第4話 「ニーポン」国へ



 遥かなる大宇宙 


 銀河系内 太陽系 第3惑星地球 


 某次元世界 日本国 関東地区 11月某日 PM 3:28


 某私鉄沿線 某駅 

 ・・・の、ロータリー噴水広場。その遥か上空の、ある空間に突如、人が一人通れるくらいの、薄暗い虹色に揺れ動く丸い穴が開き、中から何やら黒いモノが飛び出し、すぐに閉じた。


――クッ、何という衝撃 

 そう思った瞬間目を開き、衝撃と共にどこかに飛び出した自分が、今、地上に落下しつつあることに気がついた。

 すぐに翼を広げ、バランスを取ろうとしたが、肝心の翼が開かない。


――まずい・・・

 魔力を使って浮揚ふようしようとするが、それも完全には発動しない。が、落下速度はだいぶ緩やかになった。見下ろすと、真下に細く水を吹き上げる小さな泉が見えた。

――あそこなら


 どっぽ~~ん!!!


 凄まじい水飛沫をあげ、最上位サクバス、ミィーリィーが噴水の中に落下した。ついでに思いのほか浅い、この噴水の底にしたたか尻を打った。


「イッタア~~い。なに、この浅い泉は~~!!」

 

 そう叫んで、舞い上がった水飛沫が消えた時、見ると、周辺に人集りが出来つつあった。


「ママ、こんなに寒いのにあのお姉ちゃん、なんで噴水で泳いでるの?」

「しっ、見ちゃだめよ!」

 母親が娘の目と口を手のひらで押える。


「なに? コスプレ? なんかのイベント?」

「あそこのパチンコ屋の宣伝じゃない?」


 皆口々に勝手なことを囁き合っている。無理もない。まもなく師走のあし音も聞かれようというこの時期に、ミィーリィーときたら、一瞬下着かとまごう、きわどい黒のビキニに、黒のハイヒールだ。



「何だ、この者たちは?」

 ミィーリィーも逆に、今は噴水の中央に設置された塔状の台の上、大きな水盤に腰掛け、あごに手を当て、集まった人たちを見下ろしている。


「まあ、いい。あのデーモンズ・ゲートを通る時、いささか汗を掻いたな、どれ、ちと狭いがこの泉で少し水浴びをしていくか」

 おもむろに身に付けているものを外そうと背中に手を回した。


――おおおおっつ!!!

 見ていた男たちからどよめきが上がった。


 しかし、次の瞬間、ミィーリィーの手がぴたりと止まった。


――ああああっっ…

 その途端、男どもの声が、落胆のそれに変わった。


「な、ない!!!」

 ミィーリィーの声が震えている。

――翼が、ない・・・。ま、まさか・・・

 恐る恐る腰に手を回す。衝撃が走った。

――尻尾もない!!


 蒼ざめたミィーリィーが、出発前に聞いた賢者ベルゼの言葉を思い出した。


  ****


「よいかな、ミィーリィー。異世界であるニーポンには魔法、魔術のたぐいは存在せぬらしい」

「なんだと! 嘘を言うな。今までニーポンから転移・転生して来た者たちは皆、強力な魔力や能力を持っていたぞ」

「うむ。しかしそれは、どうやらこちらの世界に来る際に、神たちから授けられる力らしいのだ」

「なるほど・・・、そうか。だが、――それがどうしたというのだ?」

「わからぬか? 逆もまたしかり、ということがあるやもしれぬ。つまり、転移後はお前もニーポン人と同じく、魔法が使えなくなるかもしれぬということじゃ」


 ****


――魔法や魔術のない世界。そこに転移・転生する者は、その世界に住まう者のことわりに合わせる。どうやらそういうことらしい。そうかそれで・・・。


 頭に手をあててみる。案の定、角も消えている。水鏡に自分の顔を映してみた。驚いたことに、見慣れた大人の色香が漂ういつもの容貌から、少女の頃の顔に戻ってしまっている。


――なんということだ・・・。こんなことで、真の勇者を見つけ出し、転移・転生せぬよう、死なぬよう、見守ることなど出来るのか?

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