第16話 適応力
深緑のズボンと上着、それに膝まである外套。靴は踝の上まで隠すブーツで、上着には革のベルトが巻かれている。
何かのゲームに出てきそうな服で、厚く光沢のある生地と漆黒の革なんかは、コスプレなんかの比ではない質感を持っている。
しかし、それ以上に驚いたのは、その機能。
厚い生地にも拘らず軽い。そして、聖符というもので服の内部温度は一定に保たれるらしい。
その上、ズボンもブーツもベルトさえも手を当てただけで、柔らかく締め付けた状態で固定された。
何なんだろう、これは。
坂本が驚いたように尋ねたが、ラムザスは質問の意味が分からないように、当然だろうと答えただけだ。
仕組みすら想像も出来なくて互いの服を見るおれたちに、
「これも身に付けておくといい」
アレクが傍らの箱を開けた。
入っているのは、鈍く輝く金属のようなプレートだ。
「胸当て、肩当て、それに手甲だ」
聞きながらそれを手に取る。
胸当ての湾曲したプレートは、心臓を守るように左側が広く、革のベルトで固定する様だ。肩当ては三枚のプレートからなり、それを胸当ての左右に留める。
鉄のように見えたが軽く、肩も自由に動く。これならば、逃げるにしても邪魔にはならないのだろう。
凄い凄いと騒ぐ坂本たちの声を聴きながら、おれも防具を身につけた。
確かに、この格好をしただけで、自分が強くなったと勘違いしそうだ。
その防具の上から外套を羽織った。革の手袋にプレートの付いた手甲は傍らに置き、隆也はベルトに刀を差した。
坂本と藤沢は渡された短刀を腰に下げる。
「これで、盾があれば完璧だな」
坂本が両刃の短剣を抜いた。
「どう、完璧なのだ」
「勇者っぽくなるだろう」
坂本も同じことを思っているようだ。
いや、正直言えばおれも同じだ。ただ、カッコつけてはしゃがないだけで、今の姿を鏡で見たいくらいだ。
「でも、この格好をするということは、襲われることがあるのか」
「心配するな、おまえ達を戦わせることはない」
アレクは傍らで鎧を付けながら言う。腰から上の鎧を付けていないのは、肩口のギブスのせいだろうか。
「怪我をしているのですか」
藤沢が尋ねた。
「ちょうどおまえ達が現出した時に、ラミエルという怪物に襲われてな」
「怪物、モンスターですか」
坂本の声が弾ける。おいおい、さすがにそれはゲームのし過ぎだろう。
「モンスターが何かは分からないが、あれは化け物だな。さぁ、それより準備が出来たなら行こうか」
アレクが立ち上がった。
外に出て、回廊の内階段を降り切った先に、広場が見える。
石畳の敷き詰められた広場には、門に横付けするように二両の馬車が止まっていた。
青い箱型の馬車と幌を付けた馬車だ。
案内されるままに、箱型の馬車に乗る。
言葉も出ない。広い車内は光沢のある木で装飾され。四つの白いシートは独立している。折り畳みのテーブルに、装飾と一体になった荷物入れ。
車よりも豪華な造りだ。
すぐにそれは動き出した。
「凄いね」
藤沢が言い、
「すごいな」
坂本が溜息のように言う。
「確かに、豪勢な造りだな。貴族のものなのか」
「そんなことじゃないよ。この馬車、揺れがほとんどないんだよ」
藤沢は、感心したように続けた。
「こんなに荒れた路面で、揺れないなんて、車でも考えられないよ」
「この世界は、変だよな。服やこの馬車を見れば進んでいるように感じるけれど、他を見れば未開だ」
おれも窓の外に目を向けた。
藤沢の言葉通り、街道に敷かれた石は至る所が剥がれて大きな段差が出来ている。
「これも、ルクスと言う魔法の力なのかな」
言いながらも、坂本はさほど興味はなさそうだ。
「ルクスは凄いよね。ここの人はルクスのないものには傷つけられないんだね。掛け算みたいだ」
逆に、藤沢は楽しそうに言う。
「掛け算っていうのは何だ」
その意味することが分からない。
「例えば、十の力で護られている人が、二十の力を持つ相手に襲われるとするじゃない。でも、相手のルクスが零なら、掛ける零でこっちは傷つかないんだ」
「じゃあ、相手が同じ十の力でもルクスが二なら、二十の力があるってことか」
「そう、そうなんだ。だから、ルクスが強い人ほど偉いんだよ」
なるほど、藤沢はルクスと言う明確な優劣が凄いと言っているんだ。自分より劣る人が、上に立たなくてもいい世界だと言っているんだ。
「だけど、藤沢。逆に言えば、ルクスが強いだけで人の上に立つのはおかしくないか」
「生まれた順番や、生まれた家で上に立つことの方がおかしいよ」
それは、彼自身の実体験なのだろう。悔しそうな声が教えてくれる。
でも、優劣か。なんで人は上下を決めるのだろうか。
そのおれにたちに、
「俺が凄いって言っているのは、印綬の人たちのことだよ」
坂本が呆れたような目を向けた。
「ルクスの話じゃないさ」
坂本は窓の外に目を戻す。
「あのサラっていう女の子、綺麗だった」
いや、そこかよ。なんだよ、さっきの呆れた目は。こっちが呆れるぞ。
「シルフっていう女の子も可愛かったね。それに、男の人はカッコよかったし」
しかし、おれに同調すると思っていた藤沢は大きく頷いた。
坂本はこんなに人に興味を持ったか。藤沢はこんなに切り替えが早かったか。なんだか、二人とも生き生きして見える。
「この世界の人は、美男美女が多いのかね」
確かに、サラは綺麗な子だ。しかし、人の話を聞かず、人を子ども扱いするようなあの性格は考えものだな。
それを口に出すわけにもいかず、おれも窓の外に目を移した。
馬車の横を追い抜くように、何騎もの騎士が駆けて行く。サラたちは先行しているのか、ここからは見ることは出来ない。
しばらく進むと、木々は少なくなりその奥に畑が見えだした。
そのどれもが、黒い土と黄色の土にまだらになっている。その中を何人もの人影が動いていた。
水を運んでいるようだ。
「少しは水があるようだね」
藤沢が呟く。
「でも、これだけ乾いた小麦畑に、少しばかりの水を撒いても収穫は少ないだろうね。小麦は稲と違って、実る穂の数が少ないし。小麦一キロ作るのに、水は二トンが必要なんだ」
「詳しいな、藤沢」
「親戚が北海道で小麦を作っているから、見たことがあるんだよ」
「そうか、ここの農家の人も大変なんだな」
「しかし、本当に異世界に来たんだよな」
感慨深く、坂本が呟いた。
「そうだね。でもなぜか、そうだなって思える」
「俺もだ。異世界なんだなって、すぐに頭が理解した」
そうなのか。おれは頭では納得したが、現実感がない。
「隆也くんが、一番順応力があると思ったけど」
「慣れだよ、慣れ。隆也もすぐに慣れるさ」
その坂本の言葉が合図だったかのように、馬車がゆっくりと減速した。
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