第100話 理解
肩口から血が流れた。
躱したと思ったが、それでも差し込まれたのだ。
荒くなった呼吸を鎮める暇も与えてくれない。集中するのも限界に近いし、第一、身体中が悲鳴を上げているようだ。
それでも、刀を構えるしかなかった。
真っ直ぐに迫るラミエルが、戦斧と剣を振り上げた。その空いた身体に、シルフの槍が光る。
幾重にもルクスの光は散るが、それでも突進は止められない。
刀が動くと同時に、光の線も走った。
シルフの首を薙ぐようにしてラミエルに向かう。
考えてではない、身体が反応したのだ。
間髪遅れて、シルフが戦斧に弾かれた。
飛ばされるシルフの鼻先を掠めて、刀はラミエルの首元でルクスを散らす。
ルクスが足りない、想いが足りない。
その目の前にシルフを弾いた石突が現れる。光の線はそれを無視して上に跳ね上がった。
刀が追うのと合わせるように、戦斧も回転する
石突を受けたところを回転させた戦斧で撃つ、フェイントだったようだ。刃を受ける目の隅に、剣が映った。
サラがそれを打ちにいく。
サラ、それもフェイントだ。剣が回されてサラの首元へ走るはずだ。止めることは出来ない、
それならば、刀で戦斧の刃を削りながらラミエルの腕を斬る。
ルクスと想いを込めて振り切る刀が空を切った。ラミエルが後ろに飛んだのだ。
サラは無事だ。そのまま剣を構え直している。
開いた間合いに、シルフが再び槍を撃ち込んだ。戦斧で受ければ、その腕を今度こそ斬る。隆也も踏み込んだ。
ルクスが瞬き、ラミエルが剣で受けた。大きく踏み込んでいきながら、身体を回転させて戦斧を薙いでくる。
サラの胸当てが砕かれ、弾き飛ばされてきた。悪いがサラ、受け止めてやれる余裕はない。
戦斧は大きく逸れたが、回転は止まらず剣が走って来る。
力を逃がすように身体を浮かせれば、サラの身体にぶつかり二人が倒れ込むだけだ。ルクスを込めて剣を迎え撃つ。
腕に重い衝撃が走り、背中に鋭い痛みが走った。
石壁に叩きつけられたのだ。
息が出来ないが、それでも光の線を追って刀を跳ね上げた。
すぐ横で、石壁が爆発したかのように破片が散る。
僅かだが軌道を逸らせた戦斧の一撃だ。しかし、不思議と恐怖は湧かない。斬るという思いしかない。
体勢を立て直したサラが空を舞い、シルフが槍を持ち直す。ラミエルは剣を振るう予備動作。
時が止まったかのように見えた。その中で白く輝く光の線は真っ直ぐにラミエルの首へと延びる。迷いなくその線を進むしかない。
隆也も踏み込みながら刀を振った。
サラが空から剣を振り下ろす。シルフの槍が戦斧を削り、胸元へ走る。
刀がルクスの煌めきと共に血を散らすのと、肩に熱く鋭い衝撃が走るのは同時だった。
首元に撃ち込んだ刀はルクスを破り、僅かに血を上げさせたが、右肩を貫かれた。根元近くまで突き刺さった剣は石壁をも貫いている。
しかし、このまま終わらせはしない。刀でそのまま首を引き斬る。
その先手を打つように、ラミエルが後ろに飛んだ。
剣は突き刺さったままだ。だが、僅かに斬り込んだその首元に、サラの振り下ろす剣が血を上げさせる。
そのまま前に下りたサラは、おれに目を向けることなく無造作に突き刺さった剣を持つと、そのまま引き抜く。
思わず、小さな苦鳴が漏れた。
痛みは痺れに変わってくる。ここは以前にもやられたところだ。ったく、同じところ狙いやがって。
顔を向けるラミエルの側で、鋼の音が響いた。見なくても分かった。ルクスで引き寄せた別の武器をシルフの槍が弾き飛ばしたのだ。
そのラミエルが、再び身体を回転させながら踏みこんできた。
遠心力を乗せた戦斧がサラを撃ち、シルフを弾いて横薙ぎに走る。
咄嗟に立てた刀が戦斧を噛むが、片手では受けきれない。痺れる右手で刀を抑えた。
刃が胸を掠め、背中を石壁が叩く。
戦斧が返された。ラミエルが踏み込みながら、反対側から薙いでくる。だが、これは受けきれない。
ならば。隆也も大きく踏み込んだ。
痺れた右腕では刀は振れないが、柄に掌を当て、体重をかけて押すことは出来る。
斬る。想いを込めて刀を突き込んだ
ラミエルのフードの前でルクスが散り、刀が逸れていく。全てのルクスを刀に、身体は護らなくてもいい。想いを強く、刀に集中した。
光を激しく散らせ、刃先が深く入っていく。それでも僅かに逸らされ、フードの一部斬り裂くだけだ。ラミエルの一撃が来る。しかし、もうそれを護るルクスはない。
次の瞬間、隆也の頬に、暖かい血が散った。
これは――坂本の顔が目の前にある。血は、坂本のもの。
崩れ落ちる坂本が、抱き付くように身体を支えた。血の気を失った顔で笑みを見せる。
なぜここに、坂本が。
その口元が動いた。ありがとう、と。
何も考えられない。
その肩越しに、ラミエルが見えた。斬り飛ばしたフードから、その瞳が見えた。
紅い炎のような瞳。
同時に、身体の奥で何かが吹き飛んだ。
そして、その一瞬に全てが理解できた。
そうか、そういうことか。
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