第11話 辺境へ向かう

 強化合宿のお知らせ、と書かれた呪いの手紙が母によってもたらされた。

 如何にも清楚な貴婦人とういう雰囲気で微笑む母の手には、豪華なお手紙。王妃殿下のご署名まである。

 これ、提案者は母なんだろうなー。

 そういや、母と王妃殿下は幼少期からの親友だったっけ。 

「殿下だけ、行けばいいのでは?」

 私の横で再び屋敷にやってきた第二王子殿下が、目を見開いて固まった。

「お嬢様、それは流石に冷たいです」

 ロボスに窘められた。

 えー、だって、私行く必要ないよね?

魔窟辺境巡りを外部の人間一人でとか、鬼畜ですか?遠回しの殺害宣告?」

 何でそうなる。

 いや、私だってあんなとこ行きたくない。東西南北、すべて別世界だなんて。カオスよ、カオス。

 嫌に決まってるし。

「将来の夫婦なんだから、助け合いなさい」

 母の言葉にロボスもラミアも頷いてる。

 今まで、助けられたことがほぼなかったのに?

「関係改善を受け入れたなら、最期まで責任持ちなさい。中途半端でどうするの」

 そんな、拾ってきた動物の面倒を見ろ、みたいなノリで言われてもなー。

 ………。

 …………………。

 ……く。

「わかりました!わかったから、一緒に行きます!」

 横からのすがるような眼差しに負けた……!

「セレイン、ありがとう」

 ほっとした顔の殿下だけど、辺境のこと分かってない。

 辺境合宿は『やりきる』とか『生き残る』とか言えるレベルじゃない。『参加できるか』『辿り着けるか』が、最初の試練だ。

 離れた所で『良かったね』みたいな顔をしている侍従と近衛、こっそり涙ぐんでる影の護衛。あなた方も一緒に思い知ることになると思うけど。

「ところで、合宿は北ですか?」

「あら、今の殿下が北に行っても、肉片すら残らないでしょう?南か東で考えてるところよ」

 笑顔の母と固まる殿下達。

「に、肉片……?」

「残らない?」

 近衛達が呟いた。

「魔の森から国を守る北の辺境伯領で、生きていける実力はないでしょう?」

 にっこり。

 優しく麗しの微笑みを浮かべた母に、近衛達は頷くしかできなかった。

「だから、まだ人相手の方が可能性はあると思うの」

 ーー何の?

 怖くて、誰も聞けない。





 合宿に参加するのは、私と殿下、ロボスとラミアに加え影の護衛が一名。

「セッター家からは、この二人を連れていきます」

「ロボスとお呼びください。辺境にある伯爵家の三男なので、今は爵位もないようなものですから」

「ラミアとお呼びください。私も似たようなものです」

 自己紹介を、となったので早速。

 この二人を正式に紹介したことなかったっけ?

「イルミナリ・リアンテだ。イルミナリと。ーーセレは、イル、と呼んでくれ」


 ーーそういや殿下って、そんな名だったな……。


 名前を呼ぶ許可を貰ってなかったから、殿下呼びが定着して、名前忘れてたわ。

「いやー、殿下の名を呼ぶのはちょっと」

 ロボスが断りをいれる。流石に畏れ多いわな。

「代わりに、若君って呼ばせていただきます」

 ぶっ!

 影が吹き出した。

 いや、ロボス。その方が不敬にならない?

「分かった、そう呼んでくれ」

 ーーえ?いいの?

 イル様殿下が真面目に頷いた。 

 影は一生懸命笑いを押さえようとしている。

「ごほっ………。私のことは、影とお呼びください。基本的に名前はありませんので」

 三十代くらいかな?

 いい声をした男性で、唯一見える目元が涼やかで整っている。

 辺境へはこの五人で行くことになった。

 ってか、殿下に付けられた近衛や侍従はことごとく母の一撃に沈み、辺境へ赴く資格なしとされ、辛うじて意識を保ったこの二人が許可されたのだ。

 辺境に着くまでの間、私が魔法、ロボスが剣、ラミアが暗器を指導することになり、影には旅人のような格好をして貰うことになった。

「顔を隠し続けるんですか?」

 ロボスの疑問に、影は頷いた。

「食事や入浴など必要な時は外しますが、それ以外はなるべく着けておくようになっています」

 潜入する時のために、普段から顔は出さないらしい。

 大きめのスカーフのような布で口元を隠し、フードで目元ぎりぎりまで覆ってある。

 私たちもフードを被っているから、ソコまで目立ちはしないかな?

「では、準備は良いかしら?」

 お母様が笑顔で手紙を渡してくれた。

「お爺様によろしくね。役立たずは、こちらで鍛え直しておくわ。……いいこと?常に優美で在りなさい」

 これから向かうのは、南のストラディア辺境伯領ーー母の実家だ。 優雅に敵を叩き潰し屈服させることをモットーとするストラディア辺境伯家。

 二つの隣国と接しており、軍事大国とも言える片方の国と常に戦っている常在戦場どころか、常時戦場の地だ。

 南だけではない。

 辺境はどこも戦いの最中にあり、だからこそ実力主義が徹底されている。

 殿下の近衛達では、戦力合宿として受け入れて貰えない。正直、殿下も影もぎりぎり。

 途中でどれだけ鍛えられるか……。

「行って参ります」

 地味な馬車に乗り込み、南街道の入り口から進む。

 馭者はロボスと影が交代で務めるらしい。

「お嬢様、街道から逸れますよ」

 馭者席からロボスが声を掛けてきた。

 街道を進むと魔物も賊もほぼいないため、わざわざ朽ちかけた旧道を進むのだ。

 こちらを通るのは犯罪者や逃亡者。辺境伯家の庇護がない無法地帯だ。

「まあ、早速かかりましたね、お嬢様」

 ラミアがにっこり微笑んだ。

「ーー賊か?」

 イル様が尋ねた。

「ええ、それなりの数ですが……大したことはなさそうですね、残念ですわ」

「どーします~?このまま走らせま始末してきましょうか?」

 うーん。普通に倒してしまっては、修行にならないし……。

「無力化して、街道脇に捨てましょう。殺さないでおくわ。イル様と影に頑張ってもらい、私たちは手伝い程度で」

 指示を出すとロボスは道端に馬車を寄せ、ゆっくりとスピードを落とした。

 それにあわせて50人程度の小汚ない集団がわらわらと集まって来る。

「行って来る」

 ちょっと緊張したイル様が、馬車を降りた。馬車の右側面をイル様が、左側面を影が守るらしい。

 とりあえず、馬車に近づくのはこちらで対処かな?

 おおっ?なんだか野太い雄叫びがあがっているなー。もしかして、定番の命がおしけりゃ……とか叫んでいる?

 へー、本当に言うんだ~。

 動いている賊の数がどんどん減っていくなか、ロボスが数回動いた気配がした。

 ココン、と馬車がノックされたので外へ出ると、地に伏す賊と肩で息をする殿下と影がいた。

「お疲れ様でした」

 ラミアがタオルと飲み物を渡す。

「で、これらをどうします?大した賞金もでないでしょうしーー埋めてしまうとか?獣のエサ?」

 わざわざ捕らえて警備に届けるほどでもないけど、こんなの獣でも食べないんじゃない?

「いやー、エサ不足でしょうから、行けると思いますよ。自然の摂理ですね~」

「えぇ……なんかいやだわ、それ」

 とりあえず、賊は胸から下を土の中に埋めておいた。通報はしたのですぐに発見される……はず。

「じゃあ、行きましょうか。野宿は面倒なので、着くまではできればゆったり宿に泊まりたいです。最初の宿は温泉が有名なんですよ。月見で一杯とか、最高じゃないですか~」

 温泉、と聞いて何故か狼狽え始めたイル様を見て、ロボスがうきうきと手綱を取った。

「……あの、イル様?」

 襲撃まではぴったりくっついて座っていたイル様が、何故かそっと隣に寄り添うような座り方になり、ちらちらとこちらを見ている。

「な、んだい?」

「どうか、されました?」

「なんでも無い。大丈夫だ」

 ぎこちない笑顔で答えられてもなぁ。もしかして、賊を討伐した時の恐怖が今来た?

「青春を感じますね」

 ぽつり、とラミアが呟いた。

 あー。初めての討伐に興奮してるのか。なんか、脈速くなって顔赤いもんな。

「経験を積めば、なんてこと無くなりますよ!ーーえ?殿下?!」

 突然、真っ赤になってヘロヘロと壁に凭れかかった殿下。

 え?何事?

「お嬢様、純真な男心を刺激し過ぎかと……」

 ーーえぇ?

 馭者席では、影とロボスが爆笑していた。

 

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