第15話 ストラディア辺境伯領③

 夕食の席に着いていたのは、見るからにお母様とそっくりな細身で長身の優しくすっきりした美しい中年男性叔父と、小柄な凛とした美女叔母。そして、背中に定規でも突っ込んでいるのかってくらいピンと伸びた背筋に真面目そうな眼鏡をかけた美少年カルマンドラ。そして、その横にはフリルのエルメリウム

 一部には異議を唱えたいけれど、ここの家って本当に優雅なのよね。王城よりも上品で華やかかもしれない。

「しばらくお世話になる、第二王子のイルミナリ・リアンテだ。ストラディア辺境伯家の皆には迷惑をかけるが、よろしく頼む」

「ご無沙汰しております、叔父様、叔母様、カルマンドラ」

 今の立場上頭を下げられない殿下の横で正式な礼を執ると、やわらかい声が答えた。

「ようこそいらしゃいました、殿下。我が家にお越し頂けて光栄です。戦時中で慌ただしいですが、多くを学んでいただけるものと思っております。――久しぶりだね、セレイン。姉上から手紙を貰っているよ。早速明日から頑張ってもらうから、頼んだよ」

 立ち上がって迎え入れてくれた叔父様は、隣の殿下より王子様っぽい。

 セッター家うちに嫁いできてちょっと雑になった母とは違うわ。

 叔父様が叔母様とカルマンドラを紹介している横で、つまらなさそうにしているエルメリウムと目が合う。

珍しい殿下にない色を着てるんだね~」

 にたり、と嗤って横の殿下に目をやるピンクのフリル。

 ぴくっと殿下の肩が揺れた。

「セレインは、何を着ても似合うな」

「ありがとう、カルマンドラ」

 教科書を読み上げているかのような口調で言われると、お世辞にすら聞こえない。『真面目が服を着ているような』って比喩は彼のためにあるんだと思う。

「姉上によく似てきた」

 にっこりと笑う叔父様が全員を促して席に着く。

 食事は栄養を考えられた美味しいメニューだった。肉中心のウチとは違うわね。

「殿下には、明日からカルマンドラとともに南東へ向かっていただきます。あちらの方がやや手薄とは言え、油断は禁物です」

 叔父様の言葉に殿下は頷いた。

「セレインは、エルメリウムとともに南を頼む」

 激戦区か……。

「護衛の二人を連れて、本気で行ってくれ。エルメリウムが粗相をしたら、蹴り飛ばしても構わないよ」

 にっこり笑う美中年。

 わかってるなら、躾といて欲しかったわ。





「絶好の戦争日和ですねー」

 晴れ渡った空を見上げて、ロボスが戦闘用の大剣を取り出した。護衛用の剣と違って、大きくて魔力の通りも良い。

 足元から伝わる地響き。

「それにしても、かなりの魔獣ですね。どこから調達を?」

「ああ、なんかお隣さんとこ、また大きなダンジョンできたっぽくて~。そっからここまで転送してるみたい。あちらの王族は転送魔法に特化してるからね~。魔力枯渇で死にかけ寸前まで頑張ってるって聞いたけど。無駄だよねぇ」

 ラミアの疑問に答えるエルメリウム。

 草原の向こうには黒っぽい波のようにうごめく魔獣とそれらを誘導しているらしい敵兵がこちらへ向かってくる。一万もいないかな?

「人間の兵士や騎士だったら、四肢を落としたり使えなくして敵陣に送り返せばいいんだけどさ~」

 こいつ……相変わらずえげつない。嬉しそうに捨ててる姿が目に浮かぶわ。

 負傷した兵を自陣に戻されてしまえば、捨て置いたり始末したりするわけにはいかない。士気が下がって逃亡や脱走が相次ぐことになるし。

 治癒を施して、国に戻すほかないのだ。そして、家族への補償やら治療やらで国庫に莫大な損失を与えられる。

「さすがに魔獣を送り返しちゃうと、兵以外の被害が大きくなるからね~」

 こういうところは意外としっかりしてるのよね。

「まあ、お隣さんとしてはなぜか次々できるダンジョンを踏破するまでの間に、こっちへ魔獣や魔物……下手したら悪魔くらいは送り込んでやれって感じだろうけどぉ」

 ダンジョンができやすい?

「そんなにたくさんダンジョンができるんですか?」

「なんか、厄介なダンジョンを作ってるやつがいるみたいで、鼬ごっこなんだって。先々代の王まではちゃんとした兵士がこっちへは派遣されていたし、頻度も月に数回だったんだよ~。でも、そのダンジョンマスター?が現れてから、大きくて危険なダンジョンがしょっちゅう発生して、どうにもならなくなったみたい。踏破して核を破壊するのも、そんなに簡単にできないでしょ、普通。だから戦わずにどんどんこっちに送って来てるみたい」

 夜になると魔獣も魔物も狂暴化して自陣も危険になるから、やってくるのは昼間だけになったのはよかったのかもしれない。

「それって、こっちへ戦争を仕掛けてるっていうより、手に負えない魔獣をどうにか捨ててるって感じよね」

 地響きが大きくなって内臓にまで揺れが届く。魔獣の個々のシルエットが解るくらいまで近づいてきた。

「戦争に割ける兵がほぼ残っていないかもしれませんわね」

 魔獣の中に混じる数少ない兵を確認したラミア。

「殿下のいる南東は三国の国境線ですから、違う意味で大変かもしれませんね」

「それは、大丈夫じゃないかな~。さすがに同時に二国を敵に回したくないみたいで、魔獣があっちに行かないように、お隣さんも頑張ってるみたいだよ。だけど、どーしてもこぼれちゃうから、それをどうにかするのが南東組ってワケ」

 そういってフリルスカートの中から、巨大な斧を取り出すエルメリウム。

 明らかに体より大きいんだけど、どこから取り出したのか突っ込みたい。いや、空間収納だろうけど、なんで取り出すときにわざわざスカートの中に手を突っ込む。

 ん?鎖?

 斧の柄の部分から鎖がつながっており、スカートのフリルの中に続いている。

「ふふふふふふ。一匹も逃さないように、やっちゃって~」

「「「「「はっ!」」」」」

 背後に控えていた盛装やドレスのような華やかな衣装の騎士たちが、それぞれの武器を構えて横に散開する。背後にある砦の壁の上では万が一に備えて遠距離攻撃の得意な者たちが警戒をしている。

 魔獣の目鼻立ちが解るくらいになってきたところで、エルメリウムが鎖をずるずる引きずり出した。ずしんと重たい音を立てて零れ落ちてきたのは、棘に覆われた一抱えできないほどの大きな玉。

「遠慮なくやっちゃってねー」

 回され始めた玉がぶぉん、ぶぉんと音を立て始め、私も弓を構えた。

 矢は番えない。効率よく魔法を放つのに、この弓を射るのが最適なのよね。

 横にいたロボスの姿が消え、衝撃とともに魔獣のいた一角がきれいな空白地帯になっていた。ダンジョン産って死体が残らないから便利よね。魔の森の魔物と違って人間よりちょっと強いくらいだし。

 どん、どん、どんと軽い衝撃を感じるごとに空白地帯が出来上がり、そこへ後ろ側にいた魔獣が入り込む。

 ロボスに当てないように、埋まった空白地帯へ向けて弓を引く。

 集積した魔力を弦とともに放つと、同じように魔獣が消えていった。

「ふふふふふふ」

 鎖ごと球を振り回し、斧を振るうエルメリウムの周りからも魔獣吹き飛びながらが消えていく。

 ――派手。

 ドレスを着た騎士が数人、敵兵のみを狙って攻撃を行い次々に捕らえていった。

 一時間を過ぎたあたりで数が減ってきたので、交代で休憩をとった辺境騎士たちは全く服装を乱すことなく、優雅にお茶をして戻っていく。

「いやー。久々に気分がいいですね。すっきりします」

 キラキラしてるわね、ロボス。

「溜まったものを出すのって、美容にいいんですよ、お嬢様」

 便秘か!

 軽く汗を拭き――って、ほぼかいてないないわよね――お茶を飲むロボス。

「……ラミアも行ってくる?」

「お嬢様のお側を離れるのは……」

「オレがいるし、行って来たらいいんじゃないですか?」

「そうね。じゃあ、ラミアも行ってらっしゃい」

「畏まりました」

 両手首に肘までの刃を装着したラミアが活躍したおかげで、三時間ほどで本日の戦闘は終わった。

 諜報専門の騎士たちが捕虜を連れていったのを横目に城へ戻る。

「ふふふふふふ。さいっこうだったぁ」

 うっとりした顔で気持ち悪い笑いを溢したまま、エルメリウムは部屋に戻って行った。

「今夜は、平和でしょうね」

 ラミアの冷たい呟きが零れた。

 

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