第41話 移動
街道駅のゲートまで進むと、同じように槍を手に門衛が立っている。
カザムに倣い、隆也も旅札を出した。
しかし、門衛はそれを見ることなく、カザムが耳元で話しかける言葉に頷く。
話しかけながらカザムが素早く門衛の手に握らす硬貨が見えた。
何事もなかったように、四人でゲートを潜ると、カザムに身体を寄せる。
「賄賂か」
「昨日、あの場所で馬車が襲われ、妖獣が出たのだ。そこを通ってこの時間に来れば、そのまま巡回騎哨が来るまで投獄だ」
「巡回騎哨って何だ」
「守護地を回る馬に乗った偉い人だよ。その人が罪を決めたりするんだ」
ザクトがそっと言う。その偉い人と言い方には、忌むような響きがあった。
なるほど、各地を巡回する検察官兼裁判官のようだ。
「ここの守衛が調べるのではないのか」
「あいつらはベルツ鉱商の雇われだ。義務として不審者の投獄まではするが、それすらしたがらない。手間だけ掛かって、一ペリルにもならないからな」
そういうことか。この国には、警察機構は発達していないのだ。
カザムはそのまま通りを進むと、中央に立つ御車頭と話を始めた。向かう場所と金額の話だ。
御車頭の男はカザム、子供、隆也と順番に値踏みするように見ると、指二本を出す。
カザムはそれに首を振り、銀貨を一枚出した。
「それは無理だ」
御車頭が再び首を横に振る。
「いいのか、街道を進む馬車に直接交渉をするぞ。五十ペリルも出せば大喜びだ」
その言葉が決め手のようだ。男が手を出して硬貨を取ると、奥に見える馬車を指さした。
代わりにカザムに渡したのは、青い札が八枚だ。
「あの札は、馬車に乗る切符なのか」
「そう。札の色が行き先で、一枚は馬車の御車にもう一枚は着いた場所の人に渡すの」
ミリアが答える。
銀貨一枚が銅貨百枚ならば、一人銅貨二十五枚ということになる。昨日の馬車代はかなりぼられたわけだ。
「しかし、宿で馬車を取るのではないのか」
「それをするのは公貴様だよ。宿はそれ用の馬車を持っているから。でも、それに乗るには一人一ルピアはいるよ」
昨日の馬車の金額は、乗用ならば適正な料金のようだ。ただ、荷物用に回されたにしては、法外な値段だったが。
指し示された馬車に向かう。
カザムに近寄り、バッグの革袋に手をやると、
「ここで金は出さないことだ」
カザムが囁くように言った。
「精算は後でいい。こんな所で金の入った袋を見せれば、いらぬトラブルを呼ぶ」
「分った」
革袋から手を離し、そのまま馬車に乗った。
この荷台にも大きな荷物が積まれ、衛士がその前に座っている。他に乗る客はいないようだ。
荷台の手前側に腰を下ろした。
「変わった組み合わせだな」
貨物に背を預けた衛士が、顔を上げた。
「会ったばかりで、同じ方向に行くだけだ」
カザムは言いながら、荷物から袋を取り出す。
「この辺りは物騒だと聞いた。人数は多い方が良い」
その袋の一つを投げてよこす。手に触れた感触は、硬いパンだ。
「護衛がいるのに、物騒かね」
「昨日、その護衛も含めて妖獣に襲われたと聞いた」
「耳が早いな。そうだ、馬車が襲われ肉片しか残っていないらしい、しかし、心配するな。街道には巡検隊が出た。妖獣を討伐する」
「巡検隊か。それなら安心だ」
カザムの会話を聞きながら、動き出した馬車から外を眺める。
狭い街道に人の姿は見えない。荒れた石畳と立ち枯れの多い木々が見えるだけ。代わり映えのしない光景だ。
風は冷たいが、日差しは柔らかい。昨日のことが、夢のように思えるほどの穏やかさだった。
袋からパンを出すと、その前にザクトが顔を背けたまま、スープの入った器を持って来た。
朝とは打って変わったよそよそしさだ。
護衛の衛士に、親しさを見せないようにしているのだろう。カザムと衛士の話で、それらの判断を一瞬でしたのだ。
トンネルの封鎖といい、この子たちもただ者ではない。
おれも彼らに目を向けることなく、スープの器にパンを入れる。逸らした視線の先に、街道を進む一団が見えた。
槍を掲げ、盾を手にした一団だ。身に付けている鎧は一様ではなくバラバラで、そのどれもが傷んでいる。
「巡察隊だな」
カザムの声が聞こえた。
巡察隊というのは、響きから警備隊のように思ったが、軍隊のようだ。もっともそうでなければ、妖獣の討伐は出来ないのだろう。
「どうやら、この先に妖獣が出たみたいだ」
御者が振り返った。
「またか」
護衛の衛士が呆れたように答えた。
「妖獣はそんなに出るのか」
カザムが座り直すと、外に目を向ける。
「昨日の馬車が襲われた場所に、今も妖獣が押し寄せている。あんな所に何があるのか」
「イリウスか」
「イリウスを知っているのか」
カザムの呟きに、衛士が驚いたように腰を上げた。
「昔、聞いたことがある。近くの妖獣を集める薬があると。もっとも、見たことはなく、噂だけだが」
「鉱商の偉いさんに聞いたのだがな」
衛士が声を落とした。
「実際に、イリウスはあるらしい。バリル鉱商も同じことを考えたらしくてな、巡察隊を集めて確認しに行ったと聞いた」
「それで、どうだったのだ」
「そこから先ははっきりしないが、教えてくれた鉱商の者の話では、違うだろうとのことだ。第一、かなり高価な薬だからあんな所に撒いても意味はない」
「ならば、そこに集まるのが不思議だな」
「とにかく、近づかないことだ」
二人の話を聞きながら、器を口に運んだ。パンがスープに溶け、お粥のような感じだ。
あぁ、ハンバーガーが食べたい。食べ物のことを考えながら目を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます