来、何度かミィーリィーに精気を吸われたタクヤだったが、その間の快感と引き換えに、その後の数時間、長い時は半日ほど、全身の力が抜け、動けなくなり、何をする意欲もわかなくなってしまった。
これでは好きなゲームもできないし、漫画や、アニメも見られない。いくらなんでも、たまったものではないと、それ以来何度もミィーリィーの求愛、いや栄養補給の申し出を断っている。
「今日はダメですよ、美里さん。こういう日はオタクにとって特別なんです。好きなモノを手に入れるためなら、命がけで出掛ける。それがオタク魂。
「なに!? 『おおたく』の病に罹った者の
「はぁ?」
嬉々として顔を寄せてきたミィーリィーの肩をタクヤが抑える。
「ちょっと何の話してんですか? 嫌ですよ、そんなの」
「心配するな、魂を喰ったりはしない。
「
「美里さん、落ち着いて」
「はあ~~、もう、へんなところで興奮するんだから、美里さんは」
「まったく、最近タクヤは私に冷たいな。出掛けるより、私と二人で部屋に引きこもっていた方が楽しいぞ。ご無沙汰だった分、存分に満足させてやろう!!」
「また、そんなことを。――だけど、母さんはあんなふうに言ってたけど、実際引きこもりってほどじゃないんですよ、俺。深夜のコンビニでバイトもしてるし」
「ほぉ、そうなのか。だがしかし、人間のくせに、なぜ、わざわざ深夜に働いているのだ? 夜というのは元来、我々魔族のものだぞ」
「いや、そ、それは…、深夜の方がバイト代が高いし…、その割に客の絶対数が少ないから、知らない人と、あまり、会話、しなくて、済むし…」
「おおっ! それは『こみゅーしょ』とかいうおおたく病の一種だな!? 賢者ベルゼから聞いているぞ!! タクヤ、やはりお前は勇者にふさわしい男だな」
「へっ? お、俺、コミュ障じゃねーえし……」
タクヤが下を向いてぶつぶつ言ている。
「しかし、今日から12の月に入ったからな。油断できん。ほんとうに、できれば外に出るのは控えた方がよいのだが」
ミィーリィーが眉を
「まだ、そんなこと言ってんですか。大丈夫ですって。そんな簡単にトラックに撥ねられたりしませんよ。ドライバーさんは皆、安全運転なんですから。
何かと言えば、トラックに撥ねられ異世界へ。あれは異世界モノのアニメや小説の中での、想像力の欠如した、チープで安易な設定なんですよ。
――まったく、人手不足の中、頑張っているドライバーさんと運送業界の方々に謝れって話ですよ!!」
鼻息荒く、タクヤが力説した。
****
山手線の電車の扉が開く。
タクヤとミィーリィー、二人が池袋駅のホームに降りた時、駅名を告げる放送が流れてきた。まだ昼前だが、ホームは多くの乗降客で溢れている。どうやら、朝の車両故障で、しばらく運転を見合わせていた影響がまだ残っているようだ。
「いけむくろだと? 確かに、誰かがそう叫んでいたな!?」
「ああ、駅の構内放送ですね」
「これだけの人混み、早く逃げるように、皆に危険を知らせているのだな」
「危険?」
「そうだ。ナーザルでも『生け
「あれ? なんだかんだ言って美里さん、そんなに『いけぶくろう』見たいんですか?」
「そうか! タクヤ、今日ここに来たのは、『生け骸』を退治するためだったのだな、さすがは勇者どのだ!! よし私も一緒に行こう!!」
「えっ? まあ、どうせ通り道だし、別にいいですよ」
****
「なん、だと!! タクヤ、ニーポンには『メヂュサ』もいるのか!? 『生け骸』が石化している~~!!」
待ち合わせの人々で込み合う「いけぶくろう」の石像の前で、ミィーリィーが驚きの声を上げた。周りにいた待ち合わせの人たちが、何事かと一斉に二人の方を見る。
周囲の視線に耐えかねたタクヤが、「ちょ、ちょっと、美里さん、恥ずかしいから大声出さないで!」と言って腕を引っ張り、出口へ向かって走った。
「ちょっと待て、タクヤ、『生け骸』も危険だが、『メヂュサ』はもっと危険だぞ、ヤツがこの辺りにいるとなると、
「もう~、ここにはそんなのいませんよ! 大丈夫ですって。まったく、どこまで本気なんだか・・・」
相変わらず、タクヤは作場美里が異世界「ナーザル」から転移して来たという話には、半信半疑だった。
いつの間にか、ミィーリィーの腕を掴んでいたタクヤの手が、下へとおりてきて、手を繋いで歩いている。すれ違う男たちの視線がミィーリィーに注がれ、何人もが通り過ぎてから振り返る。
今日のミィーリィーは、いつもの黒のビキニスタイルではなく、先日妙子がくれた、いくつかの服の中から薄いピンクのブラウスに、同系の濃い色のカーディガン。それにグレーのスカート。その上に珠子から借りた、厚手の黒のコットンコートを羽織っている。靴は自前の黒のハイヒールだ。
タクヤは珠子がこのコートを着ているところを何度か見たことがあるが、着る人によって、同じ物でもここまで雰囲気が変わるものかと驚いた。
人が
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます