第8話 収束

「結局、婚約は解消しなかったんだね」

「……?!シャーリーン!」

 ラミアと二人きりで居た王宮内にある夜会会場の控え室。いきなり物陰から声がして、迎撃体勢をとった。

「来るとは聞いてたけど、いきなり何て所から沸いてきてるのよ」

 ソファーと壁の隙間、手の平くらいの巾しかないんだけど……?相変わらず、恐ろしく気配が掴みにくい。

 明らかに夜会に出ない仕事着の友人は、音もなくソファーに腰かけた。

 扉の外ではロボスが警戒を解いたのが伝わって来たし、背後ではラミアは何事も無かったかのようにお茶を淹れはじめた。

「ごめん、うざいの家の兄が居るから会場に入りたくなくて。ーーで、結局、第二王子殿下はセレインに許されたんだ?」

 シスコンから逃げてきたのか。しかも、いつも通りいきなり話をぶっ込んで来るし。

 驚かされるの、好きじゃないんだけど。

「まだよ。様子を見て、不誠実なら切り捨てると契約を結び直したところ。判断は、セッター家で行うわ。まずはちゃんと婚約者の義務を果たし続けられるか、ね」

 続けられるなら、街道の警備と整備は再びセッター家が行う。

「婚約解消になったら?」

「手続きが済み、慰謝料が払い込まれたら街道は元通り」

「えぐいなー。それって、一挙両得で手っ取り早く破談に持ち込みたい勢力がかなり出てくるよね?それも含めて対処させるってことかー。セレインの怒り具合が伝わるわぁ」

 破談に持ち込み、街道をすぐに使えるようにし、王子妃の地位も手に入れようとする者は居る。

「それくらいは、して貰わないとね」

 こちらを見たシャーリーンは、にやりと笑った。

「セレインは、婚約者に頑張って欲しいんだ」

「うーん、別に……頑張って欲しいというか、普通に……」

 何ていったら良いのか、……普通に……婚約者として行動しろっていうか……。

 ふと気づいたら、シャーリーンがにまにまこちらを見ていた。

「まあ、セレインが幸せになれるなら、それでいいと思う。駄目な時は手伝うよ!ーーじゃあ、王女殿下のパーティーを楽しんできてね」

 そういって立ち上がったシャーリーンは、影の中に溶け込むようにして消えた。

「神出鬼没なのはともかく、お嬢様を心配なさっておいでですね。良いご友人でいらっしゃいますね。」

 ラミアがそっとお茶を置いた。

「そうね」

 もうすぐ、婚約者が迎えに来る。自分が贈ったこのドレスや装飾品に反応するんだろうか。

「あら、いらっしゃいましたね」

 ラミアが扉を見つめると、間をおいてノックの音が響いた。こちらを見る彼女に頷き返すと、扉に近づき、わずかに開けた。

「ようこそいらっしゃいました」

 ラミアが扉を開け放ち、頭を下げて入り口の端へ動くと、第二王子殿下が滑り込むように入ってきた。

 やっぱり、イケメンよね。

 いつも以上にオーラが輝いている気がする。見慣れない正装は、私の着ているドレスと揃いだし、お互いの色の装飾品が上品にアクセントを添えている。

 いかにも婚約者同士な装い。

「お待ちしておりました、殿下」

 礼をとったが、反応を待ってもなにもない。気にせず顔をあげると、首から上を真っ赤に染め上げてあわあわしている殿下と目が合った。

うぶですね。褒め言葉が出てこないなんて」

 ラミアが小さな声で呟いた。

「き、綺麗過ぎて、どうしたらいい……?」

 殿下は、真っ赤なまま私から視線を外さず問いかけてきた。

 そんなこと聞かれても。

「綺麗、ですか?」

 なんか、口の端がもぞもぞするぞ。

 殿下はこくこくと頷き、潤んだ瞳をしばたくと、ぎこちなく手を差し出してきた。

「エ、エスコートをさせてください」

 ヤバい、なんか、こっちまで緊張してきた……!

「喜んで」

 デビュタントばりにぎこちない動作で、手を取ってしまった。ぱっと目が合って、逸らすに逸らせず、まばたきを繰り返しながら、そっと前を向いた。

「い、こう、か」

「そうです、ね」

 視界の端にロボスのニヤついた顔がちらつく。

 きつく睨みつけた後、そのまま廊下を進んで王族専用の出入口へむかった。触れている部分から、ドキドキという鼓動が伝わってくる。

「よく来てくれた、セレイン嬢」

 国王陛下が安堵を滲ませて声をかけてくださる。王妃殿下も、王太子ご夫妻も笑顔で歓迎の意を表してくださった。

 主催の第一王女殿下は、先ほど入られたらしいし、その他の王族の方々は婚約者とともにすでに会場にいらっしゃるそうだ。

 本来は第二王子殿下と私も他の王候貴族と同様に会場で待つ身だけれど、私達の仲は悪くないと、また辺境伯を侮ってはいないとアピールするために、こちらから会場入りするのだ。





 主催の第一王女殿下の挨拶と国王陛下の祝辞が終わり、開会が宣言されると曲が流れて人々をダンスへと誘う。

「セレイン、ダンスを踊っていただけますか?」

「喜んで」

 入場の際もだったが、手をとる私達に再び会場がざわついた。

 ついこないだまで不仲にしか見えなかったのに、いきなり揃いの正装に仲良くダンスだもんね。狩人なご令嬢方の視線がすごい。

 主役は王女殿下だし軽く踊って、端に行くかな。

「……殿下?」

 一曲が終わり離れようとした私は、がっちりホールドされた。

「まだ、だ。セレイン。あなたを離したくない」

 ーーはい?

「こんなに綺麗なあなたを、アイツらがいるのに離すわけにはいかない……!オレは何故、今まで一人での参加を許していたんだ!」

 えー。ちょっと今までと違い過ぎるんですけどー?

 驚いている間にぐっと近づかれ、先ほどよりさらにくっついたままダンスが始まった。

 時折、こちらを見つめる令息を睨むように牽制しているし。

 めちゃくちゃ注目されているのに、殿下がことあるごとに私との距離をなくそうとするから、体勢をキープするのが大変だった。そのせいで人目が全く気にならなかったけど。かといって下手に殿下のリードに委ねると、しがみつく格好になってしまう。

 ようやく曲が終わり、ステップが止まった途端、今度はぎゅっと抱き込まれてしまった。 

「で、殿下!」

 小声で非難したが、殿下の動きを避けられなかったことが地味にショックだった。私、鈍った?

「愛しさゆえの動きなら、あなたを捉えられるんだな」

 頭上から、あまーい声が降ってくる。


 ーーいやいやいやいや、あなた、ダレ!?


「……ああ、幸せだ……」 

 ちょっ、すりすりしないで……!

 一瞬、殺気を放ちかけたが、ゆったりとした曲が流れて我に返った。

「ずっと、こうしていたい」

 いや、それは無理。

 すんっと自分の表情が抜け落ちたのがわかった。ここまで変わって欲しいなんて、望んでない。

 ぎゅうぎゅうと苦しいくらいに抱き込まれたまま三曲目が終わり、さすがにこれ以上はマナー違反なので端へと移動しようとしたら、抱き抱えられそうになるし。慌てて避けると、腰を捕まえられた。……親密度マックスなエスコートですか!?

 いや、それよりも、殿下が素早くなっていることの方が驚きだ。

 あぁ、精神的なダメージが……。

「ご無沙汰しています、セレイン嬢」

 すっと前に立ちふさがっ……じゃない、やって来たのはマクレガン辺境伯子息シャーリーンの兄だ。

 最強とも言える強さと、凛々しく上品に整った容姿。弟妹への異常な愛情を除けば、優秀な頭脳にちょっと歪んだ性格。 

 殿下の体に、わずかばかりの動揺が走った。肉食獣への潜在的な恐怖みたいなものかもしれない。

「なにか、失礼なことを考えてないかな?」

「いえ、別に」

 本当のことしか、考えてません。

「……………。ダンスを申し込みたいのですが、お嬢様」

 一拍空いて、手を恭しくとられた。あまりにも自然な動きに隠された圧で、避けることもできなかった。

 ざわっと黄色いさざめきが広がる。美形はこれだから!

「……ヨロコンデ」

 隣の婚約者の哀しそうな視線がささるが、これも社交。

 手をとりあってフロアへ進むと、何時ものように婚約者が積極的狩人なご令嬢方や騎士団の重鎮あわよくば狙いのご息女方に囲まれた。

 騎士団関係者の重要なご令嬢の何人かと踊るのかな。私と一曲、二、三人と一曲ずつがルーティンだったはず。

「くくく、王子殿下はえらく変わったねぇ。セレちゃんの一撃で目を覚ましたのかな?」

 小さい子に話しかけるみたいなしゃべり方止めて欲しい。だからシャーリーンが嫌がるって分かってるはずなのに。

 端から見たら、麗しのご子息が優しく微笑みを浮かべているように見えるはず。

 変態と思われそうな話し方をしてるなんてーー

「いつまでも、君たちは私のかわいいかわいい弟妹なんだよ、セレちゃん」

 急に近づいた優しい声。

 耳元に口が寄せられ、内密の囁きが交わされた……と認識させる動き。なんなら、耳に口付けしたのかと疑わしくなる動き。

 くぅっ。実力差が有りすぎて、かわせなかった。 

 きゃーっという黄色い悲鳴が上がった。

 なんて悪質な嫌がらせ!

 ああ、私の精神力がさらに削られていく。

「!」

 何かが勢いよく近づいて来た途端、マクレガン辺境伯子息がくるんとターンして、私との位置を入れ替えた。すっと出した左手で、突っ込んできた者を軽く押し留めてしまった。

「おや、殿下。まだ曲は終わっておりませんよ」

 左手一本で全速力の殿下を事も無げに押さえた姿に、周りの視線が集まる。殿下はぎりぎりと音がしそうな程顔を赤くして前に進もうとしているのだが、にっこり微笑んでいる子息の左手がそれを許さなかった。

「曲が終わるまでお待ちください。それが……」

「待てるか!」

 子息の言葉を遮って、殿下は大声をあげた。

 会場の奥で王妃殿下がへし折れそうな程扇を握りしめ、国王陛下は片手で目を覆い天を仰いでいる。

「ようやくセレインへの愛を伝えられたというのに!己の不甲斐なさが、本当に悔やまれる!」

 ちょ、ちょ、えぇ?

「今まで、一人で居させてセレインの愛らしさを他の男に見せてしまっていたなんて!ーーくそ!オレはどうしてセレインが他の男から誘われないなんて思っていたんだ!」

 頭を抱え込んだ殿下は、先程まで自分に群がっていたご令嬢方をキッと睨みつけた。

「婚約者が居ようとオレに声をかけてくる浅ましい者がいるというのに!何故オレは、姿も心も綺麗なセレインに声をかける不埒なヤツがいることに気づかなかったんだ!」

 ヤバい!殿下が特大の爆弾を放ってしまった!

 ご令嬢方とその家族達が顔を青くして固まっている。まあ、公然と『浅ましい』って言われちゃったしね。

「流石に、ここまでとは私も予想していなかったな……」

 マクレガン辺境伯子息が、ポツリと呟いた。

「何割かはあなたのせいだと思うんですけど、これ、どうするんですか?」

「そうだねぇ」

「セレイン!まだそいつと……!」

 殿下はぐっと私を抱き寄せ、周りから隠そうとしていた。

「なんでもっと早く、セレインはオレのだと周りに示さなかったんだ!強くて賢くて優しくて美しいセレインを狙うヤツらはそこら中にいるのに……」

 殿下は私の手を引き出入口へ歩き始めた。

「おやおや、かなりお酒臭いと思えば……どうやら第二王子殿下は初めてのお酒に惑わされてしまったようですね」

 さっきまでしなかったお酒の匂いが漂ってきた。

 え?仕込み?

「初めてのお酒のせいとなれば、仕方ありませんな」

 いつの間にか現れた宰相閣下がしれっと言い放つ。

「ですなぁ。まだお若いし、仕方有りません」

「本当に」

 大臣達が当然のように揃い、私達が出入口に着くまでに、殿下は初めてのお酒に悪酔いした、で強引におさめられていた。


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