第102話 十三真聖

 

「デトル、どうするの」


 イザベルは窓から離れると、ソファーに腰を下ろした。


「疑いが晴れたじゃない」

「私の事じゃないわよ。あの、立ち尽くす新王よ」

「どうもこうもない。あれは危険だね。ルクスの使い方の面白い異端児と思ったけど、まさか、用意された王だとはね」


 用意された王。

 確かに、私もそれが理解できた。存在しなかったことにされた過去が垣間見えた。

 数え切れぬほどに作り変えられた時間軸。これはあの少年を王とするために、創聖皇が世界を作り変えた証だ。


 異世界から跳ばされて来た少年。

 違う。創聖皇が用意した少年。異世界に隠された少年。

 そして、用意された王。


「お蔭で、こちらの計画は全て白紙だわ」

「損失も出したしね」

「そういう問題じゃないわ。創聖皇が動き出したことが問題」

「面白くなりそうだね」


 楽しそうに、デトルが笑う。本当に楽しいと思っているのだろう。


「荒事が好きなのね。それで、新王のあの強さをどう見たの」

「ルクスには驚かされたね」


 そう、あの膨大なルクス。あれほどのものはそうそうは見られない。そして――。


「でも、あれは制御されていないルクス。いわば、ルクスの爆発」


 私の心を読んだように、デトルが続ける。


「いわば、リミッターを失くした爆発ね」

「それでも、面白いね。あれを斬り捨てたのだから」


 爆発とは制御不能になったルクスを意味する。しかし、あの新王はそのルクスであれを斬った。


「それで、あの王と闘えば勝てるの」

「どうだろう。本気でやり合えば、勝てるかもね」


 このデトルに、そこまで言わせるのだ。やはり、危険な王だ。


「やはり、先に殺してしまえばよかったわ」

「いや、それはない。それでは、殺し合いが出来ない」


 上辺だけの笑いや喜びではない。デトルの本当の感情が、わずかに聞こえた。

 しかし、あの王は、私のアセット二人を勝手に使って殺すはずだった少年だ。偶然にも向こうのアセットにも邪魔をされたが――。

 偶然、それも創聖皇の意志が働いたのか。


「今から殺る」


 デトルが問いかけてきた。


「無理よ。あのカルマス帝まで出て来たのだから。ここで、三帝とやり合うわけにはいかないわ」

「どうせ、いつかはぶつかるしかない」


 そう、ぶつかるしかない。しかし、それは今ではない。


「もう、結界は消えたわね。グランドマスターにこのことを伝えるわ」

「それは任せるよ」


 デトルの声を聞きながら、遠隔書式のペンを取った。

 王の発現とその膨大なルクス量、そしてカルマス帝の関与を記す。


「それで、イザベルはどうする」

「グランドマスターの指示を待つわ。でも、私としてはこの国を全力で潰したいわね」

「怖いね。でも、イザベルがそこまで思うとはね」

「ここまで、コケにされたのよ。血に沈めないと収まらないわよ」


 拳を握り締めた。

 私の管轄区域で、目の前に熟れた果実をぶら下げられて、口に入れる直前でそれを握りつぶされた。

 他のマスターも見る中、いい恥をかかされたものよ。

 この国を血に沈めない限り、私の怒りは収まらない。


「必ずよ」


 呟くと同時に、遠隔書式のペンが動き出す。

 メモを取った。


「何て、指示」

「私はここで情報網の確立と内乱の準備ね。デトルは帰還しろとのことよ」


 情報網に、内乱。グランドマスターも今の状況を警戒している。

 いいわ。私も全精力を傾ける価値があるもの。


「それと、リベル王国の統制は、十三真聖が管理するわ。リベル王国を介して、エリス王国を灰塵に帰し、血に沈める」

「十三真聖が動くのか」

「それだけの事案のはずよ」


 私の言葉に、デトルが笑みを見せた。


「創聖皇にケンカを売るんだね」

「嫌だわ、売られたケンカを買うのよ」

「確かに、そうだね」


 これで、世界が動き出す。

 私たちの悲願に向けて、世界だけでなく、天をも動かしてやる。


「しばらくは退屈せずに、遊べそうだね。じゃあ、ボクは帰るよ」


 部屋の奥から不意に人影が現れた。

 自ら姿を現した小柄な少女。

 肩までの黒髪に紫の瞳。天意を受けた彫刻家が、全身全霊を費やしたかのように端麗な顔立ちだ。

 見た目は十四、五歳だが本当の年齢はグランドマスターしか知らない。


「あの回収はどうするの」

「この状況では無理でしょ。それに、あれはそのうちに塵になって消える」

「では、放っておくの」

「そうだね。それより、始末は付けないの」


 始末、イグザムのことだ。

 ただの愚者で、私たちの裏の顔は知らないはずだ。しかし、その話の端々から推測される恐れもある。

 生かしておくには、危険かもしれない。

 こういう時にこそ、アセットを使いたい。だが、今から呼び寄せるわけにもいかない。


「誰のせいかしらね」

「悪いね、勝手に使い潰したよ」


 謝った、あのデトルが。


「本当にそう思うなら――」


 言葉に重なるように、

「殺してこようか」

デトル声が響く。


 どうして、人のことに興味もないデトルが。


「ボクも血を見ないと収まらないんだ。あんなものを見せられたらね」


 少女は柔らかな笑みを見せた。

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