第42話 印綬の合流
さすがに真獣の走りは速い。空を飛ぶように駆け、街道にいる馬車も人も軽やかに躱していく。
その目に立ち並ぶ旗が見えた。百合を象った紋章、エリス王国旗だ。
サラは身体を起こし、真獣は減速する。
三十騎の騎士に護れた馬車が見え、先頭には一際長い槍を手にしたシルフ。やっと追いついた。
速足で騎士たちを追い越すと、
「思ったより早かった」
顔を向けることなく、シルフの声が掛けられた。
「それより、傷は大丈夫なの」
「心配ない。胸の傷は塞がった、骨もじきに繋がる。それより済まなかった」
シルフが初めて顔を向けた。蒼白く、憔悴した顔だ。
「あの時、ラミエルの剣を受け切れなかった。あの子たちの前の壁を維持できずに、崩してしまった。藤沢という子を死なせてしまった」
一気に言うと頭を下げる。
シルフも同じように気にかけていたのだ。悔やんでいたのだ。
サラはその肩に手を置いた。
「シルフの責任ではない。わたしも壁を崩してしまった。動きが遅れた。シルフが苦しむことではない」
「だけど、守ってやることも出来なかった」
「それは、みんな同じだ。四人で連携すれば討伐出来ると軽く考えていた。それが手傷一つ負わせていない」
呟いた時、背後から懐かしいルクスを感じた。アレクだ。
振り返ると、真獣の左右に大きな荷物を振り分けにしたアレクが迫ってくる。
彼はすぐに真獣を並べると、
「傷はどうだ」
シルフに顔を向けた。
アレクもレイムから聞いただけに、心配だったのだろう。
「大丈夫。それより鎧は」
シルフが短く答える。そうだ、わたしも胸当てだ。
「持って来た」
アレクは振り分けにした荷物を叩き、
「すぐそこの街道駅で休憩を取ろう」
疲れたように言う。
「アレクの傷はどうだ」
「浅手だよ」
サラが聞くと、彼はそのまま頭を下げた。
「二人とも、申し訳ない。あの時、動きが遅れてしまった」
「アレクは、前回の傷がまだ完全に癒えていない」
シルフが頷く。
そうだ、治ったとは言ってもまだ無理がきく状態ではなかった。
「それで、坂本の様子はどうだ」
「馬車に引き籠ったまま。でも、昨日から少しは食事を取り出した」
そうか、目の前で友を失くしたのだ。ショックは大きいだろう。
隆也も同じ――いや、それ以上か。自ら護ろうとして構えたその後ろで、藤沢は殺されたのだ。
ラミエルに斬りかかった様が、彼の絶望と哀しみ、怒りを教えていた。
妖獣に立ち向かった時に、血の気を失った顔で小鳥のように震えていた少年が、思い返される。
隆也も同じように心が壊され、塞ぎ切っているのだろうか。いや、生きているならばそれでいい。
心の傷は、時が治療をしてくれる。生きているなら。
「とにかく、隆也も急いで助け出そう。レイムから聞いたが、外西に行けば会えるのだろう。それに、印綬も必要だ」
「馬車が遅すぎる、まだ五日は掛かる」
シルフが呟くように言う。
そうだ、坂本を乗せた馬車に速度は合さなければならない。まだ、中西守護領地に入ったところならば、馬を替えていってもそれくらいは掛かりそうだ。
そうなれば外西守護領地に入った時には、残りは十七日。
短すぎる。
もし、王が立たずに外東守護地に引き返すことになれば、真獣を飛ばしても十日以上は掛かる。
サラに不安がよぎった。創聖皇が、わざわざリルザ王国と反対側の地を天意に示されたのは、エリス王国を消すためではないのだろうか。
不戦の結界が消え、リルザの軍勢が押し寄せた時、印綬の者が誰もいないままそれを受け止めることは出来ない。
「本当に、王は立つのだろうか」
「印綬の継承者のことか」
口に出たサラの不安に、アレクが頷いた。
「レイムからは、外西に全てが集まると聞いた。それが天意だと」
「でも、王が立つとの天意ではない」
シルフが答える。
そうだ、王が立つとの天意ではない。
「もしかすれば、外西にすでに継承者がおり、そこに全てが集まるのではとレイムも言っていたが、それも推察だな」
「あるいは、国以外の者が継承者」
シルフが顔を上げた。
「国以外、同じエルム種のリルザ王国の者か」
「各商業ギルドにも、エルム種はいる」
「確かに、外西、外北を中心に各商業ギルドが国中に入っているな」
「この国の者ではないから、レイムたちもルクスを探っていない」
ギルドの中には国を持たない組織もある。そして、そこにもエルム種はいる。なるほど、確かにその可能性はある。
「しかし、それならばなぜ、王が立つという天意ではないのだろうか」
「シルフも考えた。でも、選択肢が多すぎて答えが出ない」
シルフは槍を肩にかけ直すと、
「だから、考えない」
曇りのない表情を見せた。
「創聖皇の深遠なる御心は、俺たちの思慮の外にあり。確かに考えるだけ無駄だな」 アレクが天を見上げる。
「そう。考えることは、外西への侵入と隆也との合流」
そうだ。シルフの言うとおりだ。今、考えることは外西守護地への侵入。しかし、守護境は閉鎖されていると聞く。
「王国旗を掲げ、印綬の者四人が揃っていても、俺たちはまだ正式な王宮継承者ではない。守護境関で止められても文句も言えないな。今、あの守護領地に入れるのは、傭兵に向く流民だけだ」
「隆也が辿り着いても入れない」
「レイムは、隆也が保護をされていると考えている。俺も同じ考えだ。そうなれば、外西までの移動は問題ないと思う」
「レイムは馬車だと考えていた。隆也には蔵の代金として、金を渡している。それを路銀にすれば十分だ」
「蔵の代金」
サラの言葉に、シルフとアレクが同時に聞く。
「いくら渡したのだ」
「シリング金貨を二十五枚」
それだけあれば、足りないということはない。
張ろうとしていた胸は、二人の溜息に遮られた。
「サラはお金を使わない」
「そうだな。宿の支払いも俺がしているしな」
重い声だ。何がどうしたというのだ。それだけあれば、馬車に乗るのも宿に泊まるのも苦労はしないはずだ。
「サラよ。真獣に邂逅するまで馬を借りたのだろうが、シリング金貨で払ったか」
何を言っているのだ、そんな大金を持っているわけがない。持っているのは、リプル金貨くらいだ。
「宿代も食事代も、シリング金貨では無理。金貨でも使えるのは、リプル金貨だけ。他はお釣りも用意できない」
「商業ギルドの両替商に行けば、細かいのにしてくれるはずだ」
「そんなものも見せていれば、襲って下さいと言っているようなものだ」
確かに、シリング金貨は一般に流通するものではなかった。大金といえば、大金過ぎるか。
隆也は治療をされているというが、もしかすれば保護ではなく、人質にされているのか。
「それはない。金が目的ならば生かす必要もない。それだけのシリング金貨を手に入れて、更に身代金を狙うには、リスクが大き過ぎる」
「そう、そのお金で保護をして貰ったと考える方が妥当。相手がそれ以上の欲に溺れない限り、安全」
欲に溺れない、この困窮し切った国で、それだけの人がどれほどいるだろうか。
その為にも一刻も早い合流が必要なのだが。
「どうやって、外西守護地に入るか。必要なら、力押しで入るしかないかもしれないな」
「王国の民が警備なら、入れる。まだ正当な王宮継承者ではないけど、印綬の継承者を襲うのは、未来の王を襲うこと」
シルフは言いながら顔を向ける。
「力押しは、他種の傭兵に向ける。数十人も殺せば、道はあく」
いつもの感情のない声で聞くと、本気でやりそうな凄味があった。
「まあ、それはその時に考えよう。それより、あの街道駅で少し休もう」
アレクが話題を逸らすように、見えてきたゲートを指さした。
「そうだな。わたしも鎧を替えたい」
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