第13話 ストラディア辺境伯領①

 花の薫りがしてきたので、そろそろストラディア辺境伯領だ。

 この辺りは茶葉の産地で、王宮御用達の紅茶も作られている。化粧品や美容に関する品のブランド工房を多く抱えていることでも有名だ。

 リアンテ王国の南端、左右に長く伸びた領地は二つの隣国と接していて、片方の軍事大国の辺境領と常に衝突を繰り返している。

 領門で入領の手続きをする前に身繕いが必須となるので、馬車をとめて着替えをする。夜会程ではないが、それなりの正装に近い格好でないと、きちんと相手にして貰えない。

 階級や身分によるけれども、それぞれの立場にあうものを求められるのだ。

 ここでは、優雅に敵を叩き潰すことが正義。優美さを失わないことがなにより優先される。

 優雅さを保つことは、見えざる努力を必要とする。薄っぺらい取り繕いは命に関わる……と、殿下イル様と影に説明するラミア。

 二人は半信半疑のようだけど、すぐに思い知ると思う。産まれ持った美醜はそこまで持て囃されないことに。

「綺麗だ、セレ」

 着替えた私を見て、イル様が頬を赤く染めた。

「……イル様こそ」

 軍服を模した準正装の上下に、腰に佩いた剣。

 正直、眼福……。

 本当にイケメンって、破壊力すごいわー。なんだろう、このキラキラ感。

「お嬢様、見とれているところすみません」

 ちっとも謝ってる感じじゃないけど。

「来ましたよ」

 ちらり、と領門の方を見るロボスはほんの僅かに目元を引き釣らせていた。

 珍しい。

「……ああ、あの方ですのね」

 ラミアまで。

「仕方ないですが、お待たせするわけにはいかないので、さっさと行ってしまいましょう」

 ロボスに急かされて再び馬車に乗り込み、領門へと進む。

 ……ああ、そういうことかー。

「選りにも選って、あの子」

 門の前に停まる煌びやかな馬車と、ピンクのフリルの塊――じゃない、。と、初老の執事服をきた男性と、優しげな顔の騎士。

 辺境にやってくる人間はそう多くないため、領門には辺境入りを待つ商人が数組居るくらいだ。

 あの派手派手しい集団はお迎えだよねぇ、やっぱり。

「ご無沙汰しております、第二王子殿下、セレイン従姉妹殿

「しばらく、世話になる」

「この度は――御世話になります、……エルメリウム」

 ピンクのフリルたっぷりドレスを来ているのは、ストラディア辺境伯家の嫡子候補エルメリウム・ストラディア。

 嫡子候補であるのは、双子のうちどちらが辺境伯を継ぐのかまだ決まっていないから。

 双子のカルマンドラと可能性は今のところ拮抗しているらしい。

「我が家に滞在中は、我々が御世話させていただきます。私がいない時には、こちらの執事ヒブにお申し付けください。戦時中ですので、ご希望に添えないものもありますのでご容赦を」

 そういって頭を下げたエルメリウム。

 殿下イル様は宜しく頼むと答え、私たちは一斉に頭を下げた。勿論私は軽めに。

 ただ、ちょっとなぁ。

「じゃ、これからしばらくよろしくお願いいたしますね、でーんか」

 きゃらっと笑ったエルメリウム。

 ……シリアスモードはどこ行った。

 あ、ちょっとイル様が後退りした。

「こ~んな素敵な婚約者だなんて、従姉妹殿セレインがうらやましい~。ここに居る間は、ボクとも仲良くしてくださいね」

 こいつ、ちっとも変わってない……!

「あ、ああ……すまないが、離して貰えるか」

 腕にしがみついたエルメリウムをそぅっと押しやろうとして失敗する殿下。

 現状の実力差では避けられないだろうけど……。

「え~。照れてるの?ボクのかわいさに」

 図々しさに嫌がってる、の間違いでしょうが。

 勿論、エルメリウムの護衛だろう騎士は無表情で微動だにしないし、執事はにこやかなままだ。

「エルメリウム様は、お嬢様の側に居るモノをやたらに欲しがる性癖なんですよねー」

「性癖……ですか」

 ロボスが影に説明する。

 嫌な表現だけど、的確ね。

 こいつ、昔からロボスに纏わりついたり、他の護衛や世話役に絡んだり、やたらとライバル視してきて非常に鬱陶しいんだけど……。実力はあるから、下手に手を出せないし、実害が出ないように執事のヒブが上手にフォローしてくるから苦情も言いづらいし。

「さ、我が家にご案内いたします~」

 そう言って、イル様を自分の馬車に引き摺りこもうとした。――あ、イル様すごい。踏ん張って耐えてる。

「エルメリウム様、お客様はいらっしゃった馬車でお越しになられますので」

 私が注意しようとしたら、執事のヒブがさっと回り込んで止めた。こんな目立つ場所でうかつに揉めたくないから助かったけど、もうちょっと早く止めろ。

「もー。仕方ないな~。殿下、先導いたしますので、ついていらしてくださいね~」

 ばちん、とウィンク。

 ぞわって鳥肌立った!

「わかった。よろしく頼む」

 そそっと離れたイル様が、私の横に戻ってきてほっと息を吐く。

 夜会などで会う狩人ガチ勢なご令嬢方とは違った纏わりつきにたじたじだった殿下は、無意識に触られた腕を払っていた。

「野生の勘でしょうか。なかなかに鋭くていらっしゃいますわね。生存率が上がりそうで良かったですわ」

「いやぁ、あれは本能じゃないかと。キモ……異質で猟奇的なナニカを感じったんでしょうね~」

「生存率……猟奇、的……?」

 ラミアとロボスの会話に影がついていけないようで、ちらちらとエルメリウムを伺っている。

 うかつに存在を知らせない方がいいんじゃないかなー。目をつけられても知らないわよ。

 ぐったりとしたイル様を馬車に放り込んだラミアが、「その内、嫌でも思い知ります」と影に告げていた。




 ストラディア辺境伯邸は幻想的な城のような外観をしている。絵画みたいで結構好きなんだよね。

 王城にははるかに及ばない小ぶりの城ではあるけど、恐ろしく堅牢な造りで壁の厚さは通常の建築物の三倍あり、扉は分厚い鉄に木を張り付けて装飾され、透過率がどうなっているのかめちゃくちゃ気になる窓のガラスは辞書並みの分厚さである。あちこちの蝶番は大きくて分厚いし、庭に敷かれた煉瓦はドラゴンの地団駄でも砕けないと言われている。他国を含め世界中の技術がふんだんに使われているのだ。

 馬車から降りると数人の侍女が頭を下げて整列していた。ここの侍女服は誰の趣味か気になるほどフリッフリで可愛らしい。

「お部屋にご案内しますね~」

 辺境伯ともう一人の嫡子候補カルマンドラは前線に出ているとのことで、帰ってくるのは夕方らしい。

 二階の廊下の分かれ道で、私の荷物をもつ侍女とイル様の荷物を持つ侍女がそれぞれ左右に分かれて曲がった。

 どうやら部屋の場所が離れているらしい。

「え……」

 イル様が心細さを隠せない眼差しでこちらを見ながら右に曲がって行った。

「いやー捨てられた子犬みたいでしたねー」

 ロボスの言う通り、しっぽと耳が垂れている幻覚が見えた気がしたわ。

「まぁ、お嬢様がいないところで若君にちょっかいは出してこないでしょうから、放っておいていいんじゃないですかね?一応影には絶対にうろうろするなと言ってあるんで」

 こんな実力者ばかりのところで内偵なんて、殺してくださいって言ってるようなものよね。

 部屋は客間で、両サイドに使用人の小部屋がありミニキッチンまでついている客用の浴室と使用人用の浴室も完備された上等のものだった。

「荷物は、どうなさいますか?」

「一応戦時中だし、出さないでおくわ。イル様にもそう伝えてあるわよね」

「ええ、そのようにお伝えはしております。では、キッチンもありますし、お茶をお入れしましょうか」

「若君を、お呼びしますか?寂しがってると思いますよ」

 ロボス、にまにましながら言わないでくれる?

 でも、確かに心細いわよね。

「ただ、そうされると、あの方も確実にいらっしゃるのではないかと……」

「あぁ、確かにありそうですね」

 二人して、嫌なこと言わないで欲しいわ。

「イル様が居なくても、来る可能性もあるのよね」

 どこかでこっちを焚きつけに来るはず。

「それは、勿論」

「いずれはいらっしゃると思います」

 結局同じじゃん。

 嫌なことはさっさと終わらせるべきか。来ないっていう奇跡に賭けるか……。

「来ないってことは、ないんじゃないですかねー」

 嫌なこと言うわね。わざわざ頷かなくてもいいのよ、ラミア。

「あーもぅ、仕方ないわ。ロボス、イル様達を呼んできて。ラミア、お茶をお願い」

「分かりました」

「畏まりました」

 やっぱりなって顔で消えた二人。

 座り心地の良いソファーに沈み込んで窓の外を見ると、日が傾き始めていた。

 以前来た時も思ったけど、この窓どうやって作ってるんだろ。分厚いのに向こうがはっきり見えるってすごいわよね。

 あ、煙が上がってる。

 誰か大きな攻撃魔法でも使ったんだろうな。なにせ、すぐ近くが最前線だし。

 他領からすると信じられないかもしれないけど、領門から入って、穀倉地帯、街、穀倉地帯、牧畜地帯、街、街、領邸、戦地、となっており、領邸の敷地は横に広く、国境に砦が点在し、その間は大きな壁が築かれている。

 すぐそばの壁の向こうは他国であり、戦場なのだ。

 結界も張られているとはいえ、何かしらの被害を想定してこの堅牢さ。

 慣れないイル様達は落ち着かないかもしれない。

 エルメリウムもいるし。



 



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