第6話 他方②

 婚約者のセレインを夜会に誘えなかったため、王妃から、一人で夜会や茶会に参加し、セレインがしていた公爵家の執務もするよう命じられた。

 断られたのに、行けば会えるだろうと公務を終わらせて少し遅れて会場に着いて、己の今までの非道を思い知った。

「第二王子殿下にご挨拶申し上げます」

 主催の伯爵夫妻と挨拶を交わした後、次々に紹介される貴族のご令嬢達。

 なぜ、婚約者がいる私に?と思っていたら、

「セッター辺境伯令嬢の関係を止められたら、是非とも私を……」

 ーーは?!

 なにを言っている?!そんな予定はないと言うのに!

 驚く私に次々と掛けられる似たような言葉。

 嫌悪感と焦燥感を押さえきれなくなってくる。

「お声掛け、失礼いたします。ーーお久しぶりでございます、殿下」

 そんな中、声を掛けてきたのはマクレガン辺境伯の嫡男だ。

「セレ……セッター辺境伯令嬢は、先程帰られましたよ」

 セレイン、と言い掛けたか?辺境伯同士、仲が良いのは知っているが。

 もやッとした何かを飲み下しながら答えた。

「そうか、間に合わなかったか」

「ええ、残念です。殿下といらしてファーストダンスを終えていらしたら、お誘いできたのに」

 ーーは?

「そうです、残念です」

「本当に」

 何人かの子息がため息とともに呟いたのを耳にした。

「皆、セッター辺境伯令嬢をお#待ちしている__・__#のですよ」

 ーーさっさと婚約者セレインを解放しろ。

 そう言われているのだ。

 なんと返事をしたか覚えていないが、そのまま会場を後にした気がする。





 翌日からの激務で日々余裕がなくなり、藁にもすがる思いであらゆる執務を効率化した。そして、己の無駄に丁寧な仕事がどれだけ意味をなさないか痛感させられた。

 はじめからこのようにしていれば、もっと婚約者との時間も、鍛練の時間もとれだろう。

 倍に増えた仕事をこなし、気づいたらゆっくりする時間もとれるようになってきた。

 その時間、考えるのは婚約者のこと。

 デビュタントのときは、あまりの可憐さに緊張してしまい、たいして会話をすることもなく終わった。顔合わせの時から、話しも考え方も全てが好ましくて、胸が高鳴った相手の晴れ姿だ。

 緊張しすぎて、なにをしたかもうろ覚えだった。

 翌日から始まった公務に振り回され、思い返せばたいして会話もなく、みっともない己を見せたくないと夜会や茶会も素っ気なく断り、気づいたら贈り物も心を込めていなかった。

 毎回、贈り物の度に心を砕く家族の姿に驚いたのは、最近のことだ。侍従に贈り物をしろと命じただけの己がどれだけひどいことをしているか、ようやく気づかされた。

 ーー本当に、情けない。

 脳裏にまざまざと甦るのは、『一人で参ります』と晴れやかな笑顔のセレインと、それ以前の俯いた姿のセレイン。

 晴れやかな笑顔は、オレを見限ったからだ、と今ならわかる。

 何年も婚約関係でありながら、公務以外でともに出かけたこともなく、婚約者に心を尽くしていなかったことを侍従や護衛達に指摘され、このままでは見捨てられるのだと……初めて危機感を覚えた。





「そなたの婚約を見直す必要がある」

 国王陛下に呼ばれて告げられた言葉が、脳から足まで一気に貫いた。

 理解し難くて呆然と父を見ると、深くため息をつかれた。

「セッター家が、街道から手を引いた」

「まさか!?」

 主要四街道は各辺境伯家の領地から王都まで続いており、その警護と整備は辺境伯家が善意で担っている。

 あらゆる領地がその街道の何れかの世話になり、安全に使用できるのは辺境伯家のお陰だと知っている。

「そなたが婚約者を蔑ろにしているからだ。王家は辺境伯家を取るに足りないと見なしているようだと、宣言されたわ。これに、マクレガン家も続いた」

 そんな……。

 足元がぐらぐらするような感覚を味わった。

「セッター家からは、もうずっと苦情を言われていた。そなたを信じようと、王妃がなんとか説得をして待っていて貰っていたのだ。だが、そなたが踏みにじった」

 冷たく見下ろされ、俯くしかなかった。

「今までそなたのことを考え、あらゆることに耐えていたセレイン嬢が、突然耐えることをやめた。ーーそなたが、せっかくの好意を断ってからな」

 そんな、……そんなつもりは……。

「街道の件だけではなく、そなたがとってきた行動のせいで、様々な思惑が動いておる。もはや、王家として、そなたを庇うことはできない」

 心臓がきしきしと嫌な音をたて始めた。

「第一王女主催の夜会が最後の機会だと思え」

 呼吸とは、どのようにするものだったかーー。

 

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