第15話 旅立ち


 国境の手前側になる森は、枯木が斑のように広がり、中には黒く燃えた跡もある。

 サラたちの言葉通り、国土は荒廃している。


「国境を境に、緑の色が違うね」


 掛けられたのは、聞きなれた声だった。


「起きたのか」


 藤沢と坂本が困ったような笑みを見せて立っている。


「身体の大きい人が、隆也は回廊にいるって教えてくれてな」


 ラムザスのことのようだ。二人にもあの姿が見えるようになったのだ。


「そうか、身体に変なところはないのか」

「大丈夫だ。それよりも異世界か。確かに人も風景も何もかも違うけど、違和感はないな」

「そうだね。でも、隆也くんにはあの人たちが見えていたのだろ」


 藤沢が狭間に腰を下ろした。


「見えていた。ちょうど、二人が泊まりに来た日に、家の蔵でサラと云う少女とレイムという妖精みたいなのを見たんだ」

「そうか。何か様子がおかしかったからな、あの時は」

「そうだね、隆也くんは昔から変なものが見えていたしね」


 そうだ、小さな時は黒い影の幻覚が怖くて、よく二人に訴えていた。しかし、それも――。


「小学校に入る頃には、何も言わなくなったけど、それでも何もないところを見ては怯えていたよな」

「そうそう、ぼくたちには言わないようにしていたみたいだから、こっちも何も言わなかったけどね」


 なんだ、二人とも気が付いていたのか。おれにだけ見えることが分って、それを隠していたことに。


「だけど、言ってくれれば良かったのに、とも言えないな」

「うん、僕たちには見えなかったから」

「なんだか、気を使わせたな」

「気にするな」


 坂本がおれの肩を叩く。

 いつもの坂本と藤沢だ。どうやら、異世界に来たということも受け入れているようだった。


「そうだ。それより、レイムっていう妖精が、隆也を門衛棟に呼んで来いって」


 その言葉に、回廊の階段に向かう。

 門衛棟の前にはサラが立っていた。


「遅かったな、こっちだ」


 その門衛棟から、さらに上に昇る階段に向かう。


「レイムたちは先に入っている」


 城壁の回廊の角に塔があり、厚い扉は開かれていた。サラはその中に進んでいく。慌てて隆也たちもその後に続いた。

 塔の中は部屋になっており、そこに様々なものが積み上げられている。

 赤い漆塗りの食器に、ボロボロになった掛け軸。束ねた書付は変色し、原形が分からないほどに崩れた彫刻まであった。

 手に取らなくても分かる。家の蔵にあった物だ。


「これって、あの開かない木箱に入っていたものじゃない」


 藤沢が長持ちの中に手を入れる。引っ張り出されたのは、一振りの刀だ。

 かつて漆を塗られていた鞘は、多くが剥がれ落ち、下地の木は黒く変色している。


「へぇ、あの蔵に刀があったのか」


 坂本がのぞき込んだ。


「隆也くんの家は、昔は武家だったんだよ。戦前までは名家だったらしいよ」


 今となっては、誰も信じなさそうなことを言う。おれ自身、父から幼い時に聞いた覚えがあるだけだ。


「ほう、それは剣か。見せてくれぬか」


 サラが、刀に目を落とした。


「いいよ」


 おれの言葉に頷き、藤沢が刀を渡した。

 サラがその刀を抜く。だめだ。刀身には欠けた跡といくつかの錆が見える。

 まあ、それも仕方がないのだろう。手入れもせずに開かずの木箱に入っていたものなのだから。


「片刃に湾曲した剣か。面白いな」


 サラはそれを振ると、


「レイム、どうなのだ」


 レイムに刀身を見せた。


「印綬ではない。ルクスを感じないからな。この中に、印綬はない」


 興味もなさそうに、一瞥しただけだ。


「そうか」


 サラが、手にした刀をおれに返す。


「じゃあ、隆也が持っておけよ」


 坂本が目を輝かせて続けた。


「ここは、剣とルクスの世界なのだろう。だったら、ご先祖様の刀だ。隆也が持っておけばいい」

「好きにしろ」


 レイムが言いながら、中空に舞う。


「それよりも、他の物がどこに飛ばされたか追うぞ」


 その言葉と同時に、部屋は青い光に包まれた。 

 光は集約され、一条の線となって壁の一画を指し示す。何をしたのかは分からないが、結果は分かった。あの光のさす方向にあるということなのだろう。

 彼らはそこに向かうのか。ご苦労なことだ。


「それで、おれたちはあの部屋に居ればいいのか」


 刀を手に、扉へ足を向けた。


「いや、おまえ達も同道する」


 その足が止まる。


「どういうことだ」

「天命が下された。西に向かえと」

「天命、西、どういうことだ」

「天命は、創聖皇の指令。逆らうことの許されない命令。西とは、外西だ。思うに、仁の聖碑におまえ達が帰るべき聖符が刻まれるのだろう」

「どうしてそんな所だ。現れたここに記せばいいだろう」

「創聖皇の御意思だ。従うしかない」


 何が創聖皇だ。うちは仏教だ。譲ったとしても神道、そんな訳の分からない神に従えるか。


「じゃあ、この世界が見られるんだね」


 文句を言おうとするその横で、藤沢が楽しそうに言う。

 おい、ちょっと待て。


「なんか、面白いな。ゲームの世界の中みたいだ」


 待て待て、坂本までもか。おまえ達、この世界に順応し過ぎだろう。


「でも、見たくないか、この世界を。帰られるのが分かったのだから、三人で異世界旅行もいいじゃないか」


 駄目だ、二人とも楽しんでいる。


「よしよし、それではおまえ達には、服を与えてやろう。さすがにその恰好では、人目に付くからな」


 レイムが楽しそうに笑った。

 おれ一人が突っ張ってもどうしようもなさそうだ。


「それで、隆也。おまえはどうするんだ。ここで二人を見送るか」


 追い打ちをかけるように、レイムが言いやがる。


「行くに決まっているだろう」


 横を向くおれの頭に、サラの手が乗せられた。

 どうやら、頭を撫でているようだ。

 子供じゃないよ。おれはその手を振り払うと、大きく息を付くしかなかった。

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