第8話 初めてだったのに・・・



「なに!? お前が? サイトウ タクヤだと!!」

「ああ、いや、同姓同名かも知れませんけどね・・・」

「いや、地図にあった住所とやらがこのあたりだと、さっきのあの女が言っていったからな・・・。もしかすると・・・」


――う~~む、それはそうと、さっきから漂ってくる、えも言えぬ、このよい香りは一体、何なのだ…


 さっきからミィーリィーは、漂うサクバスの本能を刺激する、かぐわしい芳香に悩まされていた。



「あっ、わかった!! お姉さん、どっかで俺の名前見たんですよね?――そうか、バイト先のコンビニの制服に付けている名札かな・・・」

 

ぐううぅ~~~


 その時、ミィーリィーのお腹から、空腹を告げる音が盛大に聞こえてきた。


「あれ? お腹空いてたんだ、お姉さん。それならそうと、勇者とか、そんな回りくどい話しなくても、早く言ってくれればよかったのに。俺、なんかおごりますよ!

――う~ん、でもどうすっかな、さっき買ったものはガキどもにあげちゃったし…」


「いや、腹など空いてはいない。少し魔力を補充したいだけだ…」

 言いながら、何かを必死にこらえるように下を向いて震えている。


「魔力? さっきからお姉さん、随分と中二病こじらせてますねえ~。――俺んはすぐそこ、あれなんですけど」と、サイトウ タクヤはそう言って、少し先の深緑色の屋根の家を指さした。

「でも、買い物に出たくらいだから、家にすぐに食える物はないし、やっぱもう一回コンビニまで行くしか…」


――ううっ、漂うこの何とも言えぬ豊潤ほうじゅんな精気の香り。も、もう辛抱できん・・・


「き、貴っ様~~、さっきからなんというよい匂いの精気を発しているのだ!!!」

「えっ? は? なんです? 性器セイキ・・・?」


 言い終わる前に、ミィーリィーがタクヤの顔をそっと両手で掴むと、素早くその唇に吸い付いた。


「うっん!! ★☆★☆~~!!」

 精気を吸われ、驚きのあまり、声にならない声を発して、タクヤが悶絶する。 



――んっ、ふん……… う、うまい……

  な、なんなのだ!! この男の精気は…

  やはり…、こやつが、勇者に違いない……


 最上位サクバスであるミィーリィーの顔が、ほろ酔い加減といったような、うっとりとした表情に変わった。

 ほんのりと上気して、薄紅色に染まった頬、それはまるで極上の酒に溺れているかのよう・・・。

 

 重ね合わせていた柔らかな唇を、ゆっくりと静かに離し、めるように目の前の男の顔を見つめ、すっ、と耳元に口を寄せ、こうささやいた。


「貴様…、やはり、勇者だな…」 



「な、なっ…、いきなり何するんですかぁ~~~~!!!」

「大変、美味であった…。褒めてやるぞ!」


「くっ、は、初めてだったのに…」

「うむ。こんなに美味なのは、私も初めて、であったぞ…」

 ミィーリィーが恥かしそうに、火照って紅潮した自分の頬に両手をあてる。


「初めてだったのに…」

「どうした? 何をそんなに怒っている?」

「俺だって、俺だって…、ファーストキスは、好きになった女の子と、こういう場所で、こういうシチュエーションで、とか…、いろいろと夢があったのに~~~!!」


「なんだ、それは? お前いくつだ? 相当キモイぞ、今の発言は」

「うるさ~い!! それをなんで…、なんで今会ったばっかりのあんたなんかとぉ~~」


 そう言いながら、タクヤが改めてミィーリィーの姿を見た。さっきキスをして、精気を吸った時に、顔が火照って熱くなったので、羽織っていたトレンチコートは脱いでしまっている。


 目の前に現れたビキニ姿のミィーリィーは、これ以上ない均整のとれたナイスプロポーション。それとはアンバランスに、やや幼く、少女のような容貌が絶妙な美しさをかもし出している。

 見惚みとれるように、タクヤは呆然として、ミィーリィーの姿にくぎ付けになった。


――この人、よく見ると凄く、カワイイ…。俺の理想、どストライクだ…。――はっっ!! いやいや、待て待て~。俺なんかがこんなかわいい女の子とキスできたなんて、むしろ逆に、超ラッキーなんじゃ…


「なんだ? どうした? 急に私の顔をそんなにまじまじと・・・」

「あっ? いや、別になんでも…、ない、です…」

 顔を赤らめ、そう答えたタクヤだったが、空腹のミィーリィーに、強烈に精気を吸われたためか、急に力が抜け、頭がクラクラしてきた。


「あれ・・・?」

 目の前が急に真っ暗になって、そのままミィーリィーの胸に倒れかかった。


「おっと!」

 そのまま気を失ったタクヤを、ミィーリィーが、その豊かな柔らかい胸で抱きかかえる。タクヤの精気を思い切り吸い取り、多少なりとも魔力が回復したミィーリィーは、美しいだけでなく、とても力強い。


――そうか・・・。貴様が勇者だとすれば、このまま捨て置くわけにはいかんな、そう、私がしっかりと、死なぬよう、この男を見守ってやらねば。

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