第6話 痴女ではない



「あなたの持っていた地図の住所だとこのあたりなんだけど・・・」

 駅前の派出所で、一通りお説教をされたミィーリィーは、これと言った重大な犯罪を犯したわけでもないので、その後、石井巡査長にここまで送ってもらったのだった。


「そうね、番地までは書いてないから、どこの家かまではわからないわね」


 これもニーポンへの転移前に賢者ベルゼに持たされた、勇者の居所いどころを記した地図に、一緒に書いてあった「住所」とかいう文字が、どうやら日本語だったらしく、石井巡査長にはそれが読めたのだった。


「そうか、わかった。では、ここでよい」

「そう。じゃあ、ここで。――貸してあげたトレンチコートは栗田巡査のだから、あとで派出所まで持って来てくれればいいわ。彼、刑事になったらトレンチコートが必要だ、って意味わかんないこと言って、刑事になるあてもないのに買ったモノだから、まあいつでもいいと思うけど」



 もう一度、手にした地図を見ながら周囲を見回してみたが、小さな倉庫か物置小屋のような建物がぎっちりと群れを成して建ち並んでいるばかりで、どれが勇者の住むやかたなのか、ミィーリィーにはまったく見当もつかなかった。


――あの女は家だと言っていたが、こんな小さな物の中に勇者がいるのだろうか?


 仕方なく、目の前にあった公園のベンチに腰掛けて思案した。

――はてさて、どうしたものか・・・



 空が少し薄暗くなってきた。先程と違って雲が多くなって陽の光は見えない。どこからともなく子供たちの帰宅を促す、五時を告げる夕焼けチャイムが聞こえてきた。


 ふと見ると、今まで遊具で遊んでいた男の子たちが三人、ミィーリィーの方を見ながら何やら話をしている。


「だって、女の人だよ」

「だから、女にもいるんだって、ちかんって」

「そうそう、チジョって言うんだって!」

「え~うそだ~」

「だって、ほら、へんしつしゃの着る、へんなコート着ているし」

「ああっ! ほんとうだ!!」


 子供たちの話し声につられて、ミィーリィーが彼らの方を見た。

――そうだ、あやつらに聞いてみるか、勇者のことを


 立ち上がり、やさしく微笑んで、ゆっくりと子供たちに歩み寄った。

 と、その時、びゅうっ、といたずらに木枯らしが吹き、ミィーリィーが羽織っていたコートの前がはだけ、ひらりと開いた。

 子供には刺激の強すぎる、ミィーリィーの面積の少ない、黒いビキニ姿が露になった。


「うわあ~~! こいつはだかだぞ!!」

「やべえ~、こっち来る!!」

「やっぱ、へんしつしゃだあ~~」

「やっつけろ!!」


 口々に叫んだ子供たちが、一斉にミィーリィーに小石を投げつけ出した。


「こ、これ、やめろ、何をするか! イタ、イタタタ!!」

 たまらず頭を押えて叫ぶ。

 歴戦の悪魔、サクバスのミィーリィーとは言え、今はニーポンに転移し、微弱な魔力しかない。小石が当たると本当に痛かった。


「うるさい、このへんたい!!」

「あっちへ行け!」


「こら、お前たち、やめんか~~!!」

――このままでは・・・。そうだ、インクバスに、男の姿になれば怖がって逃げるはず!!


 そう思い、石つぶてを浴びながら、後ろを向いて振り向きざまに変身!!  ――のはずが・・・。

「なに~~!! 変われない。変身できないではないか~~!!」

 思わず叫んでしまった。

 ――変身能力まで失われてしまったのか・・・。ミィーリィーに絶望感が襲った。


「こらこら! 君たち、やめなさい、何やってんの!!」

 その声に、ミィーリィーが振り向いた。

 コンビニ袋を片手に下げた、陰気な若い男が一人、子供たちと自分の間に、石つぶてを遮るようにして立っていた。

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