第7話 吐露(時々、外野)
とりあえず、侍女が煎れてくれたお茶を一口。
一生懸命落ち着こうとして、深呼吸をした殿下がぐっと拳を握り締めた。
「その、……今まで、本当に申し訳なかった」
ーーモウシワケナカッタ?
え、殿下、謝ってる?
「え……えと、その、なにがでしょう?」
多すぎて、わかりません。
くっ、背後でロボスがさらに笑いを堪えてるのがわかる。なんか、恥ずかしいんだけど。
「今まで、オレが、仕事のやり方を間違えていて、時間を上手く使えなかったために、あたなに対して失礼なことを……」
殿下、自分のことオレっていうんだ!
「失礼なこと、ですか?」
初めて知った驚きのためか、
「婚約者としての時間もとらず、あなたの状況を理解もせず、さらには夜会などに一人で参加させてしまったなど、様々な不誠実な行い。また、そのことで、他の者から不要な謗りを……」
徐々に小さくなる声と、ずーんと下がる頭。
泣きそうだ。
「そうですか」
とはいえ、だから?って感じ。こちらはどうでも良くなってしまったから、今更なんだよね。
「夜会や茶会で、色々な令嬢から声をかけられて驚いた。子息たちからも、あなたを……いや……」
あー、殿下の妃を狙う
それに子息、ね。大方
「あなたは、その、オレに対して怒っているのだろう?」
ーーは?
オコッテイル?ーーえ、私が?
「うーん、別に……怒ってはいませんね」
それを聞いた途端、殿下が顔を上げた。
「正直、どうでも良くって」
ーーあ、口がすべった。
目を限界まで見開いて固まる殿下と、さらに血の気の引いたお付き達。
※
「正直、どうでも良くって」
セレイン様の言葉に、
殿下の侍従を勤めて12年。
ここで、人生終わるんじゃないかと思える程の危機感を募らせているのは、私だけではないはずだ。
正直、今までのセッター辺境伯令嬢への殿下の対応は、酷いと言わざるを得ない。我々が何度諌めても、
「今の私にすべきことは、別にある」
と、突っぱねてきた殿下の自業自得。
王妃殿下に
だが、殿下も努力をしていたのだ。
凡庸ではないものの、天才とは言えない身で、次期騎士団長として、励んでおられた。
騎士団長が、最強である必要はない。
全騎士を率い、国を守るのが本来の役目だ。
今回のお茶会のために、殿下は色々と頑張っておられた。夜会の招待状にあわせて、婚約者へ贈るドレスや装飾品の選定。お茶会や夜会のエスコートの学び直し。
セッター辺境伯令嬢についての情報収集。
正直、遅すぎる……のだが、堅物で融通の効かない殿下がこれ程まで……と我々側仕えは感動していた。
初めてお二人が顔をあわせてから、ご令嬢を仄かに慕っていた殿下の気持ちを知っていたのも大きい。
だから、殿下が今回頑張っていたことなど、普通の婚約者なら当たり前のようにしていることだとーーようやく気づいたのは、セッター辺境伯令嬢が王族の婚約者なのに、プライベートエリアへ招待されたことがない、とわかった時だ。
愕然とする、とはこういうことか。
一体、何年婚約関係を続けていると思っているのか……!
いや、その状況を許していた我々にも責任は、ある……。
ああ、どうか、どうか……。
※
「正直、どうでも良くって」
だろうな、と思ったオレは殿下の護衛を勤めて三年目の近衛騎士だが、正直、殿下のご婚約者様に勝てる気がしない。
あの方、これだけ距離があるのに、オレ達の様子を正確に把握されてる。影の護衛も把握してるんだろうな、あの様子だと。
束になってかかって行ったところで、ご令嬢にたどり着くどころか、一歩も動けずあの護衛に瞬殺される予想しか立たない。
ーーやべ、今、考えてることバレた!?
あちらの護衛が、オレをみてにやりと笑った。
殿下、やはり前回の招待時にご令嬢の所へ伺った方が良かったと思います。
女性は、見捨てた相手への関心は一瞬で失う生き物ですよ!
とはいえ、オレは夜中の護衛中に殿下が魘されているのを知ってるからなぁ。
『セレイン、すまない!』とか『お願いだ、捨てないでくれ!』とか『そんなつもりではなかった!違うんだ!』とか叫んで飛び起きているのを見ている。
胸が締め付けられる時間だった。
「……す……」
思い詰めたような殿下の声が微かに聞こえた。
婚約者様もちゃんと聞こえなかったようで、首を傾げている。
ぐっと殿下が婚約者様の方へ身を乗り出した。
「捨てないでくれ!」
えっ!?殿下!?
ーーステナイデクレ?
突然身を乗り出した殿下が叫んだ言葉が脳に染み渡るまで、時差が発生した。
捨てないでって……誰が?
すがるような涙目でこちらを見る殿下。
え、捨てるの?私が?
捨てていいの?……いや、よくないのか?
「捨てる、ですか?」
「セレインは、オレのことを好きでもなんでもないだろう?!いや、……むしろ、嫌いかもしれない………」
突然のセレイン呼び?
名前で呼ばれたの、どれくらいぶりだろう。
「いや、好きか嫌いかって言われても、どっちでもないというか、どうでもいいと言うか」
あ、ヤバ。また思っていることが口から出てしまった。
「どうでも、いい……」
がくん、と殿下がテーブルに突っ伏した。肩が微かに震えている。もしかしなくても、泣いてたりする?
ーーなんで、あなたが泣くの?
心の奥で、何かがかちり、と動いた。
「接した時間もほぼなくて、没交渉。贈り物もいい加減。エスコートもなし」
ぽろり、ぽろりと言葉が落ちる。
二回も『どうでもいい』って言ったせいか、よーし言ってしまえ、と気が大きくなってしまったかも。
「こちらに対して興味もなさそうな冷たい態度。婚約者として、ともに出掛けることもない」
私の一言ひとこと毎に絶望に染まる顔。なんだろう、自分の淡々とした声が胸に降り積もってかいるような……。
「あなたに対して感じていたのは、『諦め』なんです。そして、この間からは……そうですね、なんというかーー無関係?関わらずにいたら、楽?最初から、期待してないから、いないものとする感じでしょうか?」
正直、始めは私だって普通に婚約者との逢瀬や会でのあれこれを楽しみたかった。周りが青春を謳歌しているのを見るだけじゃなく、体験してみたかった。
させてもらえないから、仕方ないと諦めるしかなかった。
殿下の顔は、死刑宣告を待つ咎人のような、最後の審判を下された罪人のような、そんな絵画の世界に描かれたものに近い。
「ーー私は、もう……セレインの傍には……居られないのか……?」
「私の傍に居たいんですか?」
今までの様子から、その様に考えているとは思えなかったけど。あまりに純粋な疑問だったからか、殿下は一瞬ぽかんとしていた。
はっと気づいたかのように、慌てて頷く。
「勿論だ!ーーその、今までの愚かな行為から、そうは思えないかも知れないが……、オレはセレインとずっと、一生、……………添い遂げたいと思っている!」
いや、真っ赤な顔で言われても、今までが今までだし……ちょっと顔が熱くなってきたな……日差しが強い?
「殿下は、私のことをどう思って居るのですか?私と本当に結婚したいのですか?」
今なら、婚約を解消できますよ、と言ったらものすごい勢いで否定された。
「解消など、したくない!あなたがずっと好ましくて、好きで……。ーーだから、みっともないところなど、見せたくなくて……」
殿下の目からぽろり、と涙がこぼれた。
「拗らせてんなー」
背後でぼそっとロボスが呟いた。
はっとなって周りを伺うと、殿下の後ろに控えるもの達も一様に目をうるうるさせている。
……見なきゃ良かった……。
私に、どうしろと……?
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