2話 転校生は騒がしい
ウェットティッシュでズボンをぬぐい、ため息をするのを見て、
「えーっと、取れた?」
「殆どは」
若干睨みの効いた視線に、思わず明るい声で誤魔化す翔華。
「ま、まぁ学ランのズボン黒いし! そこまで目立たないよ!」
「よくも汚した側が、ぬけぬけと言うよ」
「だーかーらー、着地頼んだって言ったのに、はやはやがボーッとしてるからだよ?」
「責任転嫁が過ぎる」
それぞれ下駄箱で靴を履き替えようとするが、何故か隣同士で靴を入れ替えている事で、二人は顔を見合わせる。
「え、はやはや、まさか、1のD? てか良かったー。同じ1年だった」
「そうだけど……、
「うん、1D。すごっ、もう友達出来るとか超早ない? 幸先良いー」
あっけらかんと言った翔華に、千奔は納得いかなそうに呟く。
「なんか勝手に友達認定されてるし。そう思ってくれる分には勝手だけど」
皮肉っぽい返しに、うへぇと翔華が明らかに引いた顔をした。
「最初声かけた時にも思ったけどさぁ……はやはや友達いなそう」
「高校ではいないな」
間髪入れずに答えられて、翔華の方が目を見開き、そして、耳打ちするようにか細い声で応える。
「中学ではいたみたいな強がりが逆に痛々しいよ」
「事実を言っただけなのに酷い言われようだ」
「あたしが友達になったげるから、元気だそう」
「むしろ鷲野が元気奪った側なんだよなぁ」
肩をポンポンと叩かれながら、教室に向かおうとすると、翔華が立ち止まる。
「あ、あたし、職員室行かないとだから。多分またね。はやはや」
「……また」
軽い会釈で応えた千奔は、そのまま数秒、若干駆け気味で去っていく後ろ姿を、何処か名残惜しそうな目で見ていた。
「あっ!」
「えっ?」
が、素っ頓狂な声を上げた後、翔華が全力で走ってもどってきた。
「連絡先交換しとこ!」
「え今?」
「うん、ほらっ、私が転校生ブーストでめちゃめちゃ話題の的になっちゃったら、ぼっちのはやはやとは、やり取りできないじゃんね?」
「自意識過剰が過ぎる」
「はい、ケータイ出してー。インスタやってる? それともLINE?」
完全にペースを握られ、高校に入ってから初めてクラスメイトの連絡先を手に入れる事になった千奔。
「じゃ! 今度こそまたね」
「はいはい」
そう言って改めて別れようとした時、また翔華の足が止まり、千奔の方へ振り向き、叫んだ。
「あれっ、そういえばさっき別れた時こっち見てなかった?」
「…………」
「こらー、無視すんなー」
翔華の言葉を無視して行ってしまう千奔。というのも時間ギリギリである事に加え、周りには始業式に来た上級生含め生徒も登校しているのだ。
それなのに、溌剌とした声の女子が男子がやり取りしていたら目立つに決まっている。
高校に入ってから、間違いなく一番注目を浴びた瞬間だった千奔は、この場から離れたくて仕方がなかった。
教室に着いた千奔は、いつも通りであれば、特に誰と話すでもなく、自分の席で音楽を聴きながら本を読み始めるところなのだが、席に着いた瞬間ぐらいで、始業のチャイムが鳴った。
だが、担任がいつもならこのタイミングで来るはずなのに来ない。
「いっちゃん来ないね」
「なんかあったんかな」
「朝日誌取り行った時は職員室にいたべ」
「他の教室は来てそうなのにな」
同級生達が担任の憶測や、ざわめきを止めない。
始業時間ギリギリに職員室で担任に会いに行った人物のせいだと、千奔は察しているが、別に口に出したりせず、体育館シューズを用意していつでも始業式へと向かう準備を整えていた。
すると、担任の
「いやー、ごめんなさい。遅れましたー。ちょっと諸々の説明やらしてたら5分遅れてしまいました。今日朝のホームルームの前に、皆さんに転校生を紹介します!」
「え、急すぎる」
「女子ですかー、男子ですかー」
やいのやいの騒ぎ始めた生徒達に苦笑いしながら、廊下にいる人物を促す。
「はい、黙ってくださーい。それじゃ、入ってきて」
言われてスッと教室に入ってきた翔華。先ほど千奔は出会いの背景もあって感じなかったが、黙って表情を作ってれば、目鼻立ちもくっきりしている。
なので、男子の数人が思わずニヤニヤと表情を崩してもおかしくはない。
「鷲野翔華です。父の転勤で東京から元々地元の愛知に戻ってきました。皆さんよろしくお願いします!」
元気よく、ハキハキとした挨拶だったが、無難過ぎた事もあり、1のDの面々は拍手するだけに留まった。
「はい、じゃあみんな仲良くしてくださいね。席は後ろの方にしようと思ってたけど、どこにしましょうか」
「えっとですねー」
数秒辺りを見回す翔華は、目当ての人物を見つける事に成功し、目が合った当人は嫌な寒気を感じた。
「じゃ、あのはやはやくんの後ろで」
「は、はやはや?」
指をさした先で、顔をひくつかせている中央一番後ろの席の千奔。
当然辺りがざわつき始める。なんせ彼らからすると今までほぼ存在感の無かった人物が、いきなり可愛い転校生に名指しされたのだから。
「あぁ、そうだ。
「あげてね。速水くん」
「……はい」
わざとらしく可愛くお願いのポーズを決めた彼女に、千奔は出そうなため息を堪えて小さく頷いた。
そんなファーストインプレッションのせいか、翔華の言う通り、始業式の前後、翔華の周りは、彼女に興味を持つ者達により、喧騒に包まれてしまい、千奔は謎の敗北感を味わうのであった。
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