第10話 家族会議



  日曜の朝。斉藤家のダイニングテーブル。

 タクヤ、ミィーリィーが並び、母と妹の妙子が向かいに並んで座っている。


「あんたが大学受験に失敗して、そのまま引きこもりになった時から、いつか…、いつかこんなことが起きるんじゃないかって、母さん、心配してたのよ…。」

 宅哉の母、珠子がテーブルに突っ伏さんばかりに顔を近付けたかと思うと、いきなり勢いよく上げて、とんでもないことを言い出した。

「宅哉、あんた! このお嬢さん、どっからさらって来たの!!?」


「はっ? 何言ってんだ、母さん!」

「あんた、女の子にもてないからって、無理矢理連れて来て部屋に監禁するのは犯罪なんだよ!! 小さい頃、カワイイからって拾って来て、部屋でこっそり飼ってた小犬とは違うんだよ! すぐに解放なさい」

「はあ~~? いきなり何トンデモないこと言い出すんだよ~~!!」


 今まで黙って聞いていた、今年高二になる妹の妙子が、不意にすっくと立ち上がり、

「しかも…、真冬にこんな恥かしい下着姿にして、服を奪って逃げられないようにするなんて…、人間のすることじゃないよ!! クズ! お兄ちゃんの鬼畜!!」

 両手で、ばああん、と思いっきりテーブルを叩いて叫んだ。


「た、妙子までなに言ってんだ!! そんなことしてないって、誤解だ!!」

 慌てて宅哉も立ちあがった。


「妙子、この人に何か着るもの貸してあげなさい。母さんのじゃ、ねえ」

「うん、わかった、今持って来る」


――いやいや、二人とも、私は閉じ込められてなどおらんぞ


「えっ?」

「うそ!?」

 行きかけた妙子も振り向いた。

「むしろ、勇者どの…、いや、タクヤにはいろいろと助けてもらって、世話になった」


「それじゃ、二人は合意の上で、一晩ベッドを共にしたと?」

 妙子の眼がキラリと光った。

「いや、だから、妙子、そういうわざと誤解を生むような言い方はやめなさい!」

「だって、ほんとうじゃない! 私がお兄ちゃんの部屋に入った時、ベッドで二人、裸で抱き合っていたじゃない」


「なんだって!! 妙子、そりゃぁ、ホントかい!?」

「ほんとよ、私、しかりとこの目で見たんだから」

 驚いた母の珠子が、額をテーブルにこすりつけるように頭を下げる。

「ほんとうに、申し訳ございません。あなたさえよければ、一生、死ぬまでこの子に慰謝料を支払わせますので・・・」


「こらあ~~、勝手に何言っとるか!! なんでそーなる、俺は無実だ!!」

「ほう? 一生とな? だったら頼みがある」

「頼み?」

 珠子がテーブルに伏せていた顔を上げた。


「そうだ、私に、あなたのお子を、見守らせてはもらえまいか?」

「宅哉を…、見守る?」

「そうだ、この先、『とーらっく』とかいう獰猛どうもうで凶悪な乗り物に襲われ、亡くなってしまったりしないようにな!!」


「はあ…、確かにこの子たちの父親は、トラックにねられて亡くなっていますけど…」

「なん、だと…!? ま、まさかそのようなことが…」

 それを聞いてミィーリィーが驚きの声を上げた。


「まあ、でも、この子がいくらまぬけでも、親子二代、父親と同じ死に方をするなんて、ねえ。

――いっくらなんでも・・・、そんなまぬけな。ホホホホ・・・」

「おい、誰がまぬけだ。自分の息子をよくそんなし様に言えるな!」


「いや、油断はならぬ。あまねくこの世界の勇者たちは皆、『とーらっく』に襲われた婦女子を救って亡くなり、転生すると聞く。このままいけば、それは約束された未来かもしれぬ。このまま何もせず手をこまねいていれば……」


――サイトウタクヤは、必ずや『とーらっく』にねられ亡くなるであろう!!

 ミィーリィーが宙を見つめながら力説する。


「こら、黙って聞いてれば、何の予言だ!! ふざけんな!!」

「心配するな、勇者どの、そなたを救うために私はここへ来たのだ!!」

 ミィーリィーがにっこりと宅哉を見て微笑んだ。

「母様、お願だ、私をこの家に置いてくれ!!」

 ミィーリィーがいよいよ前のめりになって叫ぶ。



 ――ふっ、このままここに居座って、勇者を『とーらっく』から守ってさえいれば、甘美な勇者の精気は吸い放題。真の勇者であるこの男が転生せずにここに居れば、ナーザルのルシフェル様も魔王城も安泰。

 人間の寿命は短い。この勇者が無事天寿を全うしたとして、あとせいぜい八十年といったところか…。自然死であれば、この男が勇者に転生する心配もなかろう。それまでここでゆっくりと過ごすこととしよう。



「宅哉と合意の上でベッドで一夜を共にして、この家に置いて欲しいだなんて…。それはもう……、――押しかけ女房ってことよね!!! らむちゃんみたい」

「女房とは何だ?」

「奥さん、お嫁さんのことだよ」

 横から妙子が説明する。

「おお! そうか花嫁のことか!?」


――ん? だが、しかし……。私には、ルシフェル様との約束が…。ナーザルを征服して、世界を支配した暁に、二人は……。――ふっ、まあ先のことはわからんか…


「やったあ、私、お姉ちゃん欲しかったんだ!」

「そうなのか? 私も妹が欲しかったぞ」

「おおい、みんなして盛り上がって、なに勝手なこと決めてんだ!」

 しかし、誰も宅哉の言うことを聞いていない。


「これで母さんも肩の荷がおりたよ。宅哉、あんたもう一度受験勉強して大学行きなさい。こんなかわいいお嫁さんに苦労させちゃダメよ!」 

「だからちょっと待て!! 人の話を聞け~~~!!」 

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