第10話 その後……羞恥
事態は全てが収まったと思ったけど……。
どごん、という腹に響く破壊音と吹き飛ぶ人影。
「軟弱ですな」
「……くっ………」
ずりずりと這いずるようにしてなんとか立ち上がろうとする殿下は、父の一払いで三重に張り巡らした防御魔法ごと吹き飛ばされた。
「御当主様に軟弱じゃないって言われるの、
私の背後で、ロボスが呟いた。
我が家は武のセッターと言われる程、一撃必殺を以て殲滅をモットーとする辺境伯家だ。
じわじわ破滅に追い込み絶望を与えることをモットーとする東のマクレガン家。
優雅に叩き潰し屈服させることをモットーとする南のストラディア。
情報を以て先手を取り静かな侵攻をモットーとする西のトレンディル。
……今更ながら、タイプが濃いなぁ。
「さあ、立ちなさい」
父は剣すら持っておらず、ただ仁王立ちしているだけだし、魔法も使っていない。知らない者がぱっと見たら、背が高いスタイルの良い中年が腕組んで立っているだけに見える。
腹筋割れてるけど、ムキムキ感ないんだよね。
「も、もう……一度、お願いいたします……」
よろよろの殿下が、なんとかフィールドに戻った。
「これ、大丈夫なんですかね?」
流石のロボスも心配している。私、治癒系あまり得意じゃないんだよね。
先程、辺境から父が走って帰ってきた。
……いや、冗談じゃなく。
馬や飛龍より、本気で走ってきた方が速いらしい。一緒に出発した部下は来週あたり馬で駆けつけるんじゃないかな。
ちなみに、普通の馬車なら半月~一ヶ月、馬で10日前後、飛龍なら1、2日ってところ。
で、突然現れた父は誰にも止められることなく私の部屋へやってきて、私にべったりくっついてる殿下を捕まえた。見事な顔面の鷲掴みだった。
「鍛えて差し上げましょう、次期騎士団団長殿」
ーー笑顔が怖い。
殿下は無言だった。
「まあ、あれ喰らって立ち上がったんだから、見込みはあるんじゃない?」
「たしかに。鍛えれば武力でお嬢様を打ち負かすくらいなら、可能性はありますね」
それって騎士団だと最強レベルよね。
「ただし、辺境では通用しませんわ」
ラミアがお茶を用意してくれたので、鍛練場の隅にある席へ着く。
「それにしても、お父様は何で王都に来たの?」
ラミアとロボスが一瞬顔を見合わせた。
「お嬢様……それは」
「恐らく、いつものですわ」
ーーあぁ、お母様を怒らせたのか……。
それから三度も殿下が飛ばされたので、とりあえず止めてみた。王族になにかあったら、ことだしね。一応。
「お父様、お母様はどうされたんですか?」
ぴたり、と動きを止めた父がゆっくりとこちらを振り返る。
「今のうちに、医者にみせて」
ラミア達に指示をだし、父に近付いた。
「まさかとは、思うんですけど……」
にっこりと父に向かって笑顔を見せる。と、同時に魔力を地面に流した。
「ま、待て、セレイン!」
「あら、お父様。どうされたんですか?」
地面に足が貼り付いて動けない父。
「いきなりやってきて、殿下と稽古されたんですし、魔法ありで私とも全力でどうでしょう?」
全身を固定して、口しか動かせないように縛り上げる。
武力では父と姉に欠片も及ばないけれど、母に似た私はこういった間接攻撃や援護が得意だ。
ぎりぎりと父を締め上げる。
勿論、物理的に絞めても効かないので、神経や筋肉を直接捻るのだ。
「ぅう、ぉお……」
父の全身から脂汗が流れる。何か他のもので締められるなら抵抗したり破壊したりできる父も、己自身が意思に逆らうことからは逃れられない。父の魔法抵抗力を遥かに上回る魔力を持つ私や母だからできる技だ。
王都の屋敷に配置されていた兵士達が、引きつった顔で私たちを見ている。
そういや普段鍛練してるときには、魔法使ってなかったっけ。知らないと、びっくりするか。
「えげつなー。お嬢様、結構怒ってたんですね」
「あら、そんなこと、ナクテヨー」
ホホホホホ。
ぎりぎりとさらに締め上げる。
「ーーで、お父様?まさかとは思うんですけど、お母様を怒らせて逃げてきたとか、言いませんよね?」
あら、父の脂汗が一気に増えたわー。
もうちょい絞めたら、脂が採れるかも……。でも、オッサンのは
ーーあれ?抵抗が無くなった。
「お嬢様、先程から心の声が駄々漏れです。かなりのダメージを与えたっぽいですねー」
げっ。
「御当主様も、お嬢様に臭いと言われてしまうと、珍しく傷付かれるのでしょう。ご年齢的にも仕方ないとは言え、お帰りになって汗も流されていらっしゃいませんし、かなり臭いが漂っておりますから」
ーーラミア、それトドメよね?
客間に寝かされた殿下が今日はもう此方に泊まる、という連絡を王宮に伝えてに行ってもらった。嫌がる父に。
「お父様のせいですから、しっかりお伝えくださいね」
「しかし、陛下に会うと色々と話をしなくてはならないから、長くなるし……」
「今までサボって手紙だけで済ませていたのは、お父様です。この間の街道の件もそろそろどうにかしてください」
街道の治安が著しく下がっている。国民や周辺貴族は辺境伯の有り難みをイヤという程思い知ったと思う。
「あぁ、それは大丈夫だ。やつらに辺境伯軍であることを大々的にアピールしながら、掃除してこいと言ってある。でかいものは、来るついでに粗方始末したしな」
「では、その旨をさっさと報告してきてください。ーーお父様の準備を宜しくね」
王都屋敷の家宰に頼んで、まだぐだぐだ言う父を見た。
さっさと行け。
「わ、わかった……」
オッサンがとぼとぼ歩いても、かわいくないんだけど。
「一応、殿下のところに居るから」
「わかりました。ラミアに伝えときます。夕食も運ばせますねー」
にやにやしないでくれる?
ベットにぐったり眠る殿下を見て、なんか妙な罪悪感や恥ずかしさを感じる。ここ最近、今までにない殿下ばかりを見ているから、脳が追い付いてないかも。
体を綺麗にされ傷は治療されたが、枯渇した魔力を回復するには、休息くらいしか今は方法が、ない。
とりあえず、ベットの横で読書かなー。
『お嬢様、完全に爆睡されてますわね』
『殿下のこれ、
ラミアとロボスっぽい声がぼそぼそ聞こえる。
……暖かい。
『腰と胸にある手がガッチリお嬢様のを掴んでるけど、まあ、いっかー』
『足も絡まっていますけど、実害は無さそうですからね』
……うん、暖かい……。
全身を包まれるような、優しく撫でられているような心地好さに、すっかり爆睡してしまった。
薄暗い部屋に、カーテンの隙間から漏れる朝日。
ーーえ、朝日?
慌てて起き上がろうとして、全く動けないことに気付き、現状を把握した。
なんで、背後から殿下に抱き込まれて寝てるの、私!?
逃れようとした途端、くるりと体を回されて殿下と向き合うように抱き締められた。
「ちょっ」
「んー、セレ……」
至近距離の色気攻撃が……ッ!!!
寝ぼけている殿下は、背中側に回した手であちこちをなで回し、顔中に押し付けるような口づけをしてくる。
「で、殿下っ!」
声をあげた途端、ぺろり、となめられた。
「でっ、で、でん……か……」
どこを、と認識する前にドアがノックされた。
朝、殿下がご機嫌で王宮に帰って行き、昼過ぎにようやく帰ってきた父を迎えたのは、怒りの微笑みをたたえた母だった。
昨日の出来事をバラされた父は、鉄底のヒールで踏みにじられながら、母からこんこんと説教を喰らっている。
どうやら、姉の婚約を勝手に進めようとして母の逆鱗に触れたらしい。
私の時で懲りたんじゃなかったのか……。
最早精神的疲労で、残力ゼロの私にもたらされたのは、殿下と私の辺境合宿のお知らせだった。
〈完〉
お読みくださってありがとうございます。
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